永いお別れ


「あなたが噂のサクラちゃんね!はじめまして、イズミお姉さんよー」

全く初対面である女性に、いやにハイテンションな声で話し掛けられたサクラは、目を丸くして大きく口を開けた。
アカデミーからの帰りや休日に、ひょんなことから顔見知りとなった忍者のお兄さんが、唐突に姿を現すのはいつものこと。
しかし、今回、サクラの前に現れたのはカカシ一人ではなかった。
最初に会ったときにカカシと一緒にいたクウヤという青年ともう一人、10代半ばと見られる少女を連れ立っている。

 

「へー、こういうのがカカシの好みなんだー。思ったよりずっと可愛いわー。このリボンがキュートよね」
イズミと名のった少女はぐるぐるとサクラの周囲を回ると、したり顔で頷く。
ぶしつけな視線に汗をかいたサクラは、前方のカカシを見上げて訊ねた。
「こ、このお姉さんも忍者なの?」
「あら、そうよ。見えないー?これでもちょっとは名の知れた「くのいち」なんだけど」
サクラの言葉に気を悪くした様子もなく、イズミは可笑しそうに答えた。

サクラの中で、長年思い描いていた「くのいち」像ががらがらと音をたてて崩れていく。
目の前にいる彼女は、どうみてもご近所の騒がしいお姉さんだ。
混乱し目を白黒とさせているサクラを、カカシは屈みこんで抱き寄せた。
「ほらー、サクラが怯えてるだろ。あっちに行け」
カカシは「しっ、しっ」とばかりに、手を振ってイズミを追い払う。

イズミは口を尖らせて反論した。
「ぶー、何よ。お姫様を守る皇子様のつもり?」
「お姫様?」
カカシはイズミを睨んでいた目を、サクラへと向ける。
彼女と目が合ったとたん、カカシは優しく微笑んだ。
「違うよ。これは俺の女」
言葉と同時に、カカシはサクラの額に軽く口づける。
サクラの顔は爆発寸前のように真っ赤になった。

 

平然と言ってのけるカカシに、クウヤは開いた口がふさがらない。
対して、イズミは面白そうに片眉をあげた。
「大丈夫だよ。まだプラトニックな関係だから」
カカシはにこにこと笑いながら告げる。
「いや、そうじゃなくて」
否定の言葉に、カカシはきょとんとした顔でクウヤを見やる。
「あれ、違った方が良かった?」
「怖い発言はやめろって!」
うそぶくカカシに、クウヤもすかさずつっこみを入れる。

イズミはにこやかに笑ってサクラの頭をなでた。
「そうよね。あと2、3年は待ってもらわないとねー。サクラちゃん」
「おい!!」
「え、そんなに待つの?」
慌てるクウヤと、不服そうな顔のカカシ。
サクラの年齢はどう見ても一桁である。

クウヤは半眼で二人をにらんだ。
「・・・お前ら、俺をからかって遊んでるだろ」
「分かった?」
からからと笑うイズミに、カカシがボソリと一言。

「何だ、冗談だったのか・・・・」

暫しの間、重苦しい沈黙が三人の間に続いた。

「ねぇ、何の話?」
一人会話についていけないサクラがカカシの腕の中で不満をもらす。
「・・・こんな大人になっちゃ駄目だよ、サクラちゃん」
クウヤはカカシを指さしてしみじみと言った。

 

 

「お仕事、頑張ってね」

ひとしきり騒いだ後、これから任務があるのだと告げた三人にサクラは笑顔で手を振る。
林を歩くサクラを人気のない場所まで連れ出したおかげで、目撃者はいない。
和やかな雰囲気はここまでだ。
サクラの姿が見えなくなると同時に、彼らは表情を一変させた。
カカシ以外の二人の顔には、いつの間にか暗部の証しである面が装備されている。

「あんたのメロメロぶりはよーく分かったわよ。クウヤから聞いたときはまさかと思ったけど」
「そんで密かに俺のあとつけてたわけ。人が悪いよね」
カカシとイズミの会話には殺気すら漂っている。
「落ち着けよ」
取り持つクウヤの声もやや緊張気味だ。

「規則を忘れたの!」
「サクラは何も知らないよ」
「でも規則は規則でしょ。火影様が決めたことなのよ。逆らえば追放じゃすまないかもしれないわ。同じ班だからって、連帯責任取らされたら目も当てられないわよ!!」
声を荒げるイズミに、カカシは無言になる。

 

発端は、カカシに口止めされていたにも関わらず、クウヤがサクラの存在をイズミにもらしてしまったことにある。
話を聞くなり、イズミは仰天した。
軽そうな外見や口調とは裏腹に、イズミは生真面目な性格だった。
特に、他の忍者と比べてもやや常軌を逸するほど、火影に傾倒している。
才能をかわれ、暗部に来たのも火影の命令があってのことだ。
そして、顔を見られたにもかかわらず記憶操作を全く施さないことは、イズミにとって重大な命令違反だった。

「明日にもあの子の記憶は消してちょうだいね」
「・・・」
カカシは答えようとしない。
頭に血を上らせたイズミはカカシに怒鳴りつける。
「あんたがやんないんだったら、私が・・・」
「イズミ」
彼女の言葉を遮り、カカシはようやく口を開いた。
穏やかで、静かな声音。
カカシはそのままイズミの腕を掴み、歩きながら会話を続けていた3人の足取りがピタリと止まる。
イズミは僅かに怯えたような顔をしたが、カカシは淡々と言葉を続けた。

 

「俺たちの仕事って、早く死ねって言われてるようなもんだよな」
脈略のないその言葉に、イズミとクウヤは困惑気味に顔を見合わせる。
だがカカシは構うことなく喋り続けた。
「なぁ」
確認するかのように、もう一度繰り返す。
カカシは今までにないくらい晴れやかな笑顔を二人に向けていた。
反して、口にする言葉の内容は、限りなく残酷だ。

「ろくな休暇もなしに任務漬けな毎日。前回の休みっていつだったよ。半年前だっけか。それなのに、給料だけは法外に多いの。笑っちゃうよな」
カカシは頬を緩ませて皮肉げに笑う。
「金があっても、いつ使えっていうんだよ」
イズミもクウヤも無言だった。

それらの金は、いわば保険金。
彼らの命の代償。
イズミから手を離すと、カカシは天を仰ぐような動作をする。
「まともな人間だったら、絶対来ないって。こんな部署」

暗部に所属する人間は、皆、すねに傷を持つ身だ。
出世の近道と勘違いしてやってくる者もたまにいるが、大半は命令で仕方なく、または人を殺すことに悦楽を感じる変態、そして、たちの悪い自殺願望者。
どちらにせよ、その身を心配する家族のあるものは、まず暗部には来ない。
この部署に来たら最後、ごく一部の人間を除き、精神を病んで死ぬか、敵にやられて死ぬかの二つに一つの道しかないからだ。
暗部に所属する人間の平均寿命が25だというのも、任務の厳しさを物語っている。

 

「俺さ、きっと安らぎが欲しかったんだと思う」

カカシは、どこか遠くを見詰めたまま言った。

血で血を洗う真っ赤な生い立ち。
惨めな生活に、潤いが欲しかった。
救いが欲しかった。
そしてカカシが今まで出会った中で、初めて安らげると思えた相手が、サクラだった。
言葉の裏を考えずにすむ、楽しい会話。
幼さゆえの、疑うことを全く知らないサクラの純真さ。

任務が万事上手くいったときより、里の長である火影に戦功を誉められたときより、サクラの笑顔を見ているときが一番嬉しかった。
この幸せが長くないことを、カカシは知っている。
近々大きな仕事が入ることになっており、カカシ達の班は里を離れる予定だ。
いつ帰ってこれるのか、はたまた二度と帰ってこれないのか、誰にも分からない。
子供の時分の記憶など、曖昧なものだ。
姿を見せなくなったカカシという忍者の存在を、サクラは成長するにつれすぐに忘れるだろう。
それでも、彼女の記憶の片隅にでも、自分の存在を残しておきたかった。

「それじゃ、駄目か。俺がサクラと会うのって、そんなに駄目なことか」

カカシはうめくように苦しげな声を出す。
切なる瞳で見詰められ、クウヤとイズミは身動きが取れなくなる。
スリーマンセルを組んで以来、カカシが初めて明かした、心からの言葉だった。

 

 

「めずらしく引き下がったなぁ」
「だってしょうがないじゃない。あんな顔されちゃ」

額に手を置いて苦悶の表情のイズミに、クウヤは苦笑した。
行き着けの飲み屋を訪れたクウヤとイズミは、すでに随分な量の酒を胃に流し込んでいた。
イズミが未成年だということは一目で分かるが、馴染みである店主は納得のことのようだ。
イズミはグラスを見詰めて、小さく呟く。

「あいつがあんな顔するなんて、知らなかったんだもの・・・」

今にも泣き出しそうな顔で懇願された。
それはこちらが酷く罪悪感に苛まれる、悲しげな表情だった。

暗部に所属しているとはいえ、イズミは任務を請けるたびに、陰鬱な気持ちになった。
毎日のように、胃の中のものを吐き出した。
それはクウヤにしても同じだった。
立て続けの任務に、二人がげっそりとした顔で集合場所に現れるのはいつものこと。
カカシ一人だけが、悪魔のようなポーカーフェイス。
何人の人間を殺しても平然としているカカシに、イズミはずっと、彼は感情のない人間なのだと思いこんでいた。
思考回路が普通の人間と違うのだと。

でも、違った。

彼も自分達と同じように、罪悪にもがき、苦しんでいるのだと知った。
ただ、感情の表し方を知らないだけで。
幼い少女に拠り所を求めるほどに、彼の精神は参っていた。
スリーマンセルの中で一番、危うい場所にいる人物は、カカシだったのかもしれない。

 

「なんかさ、良いわよね。あんな風に、心を全部預けられるような、守ってあげたいと思える存在がいるって」
イズミはテーブルに突っ伏すと、くぐもった声で言った。
その表情はクウヤから微妙に見えない。
「イズミちゃんにはいないの?」
「いーないわよ。両親はとうの昔に死んでるし、兄弟はいないし。恋人なんてつくる暇ないしねー」
イズミはそのままの状態でクウヤに顔を向け、ようやく本来の笑顔を見せる。
クウヤもつられるように笑った。
「じゃあ、俺はどう?」

イズミの笑いが、ぴたりと止まる。
クウヤを見ると、彼はテーブルに肘をつき、温かい笑みを浮かべている。
「・・・本気?」
身を乗り出し真顔になったイズミに、クウヤはたまらず吹き出した。
「冗談だよ」
とたん、イズミの顔が火のように赤くなる。
「馬鹿!!」

すっかり機嫌をそこねたイズミにこの後クウヤが手を焼いたのは言うまでもない。


あとがき??
オリジナル大爆発!!!!NARUTOじゃないにもほどがある!勘弁して!!
しかし、楽しかったです。(笑)
ギャグなんだか、シリアスなんだか、よく分からない話。
ただ単に、前回やれなかったカカシ先生の「俺の女」発言が書きたかったんです。
もちろん『魔狼王烈風伝(または風雲伝)』のとあるシーンのパクリ。(笑)

イズミちゃんが暗部に入ったのは、火影様が好きだったから。(ここらへんは、いろいろ事情がある)
クウヤさんが暗部に入ったのも、悲しい過去があってのこと。(けれど安っぽい)
しかし、それらを書いたら、ますますオリジナル。(笑)

タイトルが内容と関係ないのは、これの続きがある、はずだからです。
今のところ書く予定ないのですが。(考えてもいないですが(←!?))
気に入ったタイトルなんで、変えられなかった。
元は『GS美神』のサブタイトルの一つだったり。(←こっちは深い意味のあるタイトル)
「別れ」とあることから、不吉なタイトルだったりするのよね。
続きがあるとしたら、タイトルは『永いお別れ 2』。
カカシ先生の後半の台詞の数々等、今でしか書けないことなので、書いておいて良かったです。では。


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