Heaven's Kitchen


「何してるんだ」

訊ねる声に、カカシが振り返る。
声をかけたのはカカシと旧知の上忍、アスマだ。
傘をさしたアスマは、ずぶ濡れのカカシを見て怪訝な表情をしている。

雨が降り出してから、1時間ほど経過しただろうか。
降水確率10%という天気予報に騙された人達も、置き傘を用意していたのか、新たに傘を購入したのか、濡れ鼠で歩いている人間はすでに往来にはいない。
その中で、傘を持たずに、何をするでもなく立ち尽くしているカカシは、嫌でも目立っていた。
彼の姿は、買い物のために街に向かって歩いていたアスマの目にもとまった。

 

カカシは薄く微笑むと視線をもとの場所へともどす。

「サクラを見てる」

アスマはカカシの目線を追うようにして顔を動かした。
そこには、カカシの言葉のとおり、春野サクラの姿があった。
彼らが今いる場所より、一つ向こう側の橋の近くに、ぽつんと佇んでいる。
雨粒に遮られ人相はよく分からないが、桜色の髪ははっきりと目に映る。
彼女もカカシ同様、傘をさしていない。

アスマは眉を寄せてサクラを見詰める。
「あんなところで何やってるんだ」
「俺を待ってるの」
「・・・は?」
アスマが素っ頓狂な声をあげると、カカシはサクラに向けた眼差しをそらすことなく、口の端を緩めた。
「サクラと待ち合わせしてるんだ。2時間くらい前にあの場所に来るように言ってある」

 

楽しげに呟くカカシに、アスマは不快な感情をあらわにした。
「なら、何で早く行ってやらないんだよ」
カカシの言葉が本当ならば、サクラは2時間近くあの場所でカカシが来るのを待っていることになる。
しかも、後の1時間は雨降る中で。
アスマには、カカシがとてつもなく不実な人間に思えた。

「何怒ってるんだよ、お前は」
カカシはくすくすと含み笑いをもらす。
「答えろよ」
その笑いが癇に障ったアスマは声を荒げる。
ぴたりと笑いを止めたカカシは、ようやくアスマを見詰めて真顔になった。
一瞬だけ困ったような顔をしたあと、静かな口調で話し始める。

「だってさ、今、このときサクラの頭の中はきっと俺のことで一杯なんだよ。どうして来ないのか、何かあったのかって心配しているに違いないんだ。それって、何だか嬉しいじゃないか。なぁ」
語りかけるように話しておきながら、カカシは別段アスマに意見を求めてはいないらしい。
困惑気味のアスマに目もくれず、カカシは言葉を続ける。

「サクラは帰らないんだ。俺が行くまで、絶対に」
目を細めたカカシは、いとおしげにサクラを見詰めていた。

 

最初はわざとではなく、いつもどおりの遅刻だった。
カカシが遠目から垣間見た、サクラの横顔。
憂いをおびた、切なげな表情。
すぐにも泣いてしまうのではないかと思える、潤んだ瞳。
今まで目にしたことのない、サクラの意外な一面。

心臓が止まるかと思った。

あんまりに。
あんまりに綺麗で。

僅かに逡巡したあと、カカシはようやくサクラの前に姿を見せる。
目が合ったとたん、サクラの顔がたちまちに綻んだ。
心からの、安堵の笑顔。
皆といるときの笑みと同じようで、少しだけ違う。
それらの表情の変化が、全て自分を想うがゆえににじみ出たものだと気付いたとき。
カカシははっきりと感じた。

サクラの中にはある。
自分の居場所が。
そして、初めて、サクラを手放したくない人だと思った。

 

カカシは遠くを眺めながら呟く。

「こうしてね、サクラが俺を待ってる姿を見ると、すごく安心するんだ」
サクラはまだ自分を必要としてくれるのだと、実感できる。
自分はこの場所にいてもいいのだと思える。
そして、切にカカシの到着を望むサクラは、彼にとって初めて目にしたとき同様、一番綺麗に映るのだ。

「・・・分からんな」
「いいんだよ。分からなくて」
当惑するアスマに、カカシは言下に決め付けた。

アスマにとってカカシの話は全く理解不能だった。
だが、カカシに気を許せる相手をができたというのは分かった。
要領よく立ち回っているようで、いつも所在なげに視線を動かしていたカカシが、ようやく探していた人を見つけたのかもしれない。
そのことを、アスマには単純に良かったと感じ、嬉しいとも思った。

 

「それにしても、これ以上雨に濡れると、本当に風邪をひくぞ」
もちろん、カカシではなく、サクラの方が。
「だなぁ」
カカシは頭をかきながら苦笑する。
「じゃあ、そろそろ帰ろうかな。サクラのところに」

その言葉に、アスマは訝しげにカカシを見た。
「帰る?迎えに行くじゃなくて」
「そうだよ」
カカシは満ち足りた笑顔で答える。

「サクラの傍が俺のいるところなの」

 

カカシと別れの言葉を交わすと、アスマは暫らく彼の後ろ姿を見送った。
スキップでもしそうな勢いの上忍に、苦笑いしながら。
「変な奴・・・」
だけれど、サクラを見詰めるカカシはアスマが今まで見た中で一番幸せそうな表情をしていた。

カカシが傘をさしていなかったのは、きっと雨が降る前に家を出たから。
だのに、待ち合わせの時間にわざと遅れて現れるカカシ。
この途方もなく我が侭と思える行為を許容できるのが、妙齢の女性ではなくあの少女というのだから、驚きだ。
変わった愛情表現だとは思うが、互いが幸せなら良いのかもしれない。

アスマは一人納得顔で雨脚の強まった道を歩み始めた。


あとがき??
タイトルはまたしても、
Bonnie Pink。(笑)『It's gonna rain!』と対だから。
どうしてこのタイトルなのかは・・・歌を聴けば分かるかな??

えーと、サクラ視点とカカシ視点を分けたのは『冷静と情熱のあいだ』の影響かもしれませんね。
前から書きたかった題材なんだけど。
それにしても、いのの出番がなくなってしまったーー!(不本意)
本当はちょっとアスいの入ってる話だったんですけどね。あら。


駄文に戻る