桜守 T


「・・・・さっきもここ通らなかった?」
「通ったねぇ。ほら、あれ見覚えあるもん」
カカシは廊下の隅に置かれた花瓶を指差す。
「本当、広い屋敷だなぁ。このまま遭難して、発見されたときは腐乱死体ってことにならなきゃいいけど」
気楽な口調でカカシはからからと笑った。
サクラの頭には瞬時に腐乱死体となった自分の憐れな姿が浮かぶ。

「あ、サクラ。腐乱死体と白骨死体とどっちが良い?俺としては第一発見者が気の毒だから白骨死体の方が良いと思うんだけど。腐乱死体って匂いが凄いから・・・」
「どっちも嫌よ!!!馬鹿なこと言わないでーー!!!」
緊張感のないその声を遮るように、サクラの絶叫が周囲に響く。
傍らにあるガラス窓がビリビリと震えた。
素早く指で耳に栓をしたカカシは、興奮気味に息を荒げるサクラをちらりと見る。
「・・・やっぱり火葬の方が良い?」
直後、サクラ得意の回し蹴りが、見事カカシにヒットした。
幸い二人がこれほど騒いでいても隣接する部屋から人が飛び出してくることはなく、振袖姿で蹴りをきめる乙女という珍しい光景は誰にも目撃されずにすんだ。

 

カカシとサクラがぐるぐると同じ道を歩くはめになっているこの場所は、大名家のお屋敷だ。
サクラはさる大名の姫君の身代わりとなって、会合に参加する任務を請けた。
サクラと瓜二つの姫君の方は、サクラと入れ替わりに木ノ葉の里でナルト達と行動している。
会合というのは年に数回行われる、近隣諸国の大名家の子息令嬢が集まって親睦を深めようという、気楽な集まりだった。
その会合が行われる部屋に向かう途中、サクラ達は屋敷内で迷ってしまったというわけだ。
道順を聞こうにも、しんと静まり返る廊下にはまるで人気がない。
どこまで行っても似たような内装が続く廊下に、異空間に迷い込んでしまったかのような錯覚に陥る。
サクラは小さく身震いして隣りを歩くカカシを見上げた。

「でも、先生まで何でここにいるの?」
朝、任務の内容を下忍達に話したときには、カカシは簡単な任務だからサクラに一人で行かせると言っていた。
一人で彷徨わなくてすんだことはサクラにとって心強いことだが、どうも腑に落ちない。
「うーん」
カカシはサクラに蹴られた個所をさすりながら苦しげな声を出す。
「分からないかなぁ」
「?」
きょとんとした顔で自分を見上げるサクラに、カカシは困ったように笑った。
そのカカシの目線が、ふいにサクラから外れる。

「桜姫!」
背後から呼びかけられ、サクラは慌てて振り返る。
偶然なことに、サクラと姫は同名だった。
混乱せずにすむのは良いが、知らぬ人間に親しげに名前を呼ばれることにサクラはいちいち驚いてしまう。
「あ、えーと・・・」
「お探ししましたよ。門番に訊いたら随分前に屋敷に入ったと言われたのに、会場に姿がなかったので」
「はぁ。済みません」
サクラは自分に走り寄った少年に曖昧に笑いかける。
彼の名前が、全く分からなかった。
一応、『大名家の子息令嬢一覧表』に目を通してその名前を顔が一致するようにしてきたはずだが、彼に関するデータはサクラの記憶にはなかった。
どこかの子息というのではなく、彼らに付き従う供の者なのかもしれない。
品のある顔立ちをしているが、身なりも飾りのない質素なスーツ姿だ。

少年はあたりを見回しながら説明する。
「この建物は老朽化が進んで、今は使われていないのですよ。会場は前回の会合と同じ場所なので、迷う方はいらっしゃらないと思っていたんですけど」
「・・・・使われてない」
これだけ膨大な部屋数がありながら、使われていないなどというのはもったいない。
この棟だけで、自分の家の何十倍の敷地があるだろうと、サクラは頭の中で計算をはじめる。
サクラは妙なことに感心していたせいで、彼女を見詰める少年が怪訝な表情をしていることに気付いていなかった。

「・・・あの、この方は?」
少年の視線が、サクラの隣りにいるカカシに向けられる。
カカシの服装は一応会合の主旨に沿ったものだ。
見たことのないカカシの正装にサクラは最初目を丸くしたのだが、もとの顔が悪くないだけにそれなりに似合っていた。
何より、普段カカシの人相を怪しげにしているマスクと忍の証である額当ては今はしていない。
黙っていれば身分ある者として通用しそうだ。

「えーと、この人は・・・」
サクラが考えながら声を出していると、カカシがにっこりと笑顔で言葉を続ける。
「サクラの恋人です」
サクラは危うく吹き出しそうになるのを何とかこらえた。
少年も呆気に取られた表情でにこにこ顔のカカシを見ている。
しかし、少年をより一層驚かせたのはサクラの次の行動だった。
「し、親戚の人なんです。今回の会合の話をしたら、勝手についてきちゃって。あはは・・・」
少年の眼前、しどろもどろに言い繕いながら光の速さで繰り出されたサクラの肘鉄が、カカシの腹部にめり込んでいた。

 

 

サクラが会場に足を踏み入れたときには、立食形式の会合はすでに中盤に差し掛かっていた。
任務の内容としては、長い間会場にいて何かぼろを出すといけないという配慮から、顔見せ程度ですぐに帰還して構わないということになっている。
だが、サクラにしてみれば、見るもの聞くもの全てが新鮮で、なかなかその場から離れられずにいた。
部屋に入ってすぐ、壁一面に飾られている著名な絵画、絢爛な内装、眩い光をはなつシャンデリアなどにサクラは目を奪われる。
また、料理も今までサクラが見たことがない食材が並んでいた。
自分に話し掛けてくる会場内の人々に一通りの挨拶をしたあと、サクラは花より団子とばかりに、料理の並ぶテーブルを次々と周っていく。
この機会を逃せば、二度と口に運ぶことはないであろう豪華な料理に、サクラは舌鼓を打った。

長々しい横文字の並んだ名前のケーキを口に運びながら、サクラはさりげなく会場内の人間に視線を泳がせる。
「・・・あのちょっと太めの女の子がこの国で2番目に大きな土地を所有するお大名の令嬢で、その斜めにいるのが彼女の従姉」
ぶつぶつと記憶をおさらいするかのように小さな声を出していたサクラは、ある人物を目にとめた。
サクラを捜してくれた少年だ。
彼の隣りにいるもう一人の少年の方は、サクラの記憶にある。
会合の会場である、屋敷を所有する大名の息子で、名前はナツといったか。

 

「結局、名前訊いてなかったな・・・」
ぼそりと呟いたサクラに、聞き慣れた声が耳打ちする。
「ハルだよ」
びくりと身体を震わせたサクラは、とっさに肩に置かれた手を振り払って相手を仰ぎ見た。
「か、カカシ先生、いつからいたのよ!姿見えなかったけど!!」
「ずっとサクラの周りにいたよ。サクラが料理たいらげるのに夢中でよく捜してなかっただけだろ」
カカシは喋りながらサクラの口元についたクリームを手ですくい取り、そのままぺろりと指先を舐めた。
サクラは真っ赤な顔でカカシを睨みつける。
「声かけてくれれば良いじゃない!」
「あー、なんか忙しくてね」
意味不明な言葉を口走り、カカシは出入り口の扉を指し示した。
「デザートも食べ終えたみたいだし、そろそろ帰らない?」

サクラは軽く眉を寄せると、会話の流れを始まりに戻す。
「あの子、ハルって名前なの」
「そう。この屋敷の所有者の長男」
サクラは仰天して目を見開く。
「ええ!!ってことは、あのナツって子のお兄さんよね。大名家の後継ぎじゃない。でも、私の持ってる資料にはそんなこと書いてなかったわよ」
「だろうね。彼は当主の再婚相手の連れ子なんだ。で、その奥さんってのがシングルマザーだった人で、ハルの父親は不明。よって表向きには当主の先妻の産んだナツが嫡子ってことになってる。ハルの存在を知ってる人は限られてるんだよ。また知ってはいても、誰もおおっぴらには話さないだろうけどね」
「へー」
さすがに上忍として場数を踏んでいるカカシは大名家の裏事情にも精通している。
サクラは初めてカカシに尊敬の眼差しを向けた。

「じゃあ、私ハルにここまで案内してくれたお礼言いに行ってくる。そうしたら帰るわ」
言うが早いか、サクラは空の皿をカカシに押し付けハルのいる場所に向かって駆け出す。
せわしなく人波をかき分けて走るサクラの後ろ姿を眺めながら、カカシは小さくため息をついた。
「・・・令嬢ってのは、もっと楚々としているものだろうけどなぁ」


あとがき??
済みません。予想外に長引きました。言い訳は後編で。(>_<)


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