逃亡者


任務報告の帰り道、ガイはカカシに捕まった。
「ガイ、サクラ、サクラ見なかったか!」
普段のんびりした口調で話すカカシが、珍しく必死の形相でガイに詰め寄る。
「サクラ?サクラってお前の班の女の子だよな」
7班のメンバーといえば、担当のカカシはもとより、九尾の妖狐が封印されているナルト、うちは一族のサスケと目立つ存在が揃っているため、紅一点のサクラは印象が薄い。
ガイはサクラについてその名のとおり桜色の髪をしていることしか頭になかった。

「見なかったと思うが、その子がどうかしたのか」
「いや、それならいいんだ」
カカシはガイの言葉に見るからに落胆し、がっくりと肩を落とした。
その様子にガイは眉を寄せる。
「なんだ。まさか誘拐とかじゃないよな」
「そんなことする奴がいたら、殺す」
カカシの眼は限りなく真剣だ。
「じゃあな」
「え、おい」
ガイの引き止める言葉も聞かず、「サクラー、どこだーー」という呼びかけの声と共にカカシは姿を消す。
残されたガイは暫くの間呆然とカカシの消えた方角を見詰めていた。
「変な奴だ。あいつがあれほど生徒思いとは知らなかったな」
ガイはいつにないカカシの取り乱しように首をかしげる。
「ま、これで本当に誘拐だったら犯人は物騒な自殺方法を考えたもんだ」
苦笑いをしたあと、ガイは我関せずとばかりに歩き始めた。

 

その日はガイの班の下忍二人が家に遊びに来る予定があった。
最初にリーがガイの家に行きたいと言い、テンテンがそれに従った感じだ。
仲間の誘いにネジは気乗りしない様子で断っていた。
昨日のうちに食材を買い込んでおいたから、何か上手いものでも作って食べさせてやろうと、ガイは料理のレパートリーを頭に思い浮かべながら自宅へと続く建物の階段をのぼった。
長い廊下の先、玄関の前に人影がある。
どうやらガイが帰るより早く、生徒達は到着したようだ。
「待たせてすまないな」
と、さわやかフェイスにいつもの笑顔を浮かべて謝ろうとして、ガイは廊下の途中で派手に転倒した。

「ガ、ガイ先生―――!!!」
驚きに、いつも以上に目を丸くしたリーが急いで駆け寄ってくる。
「先生、どうしたんですか!!!」
倒れたまま起き上がろうとしないガイをリーが激しく揺さぶる。
素早い動きが長所のガイとは思えない失態だ。
どこか打ち所が悪かったのかもしれない。

「・・・・リー」
「何ですか、先生!どこか痛いんですか」
心配げに顔を覗き込むリーに、ガイは「違う」と首を振って答えた。
「早く持ち主に返してこい。それ」
「は?」
リーは振り向いてガイの視線の先をたどる。
そこにはテンテンと桜色の髪の少女、サクラが並んで立っていた。

 

「すみません。突然お邪魔しちゃって」
「僕が誘ったんです。ここに来る途中、偶然会って」
ガイの顔を窺いながら言うサクラに、リーがフォローを入れる。

下忍三人はガイの家にあがりこみ、料理の準備をするガイの手伝いをしていた。
ガイは冷蔵庫から卵を取り出しながらサクラに問い掛ける。
「一人二人増えたって別にかまわないけど、君は誰かと会う約束をしてるんじゃないのか」
サクラは驚きに目を見張る。
「え、どうして知ってるんですか!?」
「いや。・・・何だか装いがそんな感じだったから」
ガイは口篭もりながらも、もっともらしい返答をする。
サクラは確かに余所行きといった風の値がはりそうなワンピースを着ている。
ガイから借りたエプロンをしているが、服を汚さないようサクラが細心の注意をしているのが分かる。

「その通りなんですけど、待ち合わせにいつも2時間も3時間も遅れる人だから大丈夫なんですよ」
苦笑しながら言うサクラに、隣りにいたテンテンが口をはさむ。
「やー、最悪ねー。私ならもう付き合うのやめるわよ。その相手っていうのは、当然彼氏なのよね」
意味ありげに笑うテンテンに、サクラの顔が真っ赤に染まる。
「え、彼氏っていうか、その・・・」

そのとき、慌てるサクラを横目に、何故かガイも動揺していた。
エリート上忍であるカカシがまさか自分の生徒に手を出すはずがないという思いと、あいつならやりそうなことだという相反する考えが交錯している。
だが、先ほど会ったカカシの挙動不審ぶりが全てを物語っているような気もする。
教師と生徒の交際はやはりまずいだろう、と熱血教師のガイが小さく唸り声をあげるのと同時に、背後から皿の割れる音が響いた。
厨房にいたガイ達が驚いて振り向くと、棚から取り出した食器をテーブルに並べていたリーが目の幅涙を流して立っている。
「今の話は本当なんですか?」
リーの瞳にはサクラしか映っていない。

「あの・・・」
「サクラさん、お付き合いしている人がいるんですか?」
真剣な瞳で見据えられ、サクラも正直に答えるしかないと判断する。
「はい」
リーは脳天をハンマーで殴られたような顔をしたあと、その場にばったりと倒れこんだ。
「あ、ちょっと、危ないわよ!」
側にガラスの破片が飛び散っていることを危惧したテンテンがリーに駆け寄る。
テンテンが心配そうにリーの身体に触れるが、反応はない。
「リーさん」
サクラも気遣って声をかける。
その声に、唐突にがばりと起き上がったリーはつかつかとサクラに歩み寄るとしっかりと彼女の手を握った。
「僕は負けません!サクラさんのお付き合いしている人がどのような方か分かりませんが、今にきっとその人より強くなってあなたを奪い取ります!!」
燃える瞳で宣言するリーに、サクラも息をのむ。
サクラが、気持ちはありがたいが応えることはできないといくら言っても、リーはただ「頑張ります」と言うのみだ。
テンテンがすねるような顔をして二人の様子を見ていたが、リーの方はその視線に気付かない。

「・・・あいつより強くなるってのは、結構しんどいと思うがなぁ」
しみじみと呟かれたガイの声はリーの耳には入っていなかった。

 

そんなこんなで二時間はあっという間に過ぎた。

「どうも、お邪魔しました。お料理、とても美味しかったです」
「いや、こっちも楽しかったよ」
丁寧に頭をさげるサクラに、ガイはにこやかに応えた。
リーとテンテンも見送りのために靴をはいて玄関先まで出てきている。
「サクラさん、また一緒にどこか遊びに行きましょう」
「はい」
リーの誘いに笑顔で頷いたサクラが、扉の前に並ぶガイ達にもう一度頭をさげて歩き出す。
そして、事件は起きた。

 

「・・・・嘘ついたな」

 

地獄の底から響いてくるような陰鬱な声が辺りに響く。
その場にいた一同は背筋の凍るような心地に、身震いした。
なかでもガイの顔色は青さを通り越して、真っ白になっている。

いつの間に現れたのか、サクラのすぐ背後にカカシが佇んでいた。
うつむき加減の表情はとてつもなく暗い。
「ガイ、お前俺に知らないとか言っておいて、サクラを家に連れ込んでいたな」
「ご、誤解だ」
「何が誤解だ!そんな言い訳が通用すると思ってるのか、この誘拐魔が!!お前は犯罪者だ!!!」
カカシはガイを指差し、断定的な口調で言ってのける。
頭に血の上ったカカシの頭では冷静な判断などできるはずもない。
呆気に取られるリーとテンテンの姿は、すっかりカカシの視界から消えている。

「今日という今日は、お前と決着をつけてやる」
逃げ腰のガイとは反対に、カカシはすでに戦闘態勢に入っていた。
「お前、馬鹿か。こんなところで俺とお前が本気で戦ったら、この建物吹っ飛ぶぞ!」
「そんなことかまうものか」
聞く耳持たないというカカシに、ガイは必死に生徒達に呼びかける。
「おい、おまえ達、早く逃げるんだ!!」

話に入っていけないリー達は並々ならぬ雰囲気に右往左往するしかない。
カカシが術をかけるために印を結ぼうとした、そのとき。

「カカシ先生!」

傍らにいたサクラが、カカシに飛びついてその身体にがっしりとしがみつく。
その力は微力なものだったが、カカシにとっては何よりも効果があった。
カカシの戦闘意欲がみるみるうちにしぼんでいく。
緊迫した空気が、あっという間に霧散した。
「サクラァ」
情けない声を出したあと、カカシはサクラの身体をぎゅっと抱きしめる。
「心配したぞ」
「ごめんなさい。私が勝手にガイ先生の家に押しかけたの。カカシ先生が心配するようなことは何もないから大丈夫よ」
カカシは一旦サクラの身体を引き離すと、確かめるようにサクラの顔を覗き込む。
「本当よ」
サクラがにっこりと微笑んで言うと、カカシはようやく安心したように笑う。
そして心底安堵した表情で再びサクラを抱きしめた。

カカシはサクラを抱えると、もうここには用はないとばかりにガイを一瞥する。
「邪魔したな」
一声かけたあと、カカシ達は忽然と消えた。

 

目の前で行われた光景に、ガイ班の面々はただただ呆然とするのみだ。
暫らくして、最初に声を出したのはテンテンだった。
「・・・あの人、本当にガイ先生の永遠のライバルなんですか?」
テンテンの言葉に、ガイが涙ながらに頷いたのは言うまでもない。


あとがき??
飽子さんのリクエストは「カカシ先生がサクラ嬢にベタ惚れかつヘタレなお話」。
『春待人』『彼女の恋人』『子供ほしいね』と似た感じがいいということだったので、そんな感じに。

書き始めたとき、ちょうどリーくんが頑張っていたので、ガイ班を登場させてしまいました。(^▽^;)
彼らの性格、かなりオリジナル入っちゃってます。(とくにテンテン)
普段のガイ班がどんな感じなのかよく分からないので。(済みません)
というか、カカシ先生の出番が、少ない!!!申し訳ないですーー!(泣)
出てきたら出てきたで、物凄く変だしー。大暴走!!
でも、書いていてすごーく楽しかったです。(^_^;)

11111HIT、飽子様、有難うございました。


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