やさしいてのひら


「ひゃああぁーーー」

サクラの甲高い悲鳴に、カカシは僅かに口の端を緩める。
「ななな、何するのよ!!」
サクラが腕を振り払う前にカカシはその場から飛び退いた。
「・・・いや、何だか目の前にあったから」
「そういうのを、セクハラって言うのよ!!!」

サクラは顔を赤くしてカカシを怒鳴りつける。
彼女の首元には、いまだひんやりとした手の感覚が残っている。
「いきなり後ろから首捕まれたら、誰だって驚くでしょ!!」
首を手でガードしながら、サクラは頬を膨らませてカカシを睨みつけた。

 

細っこい首筋。

ちょっと力を加えれば、すぐに息の根を止めることができる。
どれぐらいの力と時間で、死に至るだろうか。
骨の折れる感覚は、大人のものと、どう違うのか。

何となく試してみたくなって。
その首に手をかけてみた。

 

温かな感触。
血の通ったサクラの首。
彼女の命の証。

触れたとたんあがった悲鳴に、手の力が鈍る。

あやうく彼女が自分の生徒だったことを思い出して。
すぐに手を離した。

 

「サクラ、これあげる」
カカシはその日首に巻いていたマフラーをサクラに差し出した。
サクラは怪訝な表情でカカシを見上げる。
「・・・何で?」

 

無防備にさらされたサクラの白い首を見ていると。
また、同じ行為を繰り返してしまいそうだから。

 

「寒そうだから」

やわらかく微笑むカカシに、サクラは素直に手を出す。
そして、サクラがマフラーを手にする前に、カカシは伸ばされたサクラの手を握った。
「サクラの手って、柔らかいねぇ」

突然のことに、サクラは声も出ない。
にこにこと笑うカカシを前に、サクラは何故か不安そうな顔をした。

「・・・カカシ先生」
先ほどと違い、サクラはカカシの手を振り払おうとはしない。
逆に、強く握り返す。
「何かあったの?」

 

心配げに自分を見詰めてくるサクラに、舌打ちしたい気持ちになる。

だから女は嫌だ。
妙なところで、勘が鋭い。
どんなに傍にいても、ナルトとサスケは全く気付かなかったというのに。

 

カカシがサクラの手を離そうとしても、サクラは離す気配がない。
じっと、カカシの答えを待っている。
「・・・疲れてるんだ」
観念した様子のカカシは、マフラーを持つ手を腰に当てて言った。
「昨日、7班の仕事が終わったあとに、昔の同僚に頼まれて、彼の任務の手伝いをしたから」

 

久しぶりに血を見た。

おかげで自制がきかない。

表面上は平静を装っていても、心の中は大きなわだかまりが出来ている。
何にでも当り散らしたい気持ちだ。

暗部にいた頃を思い出す。
あのときは、毎日がこんな感じだった。

 

カカシは、ふいに視線をそらす。
「身体は疲れてるのに、頭がさえて眠れないんだ。それで、よけいに疲れる・・・」
そして、本当にまいっているようにうなだれた。
呼応するかのように、サクラの表情も沈み込む。
「私に、何か出来ない?」
サクラはカカシの手を引いて、力強く言った。

 

昔なら、そのようなことを言われればすぐに身構えていただろう。
裏があっての、労わりの言葉なのだと。
そして、それは当たっているときが多かった。

だけれど、今、目の前にいるのは、ただの子供だ。
自分を害することなど、微塵も考えていない。
首に触れたことを怒ったけれど、自分が彼女に殺意を抱いていたなどと、疑いもしない。

何だか、当然と思えるそれだけのことが、とても新鮮だった。

 

「有り難いけどね」
カカシは寂しげに笑う。
サクラも気落ちした表情で肩を落とした。

そのまま暫らく黙り込んだことで、なんとなしに重い空気が流れた。
すぐ間近にいるというのに、二人の頭の中では、それぞれの違った思惑が交錯している。
繋がれたままの手を、サクラはまだ離さない。

 

「ホットミルクを飲んだらどうかな」

突然の提案に、カカシは意表をつかれた、という顔をする。
「え?」
「あとね、靴下を二枚はくとか。腹巻もいいかもしれない」
「な、何の話?」
口をはさむカカシに、サクラはきょとんとした顔で言った。
「冷え性」
「は?」
とぼけた声を出すカカシに、サクラはなおも言い募る。
「カカシ先生の手、凄く冷たいもの。先生、きっと冷え性なのよ。だから眠れないの。私、いろいろ改善策調べてくるから、ちょっと待っててよ。明日になったら、もっと何か分かると思うから」
「はぁ・・・」
すでにカカシが否定の言葉を言ったとしても聞く耳を持たないほどサクラは話を進めている。
あれこれと指示を出すサクラに、カカシがどうしたものかと考えていると、彼女はぽつりと付け加えた。

 

「でもね、私カカシ先生の冷たい手、嫌いじゃないよ」
カカシは首を傾ける。
「何で?」
サクラはカカシの手を、両手で包むようにして握った。

「手が冷たい人は、その分心が温かいんだって。だからこれはカカシ先生が優しい人だっていう証明なのよ」
カカシを見上げて微笑むサクラに、彼は破顔した。
何の根拠もない話。
サクラは本当にそれを信じているのか。
それとも、カカシを励まそうとしているのか。

何となく、カカシはサクラの肩に手を置いて、彼女を引き寄せた。

「何?どうかした?」
「うん」
声の振動が伝わってくる。
子供体温の、サクラの温かい身体。
小さい身体は熱の塊のようだ。
カカシの凍てついた心をも溶かすような、サクラの温もり。

「サクラが小さくて良かったなぁって思って」
「・・・馬鹿にしてるの」
「違うよ」
カカシはにっこりと笑って答えた。

 

サクラがまだ小さいから、何の疑念も持たずに話すことができる。
本音をさらけ出すことができる。
同じサクラでも、数年後だったら、ここまですんなりと彼女の優しい気持ちを受け入れることなど、できなかった。

サクラとの会話で、不思議なことに、荒れた心はいつの間にか静まっている。
限りなく穏やかな心持ち。

今日はゆっくりと眠ることができそうな気がする。

 

 

「サクラが隣りに寝てくれたら、先生毎日熟睡できそうなんだけどなぁ」
「・・・・調子にのらないでよ」
サクラはつんと口を尖らせる。
その顔を見て、カカシは吹き出すようにして笑った。
「やっぱ駄目?」
サクラの顔を覗き込むカカシの顔は、久しぶりの、心の底からの笑顔だった。

 

繋がれた手は、サクラの家の前に来るまで離れることはなく。
また、その頃には、冷え冷えとしていたカカシの手は、サクラの手と触れ合ったことで、大分に本来の温もりを保つことができるようになっていた。


あとがき??
すみません。読みにくくて。(汗)
一応、右はカカシ先生の心情。面倒くさかったら、読み飛ばして結構です。
最初は全然違う話だったのですが、いつのまにか。はて??
「暗い部屋」行きかと思ったのですが、たいして暗くないかと、思いとどまる。どうかな。

人を殺した後で、ナーバスなカカシ先生の話。
本当に優しいのは、サクラちゃんの方だったのかな?

手=心、ということで。


駄文に戻る