白い恋人
「サクラちゃん、今日“一楽”に寄って帰ろうよ。今度新メニューに加わった杏仁豆腐が美味しいんだ」
「森で小鳥の巣を見つけたんです。雛が生まれたばかりで可愛いですよ。一緒に見に行きましょう」7班の任務終了後、サクラを待っていたリーとナルトが、彼女を挟んで睨み合いをしている。
サクラはあまり気乗りしない表情で、腕組みをしながら二人を交互に眺めた。
その三人のすぐ後ろを一人の人物が横切る。
「んじゃ、また明日な」
カカシはたむろする下忍達に一声かけると、任務報告のためにその場を離れる。「あっ!」
カカシの姿が消えるのを見て、サクラが唐突に声を出した。
「私、今日カカシ先生と約束があるの。ごめんね」
サクラはそれだけ言うと、サクラはカカシの後を追うようにして駆け出す。
「え、ちょっと!」
「そんな、サクラちゃん!!」
追いすがるナルトとリーの言葉など聞こえないようで、サクラは振り返らない。
残された二人はただ悲しげにサクラの後ろ姿を見送った。
「サクラちゃんを誘おうとするとかーなーらーずカカシ先生の邪魔が入るんだよな」
「そうそう。はっきり言って邪魔ですよね」
普段サクラを巡って言い争っているナルトとリーが顔を見合わせて意気投合している。
「明日こそはサクラちゃんを奪取して、カカシ先生から引き離すってばよ」「それは難しいと思うぞ」
息巻くナルトに、木の上で成り行きを観察していたサスケが横槍を入れる。
その存在に気付いていたナルトは、怪訝な表情で頭上を見上げた。
「逆だからな」
『え!?』
同時に首を傾ける二人に、サスケはため息と共に、ボソリと呟いた。
「馬鹿が二人」
「何――!!お前馬鹿って言っただろー!ちゃんと聞こえてるぞー。降りて来い!!」
握りこぶしを振り回し怒鳴り声を張り上げるナルトに、やれやれ、とサスケが降りてきた。興奮して自分を睨みつけるナルトに、サスケは冷静な声で指摘する。
「カカシがサクラを追い回してるわけじゃなくて、サクラがカカシのいる半径10m以上離れた場所に行かないんだ」
「・・・・あれ?」
サスケの言葉に、ナルトはここ最近のサクラの行動を頭に思い浮かべる。
そういえば、サクラと話している時は常に視界にカカシが入っていた。
今さっきのサクラの行動も、考えてみるとカカシが何かちょっかいを出したわけではなく、サクラが自発的に自分達から離れていったのだ。「それって、もしかしてサクラちゃん、カカシ先生のこと・・・」
震える声をだすナルトに、一同静まり返る。
続く言葉は皆心得ていた。
「俺達、馬鹿みたいじゃん」
「だから馬鹿だと言っただろう」
「うわーーー!!」
ナルトとサスケの無意味な会話とリーの泣き声が重なった。
「カカシ先生、今、悲鳴みたいな声しなかった?」
サクラが自分より数歩前を歩くカカシに訝しげに訊ねる。
「気のせいじゃないの」
ポケットに手を入れてテクテクと歩くカカシからは、まるで興味がないという風の返事がかえってくる。
だが、返事がかえってきただけましだ。
先ほどまで、カカシはサクラが何を話しても無言だった。付近に人影がなくなり、ちょうどいい頃合と思ったのかカカシは立ち止まる。
「それより前から訊こうと思ってたんだけどさ・・・」
ゆっくりと振り返り、カカシは後ろから歩いてきたサクラと向かい合わせになった。
僅かにかがみ、目線をサクラに近づける。
「サクラ、どうして俺の後ついてくるの」近頃サクラが自分の周りをちょろちょろと付けまわしていることをカカシは当然気付いていた。
サクラもカカシが気付いていることを分かっていた。
だが、どちらからも切り出さなかったので、今までその状態がずるずると続いていたのだ。
子供のすることとたいして気にとめていなかったカカシも、いつまでたっても離れる気配のないサクラに、ついに行動を起こした。「・・・・不安だから」
言葉と同時に、サクラの表情が愁いをおびたものに変化する。
「何が?」
早々に会話を切り上げたいのか、カカシは素早く訊き返す。
「カカシ先生は雪みたいだから、急にいなくなっちゃいそうで、恐いの」突然わけの分からないことを口走るサクラに、カカシは戸惑った顔をした。
頭脳派のサクラにしては、言葉が論理的ではない。
「俺が、なんだって?」
カカシは何とか順を追って会話を成り立たせようとする。
「私の先生のイメージは白と雪なの」
「俺の髪の色がこれだからか」
自分の髪を指差して言うカカシに、サクラはかぶりを振った。
「それもあるけど、このあいだ降った雪を見て思ったのよ」
3月に降った季節はずれの大雪。
自室の窓の桟に頬杖をつきながら、サクラはぼんやりと雪の降る様を眺める。
外出する予定だったのが、すっかり気がそがれてしまった。
寒さに身を縮め、何をするにしてもおっくうだ。
サクラは地表を真っ白に染めていく雪に、ただ思いをはせる。雪。
綺麗だけど、冷たい。
手がとどいたと思っても、誰も捕まえることが出来ず、消えてしまう。
掌に残るのは冷え冷えとした感触と雪のなごりだけ。
どんなに惹かれても、見ていることしかできないたとえ長い間とどめておくことができたとしても、場所は限定されてしまう。
また、閉じ込めてしまったそれは、雪としての魅力を半減させる。
まるで・・・。
唐突に頭に浮かんだ考えに、サクラはくすりと笑う。
雪って何だかカカシ先生みたい。
他の誰かが聞いたら笑うかもしれない。
だけれど、サクラにはとても言い得て妙な思いつきだった。
以前、カカシは任務中に大きな怪我を負ったことがあった。
もちろん、カカシの過失ではなく、失敗したナルトをかばったためだ。
サクラはカカシがナルトを厳しく叱責するものと思ったが、違った。
カカシは何も言わなかった。
サクラは心底不思議に思ったが、その後ナルトがより一層修行にはげむようになるのを見て、あの場合しかりつけるよりも、カカシの取ったような態度の方がより後悔の念が強くなるのだと悟った。
そしてサクラは、それ以外にも、カカシがナルトを責めなかった理由を知っていた。「・・・まだ生きてる」
病院で意識が戻ったときのカカシの第一声。
おそらく、一番側にいたサクラにしか聞き取れない呟き。
カカシは事故にあったときに命を落としていたとしても、悔いはなかった。
この人は周りにいる大事な人を守るためなら、簡単にその命を投げ出してしまう。
サクラは自分のその考えに恐怖を感じた。雪とカカシの一番の共通点はその儚さ。
忍びとしては一流の腕を持つカカシの内面の危うさを、サクラはうっすらと感じ取っていた。
誰にでも明るい笑顔を向けるのに、その実何に対しても執着がないように見える。
雪のように、ふいに消えていなくなってしてしまうのではないかと、不安になった。
だからサクラはいつもカカシを見張っている。
それに、何とはなしにカカシの姿が目に触れれば、不思議と気分が落ち着いた。
カカシにはサクラの考えはどうしても理解不能なようだ。
「よく分からないけど、サクラはこれからもこうして俺の後ろついてくる気なわけ」
「そうよ。カカシ先生、嫌なの」
カカシは小さく頷いてみせる。
「嫌」
真顔できっぱりと断言するカカシに、サクラの表情がくもる。
涙を堪えているのか、しきりに瞬きを繰り返し、サクラは目線を下げる。
だが、サクラの予想に反し、カカシはやわらかな笑みを浮かべてサクラを見詰めていた。サクラの手を取り、カカシはやんわりと声を出す。
「だって後ろ歩かれたら、振り向かないとサクラの顔見えないだろ」
サクラの手は温かく、冷え切っていたカカシの手には気持ちが良かった。
思っていたよりもずっと華奢なその手は、カカシの筋張った手と比べるとあまりに弱々しい。
それだけで、サクラが全く取るに足らない、ちっぽけな存在のように感じられた。それでも。
自分にはこの小さな人物が必要なのかもしれない。
サクラの言葉を理解はできないが、彼女が心から自分を想ってくれていることは分かった。
サクラを見ていると、彼女のために死ぬより、彼女のために生きたいと思えるから。
「だから、手繋いでいこう」
屈みこんでいるカカシは、驚いて顔をあげるサクラに、にっこりと微笑んだ。
「これなら一ヶ月でも、一年でも、一生でも側にいて良いよ」
カカシの言葉に、サクラの頬が赤く染まる。
無自覚だったにしろ、大胆な告白をしておいて今ごろ真っ赤になって照れているサクラを、カカシは優しく抱き寄せた。もともと体温の低いカカシの身体。
それでも、人と触れ合っている場所は何もない部分より、ぬくまっていく。
サクラは肌を通して、今自分の中にある温かな気持ちが全部カカシに伝わればいいのに、と思った。
あとがき??
サスケのために、「命にかえても」とか言ってるカカシ先生を見て思いついた話。
実は前半のナルト達のやり取りが書きたかっただけなんです。(^▽^;)
季節を無視しまくりですね。
中に書いてあるとおり、3月に書き始めた駄文です。
これはもうボツかなぁと思っていたのですが、この死にそうな暑さに涼を求めて雪の作品を完成させたくなったのでした。(わけ分からん)
同じようにボツ寸前の駄文がわんさかと。・・・怖い。というのが、以前書いたあとがき。
どうやら、3月に書いたものらしいです。今、10月。・・・恐ろしい。
完全にお蔵入りになるところでしたね。