ちち U


「で、私達にどうしろってのよ」

 

いのは気のない声でサクラに問い掛ける。
事の顛末をサクラから聞いたとはいえ、呼び出された意味が分からない。
「だから、教えて欲しいのよ!!」
サクラはいのの手を握ると、目をむく彼女に熱く答えた。
眉を寄せたいのは傍らのヒナタに視線を移す。
サクラの家に緊急集合をかけられたいのとヒナタだが、サクラの勢いに戸惑うばかりだ。

「何をよ」
「胸が大きくなる方法!二人とも、何か秘訣とか知らない?」

普段なら笑い飛ばしてしまうような言葉だが、サクラの目は真剣だ。
サクラにしても、このようなことは同級生である彼女達以外の誰にも相談できない。
サクラはいのとヒナタ、特にヒナタに多大な期待を寄せていた。
厚着をしていても分かる彼女が豊かな胸の持ち主だとはっきり分かる。

「ヒナタ!」
サクラの呼びかけに、ヒナタは頬を赤らめながら、ためらいがちに声を出す。
「・・・えっと。私の家は母も叔母も皆、胸は豊満な方だと思います」
ヒナタは申し訳なさそうにサクラを見た。
彼女の答えは。
つまり、遺伝だということ。

サクラはあからさまにがっかりと肩を落とす。
そして、一縷の望みをかけていのに顔を向けた。
「い、いのは!?」
「・・・そうねぇ」
頬に手をやり、いのも真面目に考える動作をする。
だが、サクラの熱意も虚しく彼女もあっさりと返答した。
「私もこれといって何もしていないけど」

思わず泣きそうな顔になったサクラに、いのは慌てて言葉を続けた。
「でも確か、食べると胸が大きくなるお饅頭が街のとある店に売ってるっていう噂が・・・」
「場所はどこなの!!!」
話に食いついたサクラに、いのは後退りを余儀なくされた。
燃える瞳のサクラは、いのが今まで見た中で一番鬼気迫った表情をしていた。

 

 

翌朝。

「あれ、サクラはどうした?」
いつも通り遅刻したカカシは、集合場所にサクラがいないことに怪訝な表情だ。
「何だか、饅頭買いに行くから任務は休むって」
「饅頭?」
首を傾けるカカシに、ナルトも同様の仕草をする。
「俺も詳しく知らないってばよ」

結局サクラはその日カカシ達の前に姿を見せなかった。

 

 

「サクラちゃん、どうしたんだろうなぁ・・・」

ナルトは不安げな表情で呟いた。
優等生のサクラが、今まで病気以外の理由で任務を休んだことは一度もない。
心配になったナルトが夜に電話をかけても、サクラは電話口に出ようとしなかった。
何か事件があったようだが、ただ、病気や怪我ではないことが分かって、ナルトも少しだけ気が緩む。

次の日は日曜で任務が休みだったこともあり、ナルトは様子見がてらサクラの家に向かって歩いていた。
ナルトの家からサクラ宅はさほど遠くない。
家まで押しかけてきたと、嫌な顔をされないためにも、ナルトは口上を考えながら歩みを進める。
そして、近道のために公園を横切ろうとしたそのとき、ナルトの視界に、ある人物が入った。

サクラだ。
彼女はベンチに腰掛けてぼんやりと前方を見遣っている。
その瞳は虚ろで、いかにも注意力が散漫といった様子。
驚かせて、その機嫌をそこねることがないよう、ナルトはゆっくりとサクラのいるベンチへと近づいた。

 

「・・・いい天気だね」
「そうね」
声をかけると、ナルトの存在に随分前から気付いていたのか、サクラはあっさりと返事をする。
だが、彼女の方から続く会話を口にする気配はない。
汗ばむナルトの目線は、サクラの隣りに陣取っている紙袋へと向かった。

「何、それ?」
「お饅頭。欲しけりゃ、あげるわよ」
言いながら、サクラはナルトを見ることなく、彼に向かって饅頭の入った袋を差し出す。
「・・・うん」
ナルトは別に饅頭が食べたい気持ちでもなかったが、素直に受け取った。
サクラの表情が沈んでいることが分かって、どうにも話ずらい。
ナルトはサクラの隣りに座ると、手にした饅頭の袋をさぐり、なるべく静かに包みを開けて中身を食べ始めた。
ずっしりと重い紙袋に、ナルトは饅頭の量を20個近く入っているのでは、と想定する。

 

静かな日曜だ。

天気も良いのに、公園には不自然なほどに、人っ子一人いない。
小鳥の鳴き声すらしない。
普通なら喜ぶべき状況なのだろうが、ナルトはそれどころではなかった。
サクラの悲しげな様子が気になるが、遠まわしに訊ねる術をナルトは知らない。

「・・・なんか、あったの?」

直接的なその問い掛けに、ナルトは自分が嫌になる。
しかも、饅頭を2個も詰め込んだ後だから、喉がからからで詰まったような声しか出ないことが恥ずかしい。
だがサクラは気にした風もなく、頬杖をついたまま、僅かに隣りのナルトに顔を傾ける。

 

「それ、食べると胸が大きくなるお饅頭なんだって」

一瞬の沈黙。

目が点になっていたナルトは、口に入れかけていた3つ目の饅頭を慌てて吐き出した。
激しく咳き込んだあと、どうやら饅頭の一部が気管に詰まったらしく、ナルトは苦しげな呼吸を繰り返す。
「ちょっと、大丈夫?」
サクラは乱暴にナルトの背中をさすった。

「がせよ、がせ。嘘に決まってるじゃない」
「ゲホッ。あ、そ、そうだよねぇ・・・」
顔を赤くしたナルトは袖口で口元をごしごしと拭く。
「そうよ。決まってるのよ。決まってたのに・・・」
サクラは再び視線を前方に戻すと、大きなため息をついた。
「私って本当、馬鹿だわ」

サクラの瞳にじわりと涙が浮かぶ。
その光景を目のあたりにしたナルトは、慌てふためきながらポケットをさぐった。
とっさにハンカチを渡そうと思ったのだが、手を洗っても自然乾燥にまかせているナルトは、そのようなものを持ち合わせていない。
どうしていいか分からず、混乱の極みにあったナルトに、サクラはさらに追い討ちをかけた。

 

「ナルトさ、胸のおっきい人と、そうでない人と、どっちが好き?」

ナルトの思考回路はパンク寸前だったと言っていい。
真っ白な顔になっているナルトに、サクラはまるで気付かない。

「ねぇ、胸の小さい人って、全然興味ない?魅力ないと思う?」
にじり寄るようにして、サクラはナルトをじっと見つめる。
潤む瞳に、切なげな表情。
鼻腔をかすめる彼女の甘い芳香。
パニック状態のナルトには、サクラのそれは愛の告白同然に聞こえた。

「さ、さ、サクラちゃん!!」
言葉と同時に、ナルトはサクラを勢いよく抱きしめた。
ナルトの膝にのっていた饅頭がばらばらと散らばる。
サクラは驚きに目をぱちくりと瞬かせた。
「ナルト?」

突拍子のないナルトの行動に、サクラは先ほど喉を詰まらせた彼が、息苦しさに自分にすがり付いてきたと判断した。
サクラはまだ苦しいのかと、不安げにナルトの背に手を回す。
だが、興奮気味のナルトにはサクラのそうした心の機微は伝わらない。
抵抗する様子のないサクラに「もしかして脈あり!?」と感激しただけだ。
そしてナルトが次なる行動を思案したとき。

 

「何してんの?」

笑いを含んだ声がすぐ背後から聞こえた。
その一声に、ナルトの顔からみるみるうちに血の気が引いていく。
凍り付いて凝固してしまったと言った方が正しい。
危険信号。
頭が発する命令とは反対に、ナルトはゆっくりと、ゆっくりと振り向く。

「ねぇ、何してるの」

1mと離れていない茂みで、カカシがナルト達に限りなく優しい微笑みを向けて立っていた。

 

 

「ちょっと、先生、何なのよー!!」

サクラは足をばたつかせて叫び声をあげる。
カカシの肩に担ぎ上げられているサクラは、非常に不安定な態勢だ。
カカシはサクラの言葉に全く反応せず、もくもくと歩みを進めている。
道行く人は、当然カカシ達を物珍しげな視線を向けてくる。
サクラは顔を赤くして怒鳴りつづけた。

「ナルトが可哀相じゃない。簀巻きにして川に投げ込むなんて、どうかしてるわよ!死んじゃったらどうするの」
「大丈夫だよ。あいつだって忍者だし」

本来なら死んでもかまうものかと思うところだが、幸いにもナルトはカカシの生徒だった。
ロープは僅かに緩めておいたから、ナルトなら水中から脱出することができるはずだ。
多少、時間は掛かるだろうが。
がなりたてるサクラに、カカシはうんざりとして言う。

「・・・お前、自分がどういう状況だったか分かってるの?」
「どうって」
頭に血を上らせていたサクラは、一旦冷静に考える。
「ナルトがお饅頭喉に詰まらせて苦しがってただけでしょ」

不思議そうな声を出すサクラに、カカシはがっくりとうなだれる。
「先生?」
サクラはカカシのその様子を全く理解できずに怪訝な表情をした。
そうしたサクラの純真なところは魅力の一つだと思うが、これはきちんと教育しておかないとまずいかもしれない、とカカシは思った。

「で、ナルトのことはいいから、昨日任務をお休みした詳しい理由が知りたいな」
「・・・・」
それまで騒がしくしていたサクラは、とたんに黙り込む。
「サクラ」
カカシはサクラのいる方へ、少し怒気を含む声を投げた。
カカシの本気を悟り、サクラは渋々ながら口を開く。
「・・・先生の家で話す」

 

「くっだらない」

事情を聞いたカカシの第一声がそれだ。
「何よ、女の子には重要なことでしょ!!」
呆れ返っているカカシにサクラはぽかぽかと拳をぶつけながら言う。
「誰だってないよりある方がいいに決まってるし、カカシ先生だって・・・」
「サークラ」
皆まで言わせず、カカシは口を挟む。
「サクラはさ、俺がそんなことを基準にお付き合いする女性を選ぶ、いい加減な奴だと思ってるの」
言葉に詰まり、サクラは動きを止める。
サクラの頬に手をそえると、カカシは諭すように語りかけた。

「それに、サクラはもし自分が男だったと仮定して、胸が大きいからとかそういう基準で人のこと好きになってたと思う?」
「・・・思わない」
サクラははっきりと答えた。
自分が男だったら考えずとも、サクラはカカシが里で名の知れた上忍だから、また他の女性に人気があるから等という条件付きで好きになったわけではない。
伏し目がちのサクラに、カカシはにっこりと微笑んで言った。
「俺も一緒だよ。俺はただサクラが好きなんだ」

感動して飛びついてきたサクラを抱きしめながら、カカシは心の中で、密かに呟いた。

 

言えない。

『木ノ葉通信』のあのコメント、俺が書いたなんて・・・。


あとがき??
えーと、2はナルトに胸の大きい人、小さい人、どちらが好きか聞くサクラちゃん、というシーンが書きたかった。(笑)
本当はもっと短い話だったのだけれど。あれ?ナルトも登場してなかったし。
でも、ナルト、というか、ナルサク、書くの凄く楽しいわ〜。本当に〜〜。報われないんだけれど。(笑)
私、ナルト、好きです。これでも。(^▽^;)
ナルトは絶対巨乳好きーだと思います。だって、お色気バージョンナルトってば・・・。
なら、なんでサクラが好きなんだろうなぁ??

胸が大きくなるらしいというお饅頭は本当に噂で聞いたんですけど。マジでしょうか?
それを買いに走るサクラは、『ケイゾク』で占い雑誌にあった「運命の恋人は北の方角にいる」という言葉を信じ、その日のうちに東京から北海道まで行ってしまった柴田がイメージです。(笑)


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