縁結び


自分は夢を見ているのだと、自覚できる夢というものがたまにある。

 

カカシにとって今回がそれだった。
薄暗く先の見えない広い空間に、大勢に人間が座り込んで、皆一様に手元を覗き込んでいる。
何かの作業に没頭しているようだ。
付近をうろつき様子を窺っていたカカシは、ようやく顔見知りを見つけることができた。
安心したように顔を綻ばせる。

「サクラ」
声をかけると、サクラは間髪入れずに顔を上げ、カカシを睨みつける。
「ちょっと、カカシ先生注意してよ!そこ、踏んでるわよ!!」
その剣幕にびくついたカカシは、急いで足の位置をずらす。
見ると、確かに踏んでいた。

長い、細い、赤い糸を。

カカシが足をどけたのを確認すると、サクラは再び作業に戻る。
わけがわからず、カカシはサクラの手元を見詰めつづけた。
立ち去る様子のないカカシに、サクラは手を止めてカカシを見上げる。

「何?」
眉を寄せたその表情は、あからさまにカカシを邪魔者扱いしている。
「・・・何してるのかなぁって」
上忍らしからず、おずおずと訊ねるカカシに、サクラは甲高く答える。
「絡まった糸を解いているのよ!」

よく見ると、サクラの五指に赤い糸が絡まっていた。
まるで子供の遊戯である、綾取り糸を手にしているようだ。
「何、それ?」
「運命の赤い糸に決まってるでしょ。この指の糸が繋がってる人とは将来、どんなことがあっても結ばれる運命なのよ」

サクラの言葉で、カカシはようやく夢の内容を把握できた。
思わず自分の手をかざしてみる。
だが、サクラの手と違い、カカシの手には一本の糸も見えない。

「・・・俺、何にもないんだけど」
「それはご愁傷様。先生はずっと独り者ってことでしょ」
サクラはすげなく返事をかえす。
彼女は自分のことで手一杯というような感じだ。
どうやら周りにいる人間は皆、サクラと同じように、必死に自分の運命の人を糸を選って探しているらしい。
糸のないカカシはすることもなく、サクラの隣りに座り込んでいる。

暇そうな様子のカカシに、サクラは八つ当たりぎみに怒鳴った。
「ちょっと先生、そこにいるなら少しは手伝ってよ。先生はこっちの糸ね」
サクラは左の小指にある糸をカカシの手に押し付ける。
「私はこの糸を手繰ってみるから、先生はその糸が誰かと繋がっていないか見てきて!」
複雑に絡まった糸を選ることは、気の短いサクラには耐えられない作業のようだ。
かなり気が立っている。
カカシはサクラに渡された糸の先に視線を向けたが、薄暗いこともあり、糸がどこまで伸びているのか全く分からない。
特に反発する理由もなかったカカシは面倒くさそうに立ち上がりながらも、素直に糸の先を伝って歩き始めた。

 

やがて、見えてきた人影。
サクラの糸の先にいたのは・・・。

 

暫らくすると、カカシは糸を手にのんびりとした足取りでサクラの元に戻ってきた。
「どうだった!?」
期待に瞳を輝かせるサクラに、カカシは手を振る。
「駄目だったよ。ほら」
カカシは手の内にある途切れた糸の先端をサクラに見せる。

瞬間、サクラが落胆のあまり倒れそうになるのを、カカシは慌てて支えた。
糸の端を見詰め、サクラは涙を滲ませる。
「他の糸は全部途中で切れちゃってたから、それが最後だったのよ」
うなだれたサクラは、かすれ声で呟く。
「絶対、絶対サスケくんに繋がってると思ったのに」

涙のサクラを見詰め、カカシは申し訳なさそうに頭をかく。
「・・・悪かったよ」
「別に先生のせいじゃないわよ」
「・・・・」
自分を気にして無理に表情を和らげるサクラに、カカシは声をつまらせる。
心苦しくて。
白状すると、カカシのせいだったりするのだ。

サクラの赤い糸。

それは確かにサクラの想い人に繋がっていた。
だが、カカシはちょっとした悪戯心から、その人物に気付かれないよう、糸をぶつりと切った。
夢の中とはいえ、自分が誰とも縁がないと言われて面白いわけがない。
そうなると、人の幸せまでも憎らしくなる。
サクラがここまで過剰に悲しむとは思わなかったカカシは、心底サクラに悪いことをしたと反省していた。

 

ひとしきり泣いて気分が落ち着いたのか、サクラの声に段々と力が戻っていく。
「人の運勢なんて日々変わっていくものだし、明日にも誰かと糸が繋がるかも・・・って。先生」
サクラは屈みこんでいるカカシに顔を向ける。
「何やってるの」
「え、ちょっと、試しに」
カカシはサクラが一人の世界に入っている間に、いそいそと途中で切れたサクラの糸を、自分の左の指に結んでしまっていた。
目をむいたサクラは慌てて糸を解こうとする。

「か、勝手なことしないでよ!」
「でも、サクラ、このままだったらオールドミス決定でしょ」
「・・・」
声を呑みこむサクラに、カカシはにこにこと笑う。
「まぁ、これは保険ってことで。そのうちサクラの糸は他の奴と繋がるのかもしれないんだろ」
「・・・そうだけど」

カカシの顔を見詰めたまま、サクラは黙り込む。
善後策を必死に考えている様子だ。
そして良い案が浮かんだのか、ぽんと手を叩く。

「そうだ!サスケくんを探して、糸を結べばいいんじゃない!!」
「もう遅いみたいよ」
暗かった周囲が、いつの間にか白々となっている。
カカシは眩しそうに目を細めた。
「朝が来たみたいだ」

 

目覚めると、7班の集合時間に丁度いい時間。

「今日はあいつらにどやされなくてすむなぁ」
カカシはあくび混じりにベッドから起き上がる。
昨夜見た夢のことなど、すっかり頭から消えていた。
早朝集合だったにもかかわらずカカシの遅刻による任務の遅延はなく、7班の下忍達は任務地に向かいながら仕事内容をカカシに告げられる。

 

「質問はないか?」
「はい」
カカシの問い掛けに、後ろを歩いていたナルトが手を上げながら声を出す。
「さっきからずっと気になってたんだけど・・・」
「何だ?」
「何でカカシ先生サクラちゃんと手なんて繋いでるの」

ナルトに言われ、カカシは今気付いたというように、自分の手を見る。
確かにカカシはサクラの手を取って歩いていた。
サクラの方も不思議そうにカカシを見上げている。

「何だか、サクラと手が繋ぎたくて」
「私も。先生と手繋ぎたいと思った」
首を傾げながらも、二人は手を離そうとはしない。
ナルトは口をとがらせながら、憮然と言った。
「カカシ先生、ずるいってばよ!」

 

カカシの左手とサクラの右手。
覚えてはいないが、それは夢の中で二人が糸を結んだのと同じ手だった。


あとがき??
赤い糸の伝説。太かったり、細かったり、色が薄かったり、濃かったり、糸にはいろいろと種類があるらしいです。
あるんでしょうかね、本当に。(笑)
カカシ先生のちょっとした悪戯心が、幸か不幸か、二人の縁を結んでしまったようです。

元ネタは『うる星やつら』の映画化2作目「beautiful dreamer」(←映画史上に残る傑作)の、とあるワンシーン。(笑)


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