休日の使い方


「ね、行こう!!」
「嫌」

言下に吐き捨てられ、会話は終わる。
サクラは膨れ面でカカシを睨みつけた。

「どうしてよ。こうして本まで買って、綿密にスケジュール決めてきてあげたのに」
「そんなのはサクラの勝手だろ。こっちはこっちで都合があるの」
「都合って、先生、休みのたびに部屋でごろごろしてるだけじゃない!」

サクラは手にした雑誌でバシバシとカカシの背を叩く。
雑誌の表紙には“近場のテーマパーク特集”と書かれている。
外出を薦めるたびに、面倒くさい、面倒くさいと文句ばかりのカカシのために、彼女は時刻表で調べ何時に出発すればいいのか、どの入場口から入ると近いのか、どのアトラクションがすいているか等を細かく調べてきた。
これならカカシも納得するだろうと、早朝に彼を誘いに訪れたサクラは、またして頑なな拒絶にあってしまったのだ。

 

「休みは休むためにあるんだろ。そんな、わざわざ混雑するところに行って疲れたくないよ」
もっともらしいことを言って、カカシはリクライニングチェアの上に横になる。
サクラは傍らに立つと、半眼でカカシを見据えた。
「・・・先生、お年寄りみたい」
「そうだよー。俺は、もうじじいなんだ」
呟きながら、カカシはもう一眠りとばかりに目を瞑っている。
まるで自分の意見を聞こうとしないカカシに、サクラの堪忍袋の緒は早くも切れかかっていた。

「たまには素直に私の言う事聞いてくれても、いいじゃない!」
「・・・また今度ね」
そっけなく言葉を返される。
カカシはよく「今度」という言葉を口にするが、いつになるかは全く分からない。
ただでさえ、忍の仕事は休みが不定期なのだ。
以前二人で観に行くと約束を交わした映画も、次の休みの目途が立たないうちに、公開を終了してしまった。

サクラは何とかカカシの重い腰を上げようと、意地の悪い声を出す。
「・・・じゃあ、私、誰か他の人と行っちゃうわよ」
「それが良いよ!」
ようやくサクラの方に顔を向けたカカシは、今までで一番気のある返事を返してきた。
サクラの思惑に反し、嫌に弾んだ声音で。
「友達と行っておいで。俺はここで待ってるからさ」
カカシはにこにこと笑いながら楽しげに続けた。

大きく目と口を開けたあと、サクラは徐々に表情を険しくする。
手も微かに震え始めた。
「・・・サクラ?」
嫌な予感を覚えながらも、カカシは冷や汗混じりにサクラに呼びかける。
反応のないサクラに、カカシが椅子から半身を起こして触れようとすると、手をバシリとはたかれた。

「カカシ先生の馬鹿―――!!!いいわよ、私、男の子の友達と遊びに行くから!」

心底頭にきていたサクラはコミ箱や時計や雑誌類、手近にあるものをカカシに向かって投げつけた後、足を踏み鳴らして玄関から出て行った。
打ち付けるようにして閉じられた扉が大きな音をたてる。
嵐が去った後のような部屋で暫し呆然としていたカカシは、額に手を置き、ため息を一つもらした。

 

 

新しく出来たばかりのテーマパーク。
特集された雑誌を片手に、サクラは念願どおりその場所に足を踏み入れていた。
しかし、来ることをずっと心待ちにしていたというのに、サクラは全然楽しいと思えなかった。
気が付くと、一人家にいるであろうカカシのことばかり考えている。

「どうしたの?」
口数の少ないサクラに、傍らの少年は心配そうに訊く。
思いつめていたサクラは彼の存在を思い出し、慌てて首を振った。
「あ、ごめん。何でもないわよ」
無理に笑顔を作るサクラに、少年も安心して顔を綻ばせる。

「でも、君の方から誘ってくれるなんて嬉しかったよ」
「・・・・皆にも電話したんだけど、用事があるらしくて」
「そう」

言い訳がましく言うサクラに、少年は嫌な顔せずに答える。
事実、サクラはもっと沢山の友達に声をかけたのだが、当日の急な呼び出しということもあり、応じたのがたまたま彼だけだったのだ。
よって、少年の方は最初からサクラが彼だけを誘ったものと思っているのかもしれなかった。
友達の友達という浅い縁だけに、サクラはどうにも居心地の悪さがあることを否めない。
嘘から出た真とはいえ、本当に男の子と二人きりでこの場所に来ることになってしまったことにも、罪悪感がある。
だが、それほど親しくない間柄だけに、サクラの様子が大人しいことを少年は別段不信に思っていなかった。

 

「次、あれに行こうか」
サクラは少年の指さす場所に顔を向ける。
大きなイルカのイラストの看板。
遊園地と水族館が複合されたこのテーマパークの呼び物の一つである、イルカショーを知らせる看板だった。
まだ始まるまでは随分時間があるらしく、人の数はまばらだ。

「あそこで待ってよう」
「うん」

備え付けのベンチに向かって歩き出した少年に合わせ、サクラも歩みを進める。
高台にあるその椅子からは、イルカのいるプールが見渡せる。
イルカのいるプールは二つあり、大きめのプールでは調教師の女性と二匹のイルカが事前打ち合わせの練習らしきものをしていた。
そして、もう一つ。
いくぶん小さめのプールにいるイルカはあまり動きがなく、大人しい。
もしかして、病気でショーには出られないのだろうかとサクラは思った。

「あっちのイルカ、元気ないなぁ。どうしたんだろう」
少年も同じことを思ったらしく、小さな声で言った。
すると唐突に、背後から答えが返ってきた。

「奥さんが入院してるんですよ」

驚いた少年とサクラが同時に振り向くと、人の良さそうな笑顔の男性が、青いバケツを片手に立っていた。
くたびれた作業服を着ている彼は、どうやら水族館に勤めている飼育員らしい。
手にしているバケツにはエサである魚が入っていた形跡がある。
客がまだ少ないということもあり、彼はサクラ達に気さくに話し掛けてきたようだ。

「あれは夫婦イルカの旦那の方でね、奥さんが病気で入院していて元気がないって話です。奥さんがいなくなってからはエサもなかなか食べなくなってしまって、あいつも病気になるんじゃないかって係りの者が心配してました」
「・・・可哀相」
サクラは動かないイルカを見詰めて呟く。
少年も頷いて下方を見やった。

 

伴侶の帰りを待つイルカ。
寂しそうなイルカ。

 

その姿が、ごく身近な人物と重なってしまってサクラは胸が締め付けられるような気がした。
彼はそんな繊細な人間ではないし、のんきに昼寝を貪っている可能性の方が強いけれど。
気付くと、サクラはベンチから立ち上がっていた。

「私、帰る!」
「え!?」

突然のサクラの物言いに、少年も慌てて立ち上がる。
「ごめんなさい。急な用事、思い出しちゃって」
言いながら、サクラの足はすでに出口のある方に向かおうとしている。
「埋め合わせはあとで、必ずするから」
「待って!」
今にも走り出そうとするサクラの腕を、少年がからくも捕まえる。
驚くサクラに、少年は真剣な表情で言った。

「また二人で会ってくれる?」

サクラはじっと少年の目を見詰める。
その言葉の真意を読み取るように。
聡い彼女には、すぐに言われた意味と彼の気持ちを理解する。
サクラは淡く微笑むと、少年の手を自分の腕から解いた。

「今度は皆で会いましょ」

やんわりと返事をして、サクラは振り返ることなく走り去る。
サクラの声に拒絶のものがあったことは、彼には雰囲気で分かった。
少年は軽く唇を噛み締めてサクラのいなくなった方角に視線を向けた。

「ふられちゃいましたか」

場に残っていた飼育員が、後ろから少年の肩を軽く叩く。
慰めるように。
しかし、何故か含むものあるように思えるその声に振り返ると、飼育員はただ無表情に前方を見詰めていた。

 

 

全速力で駆けたサクラは、遠出したにもかかわらず、1時間もしないうちに元いたカカシの家までたどり着いた。
だが、あのような別れ方をしたために、なかなか入りにくい。
サクラは扉の前で暫らく躊躇する。
しかし、チャイムを鳴らすまでもなく、サクラの気持ちが分かったように扉は自然に開いた。
当然顔を出したカカシが、サクラに笑いかける。

「おかえり。早かったね」
「・・・ただいま」

ばつの悪い顔をしながらも、サクラは靴をぬいであがりこむ。
「夕飯できてるから、手洗ってきなね」
カカシは朝の出来事をまるで気にしていないようにサクラに指示を出した。
台所からはフライパンで何かを焼いた香りが漂ってくる。
言われるまま、洗面台に向かったサクラは、洗濯機の横に置かれたあるものに気付いた。

見覚えのある青いバケツ。
朝まではなかったはずのもの。

何となく答えを予測しつつも、サクラは廊下を通ったカカシに訊ねる。
「・・・カカシ先生。これって」
「ああ、それ。ちょっと借りるつもりが、間違えて持って帰ってきちゃった」

 

サクラが気配に全く気付けなかった飼育員。
不自然な登場場面が頭に浮かぶ。
今のカカシの返答で、その正体はバレバレだ。
照れくさいのか、カカシはサクラから視線をそらしながら告げる。

「無理言って、7班の次の休みを来週にしてもらった。その時に返しに行けばいいだろ」

サクラは満面の笑みで頷いたあと、カカシの首筋に飛びついた。


あとがき??
今回のカカシ先生は、近くにいる男の人がモデル。
私もどちらかというと、カカシ先生タイプなんですよねぇ。あら。
今、特に忙しいし。

カカシ先生、ストーカー疑惑です。サクラがよけいなこと言ったから、ちょっと心配になったみたい。
借り物のバケツをそのまま持ってきたのは、もちろんわざとですよ。
来週、テーマパークに行くための口実。最初に嫌だって言っちゃったから。(笑)

休日の家族サービスって、大変。
まぁ、愛する心で頑張ってもらいましょう。
夕飯とか作ってますが、別にこの二人は同棲してるわけじゃないですよ。(笑)


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