鮮度ギフト


「おお、カカシじゃないか」

笑顔で手を振る男に、カカシは怪訝な顔で応える。

久しぶりだと声を掛けてきた元同僚を、カカシはすぐにはそれと気づけなかった。
それは、彼があまりにも豹変していたからだ。
外見的にも、内面的にも。
いい意味で変わっていたから文句はないのだが、それにしてもさわやかな笑顔を見せる彼に、カカシは寒々しいものを感じた。
そして、立ち話も何だからと立ち寄った飲食店でカカシの混乱は最高潮になる。

「これが去年生まれた俺の娘。可愛いだろー」
カウンター席につくなり、パスケースから取り出した写真を自慢しいに見せつけられる。
「・・・そうですね」
愛想笑いと共につぶやかれたカカシの声に、彼はそれでも満足そうに頷いた。
写真を片手に笑う彼は、親馬鹿という言葉がまさに当てはまる、マイホームパパそのものだ。
彼はその後も、延々と家族にまつわるエピソードを喋り続けた。

 

昔は、常にシニカルな笑いを浮かべ、どこか人を寄せ付けない雰囲気をまとっていた彼。
長身でいかつい体格の彼には、カカシにしても、何故か敬語を使わせてしまうほどの風格がにじみ出ていた。
その、暗部で一番血を好むと言われていた“血頭(ちがしら)のトクジ”の面影は、今では見る影もない。

誰なんだ、これは。
柔和な面差しの彼を前に、カカシの正直とまどいを隠せなかった。

トクジは確か、任務の最中に重傷を負い、戦線離脱をしたのだ。
風の噂で、アカデミーの講師として招かれたということを聞いた。
後遺症の残る怪我を抱える忍者など、暗部では使い物にならない。
職の空きがあっただけ、トクジは運が良かったといえる。

 

「聞いたぞー。お前も教師になったんだってな」
「はぁ、まぁ」
「で、もう決めたのか」
「・・・・何をですか」
「とぼけやがって!」
トクジが乱暴にカカシの背を叩いた。

悪意はなかろうが、いささか勢いが良すぎるその力にカカシは咳き込む。
「おお、大丈夫か」
トクジはすぐさまカカシの顔をのぞき込み心配そうに問い掛けた。
今の彼を見て、元暗部だと何人の人間が察することが出来るのか。

「へ、平気ですよ。それより何ですか、決めるって・・・」
「嫁さん」
けろりとした顔で言うトクジと、硬直したカカシ。
カカシの手から落ちたグラスを、トクジが床に着く前に掴まえたのは、さすが元暗部といったところか。
「おい、危ないぞ」
「何の話ですか」
カカシはトクジの注意を無視して言った。

「あれ、お前違うのか。俺は思ったぞ。教壇に立って初めて生徒を見たとき、「さぁ、どの子を嫁さんにしようか」って」
「・・・・」
「で、受け持った生徒の中で一番の器量良しがこれ」
トクジはケースから出した二枚目の写真をカカシに見せた。
トクジとその妻と娘の三人がカメラに向かって微笑んでいる。
娘を腕に抱いて微笑む女性は、確かに女優並みの美女だ。

「アカデミーの教師で生徒と結婚した奴って結構いるんだぞー。目ぼしい子はすぐに他の男に取られちまうからな。早めに目をつけておくにこしたことはない」
「・・・はぁ」
「暗部を辞めたときに、俺は思ったんだ。第二の人生、明るく前向きに、まっとうな人生を歩んでいこうと。おかげで今、俺は計画通りに順風満帆な満ち足りた人生を送っている」
力説するトクジに、生徒をチョイスすることがまっとうな人生と言えるのか、という最もなつっこみを、カカシは何とかこらえた。
過程はどうあれ、彼も、写真の妻も幸せそうだ。
あとはカカシが口をはさむことではない。

 

「でも俺の生徒、女の子は一人だけですから」
アカデミーの教師と、下忍担当の教師では話が違う。
カカシは何とか話をそらそうと頭をかきながら言った。
「なんだ、そうか。で?」
「は?」
「その一人って、どうなんだ。及第点いってるのか」
やけに絡んでくるトクジに、カカシは困惑しながら返す。
「あの、俺、生徒のことそんな風に見たことないんですけど・・・」
「なら、考えてみろ」

トクジはカカシを横目ににべもなく言い放つ。
再び馬鹿力で叩かれることを恐れ、カカシはしかたなくトクジの意見に従うことにした。
考えるだけなら易いことだ。
唯一の女子生徒、サクラの姿を頭の中で思い出す。

 

顔。

悪くは、無い。
とびきりの美少女というわけでもないが、彼女を見て好印象を抱かない人間は滅多にいないだろう。
つり目気味の猫目と、通った鼻筋。
体型はやや痩せすぎのような気がするが、まだ成長過程だ。
今後いくらでも変わっていく。
頭の良さは周囲の誰もが認めている点だ。
桜色の髪は、その名にぴったりと合い、彼女の持つ明るさを反映している。

そう考えていくと、悪い条件ではないように思える。

「俺が40になっても、かみさんはまだ20代だ。やっぱり女房は若い方がいいぞ、若い方が。肌もはりがあって、ぴちぴちしてるからな」
カカシの目を見ながら、トクジは念を押すように言った。

「ぴちぴちだぞ」

 

 

「サクラ、俺と結婚する気、ある?」
「・・・・」

サクラはカカシを冷ややかな瞳で見据えた。
一呼吸置いたあと、
「ばっかじゃないの!」
刺のある声で、吐き捨てるように言う。
「・・・ハハ。そうだよな」

トクジとの会合の翌朝、サクラの顔を見るなり脈略のない問い掛けをしたカカシに、サクラのみならず、サスケとナルトも刺すような視線を向けている。
2時間集合時間に遅刻したうえに、第一声がこれでは、下忍達が怒るのも無理はない。
彼らの厳しい態度に、カカシはうなだれて目線を下げる。

だからといって、遅刻を反省していたわけではない。
カカシが肩を落とした理由は、及第点はともかく、サクラの性格を失念していたことを悔やんでのこと。
先は長い。
もっとじっくり腰を据えて計画を練らないと駄目だな。
カカシは腕組みをしながら考え込む。

カカシによって『めざせ光源氏計画』と銘打たれた計画が実を結ぶのは、ずっと後のこと。
トクジの言葉に十分感化されていることに、カカシはまだ気付いていなかった。


あとがき??
トクジって、高校の先生の名前だよ。(笑)双子なの。
姉の担任だったこの人が、私の高校に赴任してきた時は驚いたよ。(姉と私は別の高校)
本当は血頭ときたら丹兵衛なんですが(『鬼平犯科帳』参照)ごつい名前なのでやめた。
タイトルは、電車の中吊り広告から。ビールの。(^▽^;)
個性的な顔の先生が、結構美少女な元生徒と結婚して驚いたことがある。
まぁ、そんな感じの話。

トクジさんはそのまんま、数年後のカカシ先生。
うちのカカシ先生は、ああいう普通の父ちゃんになる予定。
カカシ先生とサクラがくっついたら、トクジさんがキューピッドですね。(似合わない(笑))
若いのもいいですが、私はあねさん女房も好きです。(何のことだか)
サクラの一言が書きたくて出来た話なんです。仲の悪い二人が書きたい・・・。(でもカカサク)


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