たなそこの玉


『春野サクラ』
学力優秀
教師間の評判も上々
体力面にやや難有り

彼女の顔写真の横に書かれた情報はそれだけ。

 

「これだけじゃあ、判断できないですねぇ」

彼は一枚の写真から目を離し、何人かのくの一が写っている写真を、机に横一列に並べて言った。
「じゃが、大っぴらな接触は厳禁だぞ」
「分かってますよ」
厳しい忠告の声に、彼は緊張感なく、笑いながら答えた。

 

 

 

「サクラ、本当に学院の方には進まないのか」
「ええ。お気持ちは嬉しいですけど、私の夢は子供のときから、立派なくの一になることですから」
「それでもなぁ」
進路指導の教師は、なおもサクラに言い募る。
「これだけの成績なら、忍の道以外にも、エリートコースに行けるんだぞ」
しつこい教師に、心の中でパンチを入れながら、サクラは表面上にっこりと笑顔を作る。
「私の気持ちは変わらないです」

暫し彼の説得に耳を傾けた後、サクラは
「失礼しました」
と、一礼して職員室をあとにする。

職員室に入る前は、まだ日は高い場所にあった。
だがサクラが見回すと、すでに他の生徒達は下校し、西日が窓から差し込んでいる。
廊下を歩く彼女の表情は、先ほど教師の前にいたときとは、別人のように豹変していた。
「全く、信じられないわ、こんなに長い時間拘束されて!毎日毎日。自分の受け持ちの生徒から院生を出したいのは分かるけど」
不機嫌そうに言い放つ。

 

アカデミーに来たからといって、生徒の全員が全員、忍者になるというわけではない。
自らの家業を継ぐものもいるし、学業の延長の研究をするものもいる。
院に行き学業を続けるという栄誉は、アカデミーの優秀な生徒の中でも、ごく限られたものに選択できる道。
末は博士か大臣か。
これも一つのエリートコース。
忍としての才能よりも、頭脳面で抜きん出た存在だったサクラは、教師の間で当然のように院に進むと思われていた。

そのサクラが、卒業後の進路希望調査票に「くの一」と記入したことに、職員室内は騒然となった。

わざわざ命の危険をはらむ厳しい道を選んだサクラに、進路指導の教師は毎日のように説得を続けている。
それでも、サクラの意志は固かった。
しかし、サクラがそこまで頑なな理由は単純なもの。

「冗談じゃないわよ。院になんて行ったら、サスケくんに会えないじゃない!」

サクラはぶつぶつと独り言を続ける。
教師の前では絶対に言えない理由。
だが、恋する乙女はいつだって真剣なのだ。
親を何とか説き伏せた今、残る障害は自分に親身になっているつもりの教師達。

 

「あーあ。あのハゲチャビンが、もー少し融通がきいたらなぁ」

頭の後ろで手を組んで、ため息混じりに呟く。
その瞬間、耳に届いたくすくす笑い。
サクラはハッとして振り返った。

「誰!?」
「はーい」
すんなりと返事を返したのは、見慣れない一人の男。
サクラは全く気付かないで通り過ぎたのだが、廊下に並ぶロッカーの陰にいたらしい。
壁に背をつけてサクラに片手を振って合図している。

「こんにちは。春野さん」
「・・・あんた、誰よ」
サクラは怪訝な顔で返す。
「んー、ここの教師、かな」
「あんたなんて、見たことないわよ」
「だって、今日、初めてここに来たんだもん。これから、よろしくね」

彼はてくてくとサクラのもとまで歩いてくると、片手を差し出してきた。
サクラに握手を求める動作。
サクラは彼の手と顔を交互に見比べる。
口元に怪しい覆面。
片目を額当てで隠している。
それに顔は笑顔だが、どうにも、値踏みするような視線だ。

 

サクラはそのまま彼の手を強くはたいた。
人気のない廊下に音が大きく響き、彼は驚いて目を丸くしている。

今まで教師に対して反発したことのないサクラだが、彼は何だか気に食わなかった。
理由はよく分からない。
彼が本当に教師なのかも分からないし、どうせ自分はもうすぐアカデミーを卒業する身だ。
彼と仲良くする必要はない。

反抗的な目で自分を見据えるサクラに、彼は苦笑した。
「あれ、おかしいな。春野さんはきわめて大人しい生徒だって聞いてたのに」
「お生憎さまね」
サクラはそっけなく答える。
だが、彼は面白そうに含み笑いをしただけだ。

「いいの?教師の前ではいい子でいるんじゃないの」
「だって、あなたもう聞いちゃったでしょ」
サクラが、進路指導の教師の悪口を言っているのを。
彼の笑いは、サクラの呟きが聞こえてのことだと、サクラも気付いている。

「でも、告げ口したって、誰も信じないわよ。今まで、散々ごますってきたから」
「みたいだねぇ。君のこと悪く言う先生は誰もいなかったよ。そんな完璧な人間がいるなんて、信じられないと思ったけど」
サクラにちらりと視線を向けると、彼はにんまりと笑う。
「やっぱり裏があった」

 

不快げに眉を寄せると、サクラはそのまま彼を無視して歩き出す。
彼も静かにサクラの行動を見守った。
ただ、最後に一言、サクラの背に向かって投げられた言葉。

「またね、サクラ」

馴れ馴れしい口調に、サクラが罵声を浴びせようと振り向くと、彼の姿は消えていた。
跡形もなく。
一瞬、不審な顔をしたが、サクラは何事もなかったように踵を返して歩き始める。
教師というからには、それくらいできて当然だ。

サクラはこのときのことを、あまり気にとめなかった。
どうせ、もう会うかどうか分からない教師だ。
だが、サクラのそうした思惑は見事に外れることになる。

 

 

 

「今日はさぼり?」

サクラは口に含んだジュースをこぼしそうになる。
そういったタイミングで話し掛けられたのだ。
すぐ、耳元で。

思わず咳き込んだサクラの背を、彼はなでさする。
「あらら、大丈夫?」
「ッ!!!」
いまだむせ込みながらも、サクラはその手を乱暴に振り払う。
サクラの眼前にいるのは、先日廊下で会った、怪しげな教師。
荒い呼吸ながらも、サクラは彼を睨みつけた。

「き、気安く触らないでよ!」
「ごめん、ごめん。苦しそうだったから」
「あんたが突然現れるからでしょ!!」

場所は、アカデミーを遠くに望む、裏山の木の上。
授業開始の鐘が高々と鳴り響いている。
本来なら、サクラは教室にいるべき時間。

 

「で、何で授業さぼってるの?」
サクラの隣りの木の枝に腰掛けながら、彼はあっさりと訊いてきた。
教師だというわりに、授業をさぼったことを怒っているような口調ではない。
どうも風変わりな教師だと思いながら、サクラは返事を返す。

「だって、どうせ卒業試験も終わって、単位のつじつま合わせの授業しか残ってないし、それに・・・」
ふいに視線を下げ、サクラはぼそりと呟いた。
「私、勉強嫌いなんだもの」

意外な言葉。

「でも、君、成績優秀なんでしょ」
彼は不思議そうに訊ねる。
「まぁね。でも、自慢じゃないけど家で勉強なんてしたことないわ。それでもテストではいつも満点だし」
サクラはつまらなそうな表情を浮かべている。
「先生達は勝手に私を贔屓して、そのたびに、クラスメートに生意気だって白い目で見られたわ。わざと問題間違えてみたこともあったけど、馬鹿馬鹿しくなってやめちゃった・・・」

サクラは自分の身体を掻き抱くようにして、腕を交差させる。
嫌な思い出が頭を掠めた。
昔、自分のいないときに、親友達が陰口を言っているのを、偶然耳にした記憶。

教師達に評判の良い優等生と友達なら、内申書に良く書かれるかもしれないから。
宿題が分からないとき等に役に立つから、自分と友達でいるのだと豪語していた彼女達。
今思い出しても、吐き気がする。

優等生ゆえの疎外感。
そのような友達なら、いない方がマシというものだ。
進学を希望しない一番の理由は、同じような思いをしたくないから。

「・・・私、ナルトみたいに、馬鹿になりたかったなぁ」

ナルトを下に見た言葉ではなく、羨望の意味のこもった言葉。
しみじみと呟かれたそれは、サクラの心からの本音。

 

そこまで話して、サクラは隣りにいるのが、全く自分と関わりのない教師だったことに気付いた。
ナルトの名前を出したところで、分かるはずがない。
あんまり自然に話を聞いてくれるから、忘れていた。
担任のイルカにすら話したことのないことだ。
サクラは心配げに彼の顔をのぞきこんだが、彼の表情に特に不快は色は見えなかった。

「・・・変なの。何も知らない人に、こんなに喋っちゃうなんて」
サクラはホッとした気持ちで言う。
でも、何も知らない他人にだからこそ、喋れることもある。
サクラが口をつぐむと同時に、彼はゆっくりと声を出した。

 

「詳しい事情は分からないけど、俺はサクラの賢さは自慢していいことだと思うよ。誰にも真似できないことだ。わざと無理して隠すことない」
サクラの頭に手を置きながら、彼は言葉を続ける。
「それに、サクラが勉強ができるからって、敬遠するような奴とは付き合わなきゃいいじゃん。サクラのいいところを分かってくれる友達とだけ仲良くすれば」
サクラと目が合うと、彼は彼女の頭をなでながら優しく笑った。
「な」
確認するように、言われる。

不思議と、彼の言葉がサクラの心に浸透していく。
思わず涙が出そうになって。
サクラは、無理やりに微笑んだ。

「そうね。本当に・・・」
「うん」

 

次の授業に間に合うようにと、サクラ達は木から下りる。
「またね、サクラ」
この前と同じ言葉を残して、彼は姿を消した。
忍らしく、煙のように。
そして、彼の姿が見えなくなって、サクラは初めて思い至る。

「・・・そういえば、名前聞いてなかった」

その後、サクラは新任の教師のことを調べたが、該当する人物はアカデミーにいなかった。

 

 

 

「俺、この子が良いです」

カカシは一人のくの一の顔写真を火影に示す。
火影はさも意外だという顔でカカシを見た。

「春野サクラ?」

火影の隣りにいる、彼の付人の上忍も口を挟む。
「例の二人のうち、どちらかじゃなくて?」
「サクラは、面白いですよ。磨けば光る玉だと思います。それに」
カカシは意味ありげに含み笑いをして彼らを見た。
「俺が、彼女を磨いてみたいなぁと思って」

 

カカシはうずまきナルトとうちはサスケという問題児の監視のために、わざわざ暗部から引き抜かれた逸材。
問題は、スリーマンセルとなるべく、残る一人の選別。
まれに例外はあるが、男子二人に、くの一が入ることが定石。
そして、今年試験に合格したくの一のなかで、有力候補は、二人。

日向一族のヒナタ。
実力的には平均的だが、その一族の持つ特殊能力ゆえに、常に狙われる身。
ナルト達とは違った意味で監視が必要だ。
もう一人は、山中いの。
くの一クラスでトップの能力を持つ彼女なら、優秀な教師がつけばさらに力をつけることができる。
しかし、カカシが指名したのは、全く選外だった春野サクラ。

 

付人は目を細めながらカカシに問い掛けた。
「お前、最初から春野サクラに目をつけてなかったか?」
「ああ、だって・・・」
カカシはリストアップした、サクラの写真を指し示す。
緊張した面持ちで写っている、証明写真。

「彼女、笑ったらもっと可愛いと思ったから。そしたら、本当に可愛かったし」
明るく微笑むカカシを、付人は呆れ返った目で見る。
「・・・お前のお見合い写真じゃないんだぞ」
「分かってますよー」
苦笑気味のカカシを、付人は全く信用していないように半眼で見詰めた。
「どうだか」

 

後に再開した二人が、私生活で親しくお付き合いを始めることになるのは、また別の話。


あとがき??
アカデミー時代の、いい子ちゃんなサクラが書きたかっただけ。
あと、カカシ先生の意味ありげな言葉。珠玉のサクラちゃん、カカシ先生に磨かれるらしいです。
方法は秘密っす。(笑)
こんなことがあったら嫌だなぁ(あるわけない)話。

ラストは、ちょっと『王様のレストラン』風に。
ああ、何だか、これ続き書きたいかも。仲の悪いカカサクで。
皆の前(とくにサスケの前)で猫かぶってるサクラちゃんも、カカシ先生には本音トークなの。いいなぁ。

たなそこの玉=たなごころの玉、です。手の中の珠玉。大切なもの、また愛する子や妻にたとえていう語。
珠玉というのは、美しいもの、すぐれたもの、尊いもののたとえ。
以上、いらぬ薀蓄でした。


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