鬼ごっこ 弐


「で、奴に逃げられて、他の班にまんまと先を越されたわけだ」
「面目ない」
手を組んで冷ややかな視線を向けてくる彼に、カカシは平謝りだ。
「あいつは俺が仕留めるとか言って、一人で飛び出して行ったんだよね」
「・・・そう」
「イズミちゃん、きっと激怒するよ」
「・・・・」
「木ノ葉食堂の食券一週間分で手を打つけど、仲裁役いる?」
「・・・クウヤ」
「何」
「・・・頼む」
交渉が成立し、クウヤと呼ばれた男はにこやかな笑顔でカカシの肩を叩いた。
がっくりと肩を落とすカカシを横目に、クウヤは少し離れた場所にいる子供に声をかける。

「サクラちゃん、お腹一杯になった?」
「うん」
分けてもらった非常食をがっついていた子供は、口の端に食べカスをつけながら振り返る。
子供は自分の名前を「春野サクラ」だと告げた。
子供達だけで森に遊びに来た際、一人迷子になり森を丸二日彷徨っていたらしい。
もちろん両親によって捜索願いは出ていたが、ターゲットが森に入り込んだために避難警報が発せられ、捜索隊も森から退去せざるえなかった。
サクラにとって、とんだ災難だったというわけだ。

 

話し合いが終わり、自分に歩み寄るカカシ達にサクラは楽しげに話し掛ける。
「お兄ちゃん達、忍者なのよね。私もアカデミーに通ってるのよ。まだ授業が始まったばかりだけど、早く私もお兄ちゃん達みたいになりたいわ」
瞳を輝かせたサクラは二人を尊敬の眼差しで見詰める。
カカシとクウヤは顔を見合わせると、曖昧な表情で笑った。
彼らの受ける任務は、サクラの憧れるような仕事とは程遠い。
だが、そのような過酷な現実を子供の話すのは忍びなかった。
揃って口をつぐんだ彼らの様子に気付かず、サクラは喋りつづける。

「ねぇ、何で二人ともお面してるの」
「これは制服の一部なんだよ」
「ふーん」
クウヤの答えにサクラはつまらなそうに鼻を鳴らす。
「綺麗な眼なのに、顔を隠しちゃうなんてもったいないわ」
「・・・・何だって」
クウヤがサクラの肩を掴んで聞き返す。
サクラは彼の強い口調に、きょとんとした顔をした。
「そっちのお兄ちゃんの眼、赤と青の綺麗な色よね」

サクラから視線を移したクウヤは、カカシをきつく睨んだ。
「お前、任務の最中は面を外すなとあれほど言っておいただろ!!」
「ハハハ。すまん」
カカシは頭をかきながら、反省の色なく謝罪する。

「でも、珍しいね。この眼に驚かないなんて。色が違うなんて、普通じゃないだろ。怖くない?」
サクラの傍らまでやってくると、カカシはその顔を覗き込むようにして訊ねる。
面の隙間から覗く両の眼。
その瞳を真っ直ぐに見詰め返し、サクラはにっこりと微笑んだ。
「怖くなんてないわよ。とってもチャーミングだと思うわ」

サクラの言葉に、クウヤは怒っていたのも忘れ、ぶぶっと吹き出す。
チャーミング。
暗部で今、一番恐れられている実力者のカカシに向かってそのようなことを言うのは、サクラくらいだろう。
カカシは照れくさそうに面の上から頬をかく動作をして呟いた。
「そいつは光栄だね」

 

ターゲットの捕獲によって避難警報が解除され、街には人気が戻ってきた。
舗装された道のすぐ手前まで来たところで、カカシは傍らのサクラに話し掛ける。
「サクラ、約束して欲しいんだけど」
「なぁに」
小首をかしげるサクラに、カカシはしゃがみこんで彼女と目線を合わせた。
「俺達に会ったこと、誰にも内緒にしておいてくれるかな。俺達はとても重要な任務についているんだ。今後、もし街中で俺に会っても、しらんぷりしてくれ。声をかけたりしたら駄目だぞ」
「・・・うん。分かった」
真顔のカカシに、サクラは神妙な顔で頷いた。
カカシは表情を和らげる。
「約束な」
「うん。約束」
立ち上がったカカシはサクラの頭を撫でると、その背を押す。
「ほら、あの一本道を行くと、すぐ街にでるからな」

何度も立ち止まって自分達に手を振ってくるサクラに応えながら、クウヤはカカシに語りかける。
「いいのかー。もしあの子供が少しでも喋ったら、俺達どうなるか分からないぞ」
一般人にその身を晒すことは、暗部最大の禁忌だ。
暗部の仕事はどこまでも秘密裏に行われるのが鉄則。
万が一、姿を見られた場合、直ちにその者の記憶を抹消することが義務付けられている。
だけれど、今回カカシはサクラに対してそれをしなかった。
クウヤとしても、サクラの将来を考えれば記憶操作は本意ではない。
自我を確立できていない子供の記憶を不用意にいじると、精神的に不安定になる例があるからだ。
だが、カカシが見ず知らずの子供の身を案じるような人間ではないことをよく知っているクウヤは、心底意外に思った。

「あの子のこと、気に入ったのか?」
怪訝そうに訊ねるクウヤに、カカシの頬が僅かに緩む。
「何となくね、サクラには俺のこと覚えていてもらいたかったんだ」
見たこともない優しい表情をしたカカシが、ぽつりと言った。
顔色を変えたクウヤは、さりげなく距離を取る。
「・・・お前、そういう趣味があったのか」
「嫌だなぁ、人聞きの悪い。俺はあの子の未来の姿を見てるんだよ。きっと美女になるぞ。今でも充分可愛いけど」
そういうのがやばいんだ、とは言えずに、クウヤは黙り込む。
「口外しないように、俺が見張るから大丈夫だよ。だって、サクラの方が言ったんだから。「離さない」って」
カカシの楽しげな声に、クウヤは嘆息する。
あのサクラという子供、とんでもない奴に目をつけられたものだと同情しながら。

 

 

その後、カカシとサクラは教師と生徒として、立場を変えて再会することになる。
もちろん、偶然のはずがない。
九尾の妖狐を封じられたナルトと、うちは一族のサスケを面倒みるかわりに、スリーマンセルの残る一人に春野サクラを加えること。
それが火影との交換条件だった。

 

「サクラー」
「何」
「今でも、俺の眼、綺麗だと思う?」
唐突な質問にサクラは黙ってカカシの顔を見詰める。
「・・・先生が内緒だっていうから、ずっと誰にも言わなかったんだけど」
「うん。知ってるよ」
その言葉にサクラは訝しげな表情をしたが、カカシはかまわず話をつづける。
「いいじゃん。誰もいないんだし」
確かに、付近に人の気配はない。

サクラは図書館に向かう途中、偶然カカシと出会い捕まったのだ。
実は昨日もその前もこの道でカカシに会った。
にぶいサクラは気付いていないようだが、カカシはサクラが毎日図書館に向かうことを知っていてこの場所を張っている。
そして、何かと理由をつけてサクラを街に連れ出している。
勉強熱心なサクラにしてもれば、早く図書館に行きたいのだが、担任の教師ということもあり、そう強く出れない。
しかも、今日のカカシはサクラが質問に答えるまで離してくれそうにない。
サクラは自習を進めたい一心から、覚悟を決めて正直な気持ちを語り始める。

「本当はずっと謝りたいと思っていたの。あのとき、カカシ先生何か大切な任務の途中だったのよね」
「ああ、まぁ、そうかな」
カカシは頬をかきながら答える。
あの後、カカシはイズミとクウヤ、二人分の食費を自腹で支払うことになった。
今でも苦い思い出だ。
瞳を泳がせたカカシを、サクラはじっと見詰める。
「それに、先生は私のこと突き飛ばそうと思ったらできた。でも、そうしなかった。私が泣いてたから、私の手が震えてたから、傍にいてくれたんだよね」
「・・・・」

図星だ。
助けを求める小さな子供。
ターゲットを仕留めたあとに戻ってくればいいだけの話。
だが、カカシは幼い手を振り払うことができなかった。
サクラが欲していたのは救助隊よりも何よりも、ただ温かい人のぬくもりだということに気付いていたから。

無言の返事を返すカカシに、サクラはやわらかく微笑んだ。
「私がカカシ先生の眼を綺麗って言ったのは、色のことだけじゃないのよ」

 

自分の言った台詞に恥ずかしくなったのか、真っ赤な顔で駆け出したサクラはあっという間にカカシの視界から消える。
カカシは額に手を当てて天を仰ぐ。
何故だか笑い出したい気持ちだった。
「捕まっちゃったなぁ」
そのまま離さないでくれるといいんだけど。
そう思いながら、カカシはサクラのいなくなった方角に向かって歩き始めた。


あとがき??
サクラちゃんを捕まえるために機会を狙っていた先生ですが、先に囚われたのはカカシの方だった、って話。(笑)
サクラちゃんがカカシ先生のものなのではなく、カカシ先生がサクラちゃんのものなのです。あれ、分かりにくい?

英さんのリクエストは、「暗部カカシ×幼いサクラのお話で重要任務の最中、迷子になったサクラと偶然でくわして・・・」というものでした。
「・・・」の部分がなかなか、くせもの。(^▽^;)
シリアスをお望みだったのなら、済みません。思い切りギャグに走りました。
シリアス系のカカサク過去話は以前にも書いてるので、何とかネタがかぶらないようにしたのですが。(汗)

イズミちゃんとクウヤさんは、カカシ班のメンバーです。
名前由来。
イズミ(泉)ちゃん=書いてる最中、小泉首相がTVに映ったから。
クウヤ(空也)さん=書いてる最中、六波羅蜜寺がTVに映ったから。(坊さんの名前)
適当すぎたか・・・。NHK観てたのよ。イズミちゃんって、もしかして女の子なのかしら??(適当)

もっといろいろ言わせたい台詞があったんですけど。
いくらでも続きは書けそうな、そうでないような。・・・微妙。
カカシ先生の写輪眼じゃない方の眼の色って、何色でしたっけ??
勝手に青にしちゃいましたが、違ってたら済みません。

13500HIT、英様、有難うございました。


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