彼女の恋人
台所からお味噌汁の匂い。
コトコトと何かの煮える鍋の音に、トントンと包丁でまな板を叩く音。
朝、どの家庭でもみられるであろう日常の風景。それでも、それはナルトにとって無縁のものだった。
「・・・どうなってるんだってばよ」
ナルトは目覚めてすぐいつもと違うことに気づいた。
誰かがいる。
その気配から自分に敵意がないことは分かるが、あまり気持ちのいいものではない。
パジャマ姿のままおそるおそる台所を覗いてみる。「あ、おはよー。勝手に使わせてもらってるから」
そこにいたのは、ナルトに憧れの人、サクラだった。
ナルトはまだ自分が寝ぼけているのかと思った。
彼女が朝からこんなところにいるはずがない。「ほら、ちゃんと顔洗って着替えてきなさいよ。それまでにできるから」
「・・・うん」
わけがわからないまま素直に頷いてナルトは台所をあとにする。
こういう夢ならいつまでも見ていたいという気持ちだった。
「何でサクラちゃんがここにいるの」
すっかり身支度を整えて朝食の並んだ席につき、まさしくこれが現実だと分かったナルトはさっそくサクラに訊ねる。
「あんた、昨日のこと覚えてないの?」
「え?」
ナルトの就寝時間は早い。
これといってすることもないし、一日にあったことを話す相手もいないからだ。
9時にはいつも布団に入っている。
昨夜は任務から帰ってきて印を結ぶ本を読んでいるうちに、知らずに寝てしまったはずだ。
起きた時、本が枕元に散らばっていた。
サクラがこの家に来た、という素晴らしい出来事をナルトが忘れるわけがない。「・・・ごめん。全然わからない」
ナルトがそう言うが早いかサクラは机に突っ伏して派手に泣き出した。
「ナルト、酷いわ。私をこの家に無理やり連れ込んだくせに」
「えええ!」
「私、何度も嫌だって言ったのに!」
つ、連れ込んだって、俺いったい何したんだってばよーー!
それにサクラちゃんが泣いている理由は一体・・・。動揺してオロオロしているナルトを見て満足したのか、サクラは暫くすると顔をあげた。
その顔は笑っている。
「嘘よ、嘘―。アハハハ」
爆笑するサクラと対照的に、ナルトはすっかり気落ちした表情だ。
理由は分からないけれど、何故かちょっと残念な気持ち。「それにしてもナルト、あんた無用心よ。鍵くらいかけなさいよ」
昨夜サクラがこの家についた時、どんなにチャイムを鳴らしてもナルトは出てこなかった。
役に立たないわねぇと思いつつも、試しにノブを回すと扉はあっさりと開いた。ナルトが家にいる時には玄関の鍵は大抵いつも開いている。
すすんで自分に近づいてくる人がいるはずもないから。
それでも、誰でもいいからかまって欲しい。
鍵が開いているのはナルトのそんな気持ちの現れだったのだが、サクラはそのような事情には全く気づかない。「じゃあ、サクラちゃんが来たの今朝じゃなくて、やっぱり夜だったの」
「そうよ」
「でもうち寝る場所一つしかないんだけど、どこで」
「だからあんたのベッド。隣に私がいたの気づかなかった?」
「あ、そうだったんだ」そういえば昨夜は布団が妙に暖かかったような気がしたけど、そういうことだったのか。
ナルトはなぁんだーと言って頭をかいたが、ようやく事態を飲み込みはじめる。
「あれ。い、一緒にって、ええええーーー!?」
そんなおいしい状況に気づかず、ぐーすか熟睡してしまったナルトはうわぁぁと頭を抱えた。
「そらならそうで、もっといろいろとー!」
「いろいろとなんなのよ」
サクラが間髪いれずナルトに蹴りを入れる。ピンポーーン
二人がそんな微笑ましいじゃれあいをしていると、ナルトの家のチャイムが鳴った。
サクラがその音に過敏に反応し体を震わせた。
急に表情を険しいものしてサクラはナルトに詰め寄る。
「ナルト、私はここにはいないわよ。誰が来ても絶対にいるって言っちゃ駄目だからね。絶対に絶対よ。分かった?」
語尾を強くするサクラの剣幕にのまれがながも、なんとかナルトは頷く。ピンポンピンポンピンポンピンポン
なかなか出てこない家の住人をせっつくように、チャイムが連打される。
「ハイハイ、今行くってばよ」
ナルトはサクラが奥の部屋に姿を消すのと見届けてから扉を開ける。そこにいたのはカカシだった。
「ナルト。ここにサクラいるよな」
ナルトの顔を見るなり、すでに断定的な言葉をいう。
「サクラちゃん。い、いないってばよ」
目を少し反らしながら、ナルトはそれでも精一杯の嘘をつく。「・・・お前、嘘下手だなぁ。それじゃ上忍には絶対なれないぞ」
「ええ、本当!?」
「やっぱりいるんだな。どけ」
ナルトはカカシに足をはらわれてあっさりと転倒する。
カカシはずかずかとナルトの家に進入して大声でサクラに呼びかける。「サクラ、いるのは分かってるぞ。早く出て来い」
だが、部屋から返事はない。
「おまえねぇ、下忍が上忍から逃げようったって無理なんだよ。ほら」
カカシが奥にある部屋の押入れのふすまを開けると、中から転がるようにしてサクラが出てきた。
物が詰まった押入れに無理に体を入れていたせいで、勢いよくカカシの腕に飛び込んだ形だ。
「捕まえた」
カカシは嬉しそうに腕の中のサクラを抱きしめる。
不機嫌を露わにした表情のサクラは何とかカカシの手から逃れると、そのままカカシに不満をぶつける。「なによ、カカシ先生はあの女の人と仲良くしてればいいでしょ」
「だからそれは誤解だって」
「嘘よ」
「そうだそうだ」
「彼女はただの同僚なんだよ」
「なら何であんなに楽しそうに話してたのよ」
「そうだそうだ」カカシとサクラの口論に、ナルトも意味がわからないなりにちゃちゃを入れる。
このままでは埒があかないと思ったカカシはとにかく場所を移動しようと考えた。
「うちに帰るぞ」
無理にサクラの手を引っ張る。
「いや!私帰らないからね。ナルトだって私がいてもいいって言ってたもの」
ナルトとそんな会話はしていなかったが、ナルトは同意の返事をする。
「そうそう、今夜も一緒に寝るってばよ」
ナルトの言葉に反応したカカシは表情を凍りつかせる。
「・・・今夜も一緒に、寝る?」
カカシは顔をナルトの方に向けるとそのまま反芻する。「お前、サクラと寝たのか」
「うん」
はっきり言ってカカシとナルトでは寝るという意味合いが全く違ったのだが、一緒に寝たことは事実だったので、ナルトの答えに全く淀みはなかった。
ナルトが嘘をつけないことは分かっている。
ということは。「キャアアー!!ちょっと先生、突然なにしようってのよ」
カカシはサクラの声で我に返る。
見ると手にはクナイが握られていた。
それがナルトに向けられる前に、サクラが叫び声をあげたのだ。
「ああ、スマン。つい」
ナルトはというと、カカシに殺気のこもった目で睨まれて、すっかり硬直して動けないでいた。「ナルト、お前を殺すわけにはいかないからな。昨夜のことは忘れろ。いいな」
ナルトはまだ声が出ず、カカシに対してただこくこくと頷く。
「今度やったら絶対殺すぞ・・・」
物騒な言葉を残し、不機嫌そうなカカシはサクラの手をひいて歩き出す。
これ以上この場にいてはナルトに迷惑がかかると分かったサクラはもう抵抗する様子はない。
「ナルト、ごめんね。作っておいた朝食ちゃんと食べなさいよ」そして、二人はいなくなった。
「い、一体、何だったんだってばよ」
とことん鈍いナルトはカカシとサクラの関係に気づいた様子はない。
ただ、うちに帰るって言っていたけど、どうしてサクラちゃんがカカシ先生の家に帰るんだろう、と不思議に思った。
あとがき??
・・・あれ、ナルサク書くぞーと思って書き始めたのに、何故かカカサクに。おかしいなぁ。
ところで、カカシ先生とサクラちゃん一緒に暮らしてるのかー。うーん。
カカシ先生、一晩中サクラちゃん捜していたんですかね。(涙)
「子供ほしいね」とまったく並行して書いてたんだけど、どっちもカカシ先生が暴走してますわ。
しかも被害者はナルト。
サスケくんと比べると、やっぱり素直で書きやすいのかね。