ONE
「これ、誰?」
週末に家にやってきたサクラが、目ざとくもその写真を見つけ出した。
写真の隅に記されている日付は、2年前のもの。
そこに写っているのは、自分と、その頃付き合っていた女性。
彼女と別れたときに全部処分したと思っていたのが、どこからか出てきたらしい写真の中の自分は、何が楽しいのか、明るい笑顔をレンズに向けている。
奇妙な感覚だった。
自分はこのときのことを何一つ覚えていないのに、写真の自分は本当に幸せそうに笑っているのだ。
そこにいるのは確かに自分自身。
でも、そっくりな他人を見ているような、不思議な感じ。
「知らない人だよ」
サクラの、知らない人。
そして、自分にとっても、もう何をしているのか消息不明の人。
彼女が自分の人生に再び関わってくることは、万に一つない。
そう、言い切ることができるほどに。
遠い過去の人間になってしまった女性だ。俺はサクラの手からその写真をすいっと取ると、そのまま彼女の目の前で二つに破った。
バラバラになった写真はゴミ箱の中へ。
自分にはもう、必要のないものだから。
でも、どうしてか、サクラは表情を曇らせて俯いた。
「・・・別に、そんことしなくてもいいのに」
サクラに気を使っての行為だと思ったのか。
彼女は黙ってうなだれている。「いらないから、いいんだよ」
サクラの頭を撫でて優しく言うと、彼女は自分に身を寄せてきた。
顔を押し付けるようにして、強く抱きしめてくる。
そして俺の腕の中で、サクラは小さく呟いた。
「・・・先生の彼女でしょ」「彼女だった人だよ」
俺は過去形を強調して訂正する。
今現在、自分と交際している女性はサクラ一人だ。
サクラの言葉は、正しくない。
「どうして別れちゃったの?」
普通ならば訊き難いと思われることを、サクラは口にする。
見ると、サクラは真剣な顔つきで自分を凝視していた。
どこか思いつめたようなその表情が、サクラの想いの強さを表しているようで。
不謹慎にも、少しだけ嬉しい気持ちになる。
でも、その答えはとても単純なものだ。「サクラじゃなかったから」
サクラじゃなかったから。
どの女性とも、長い付き合いをしなかった。
サクラを想うのと同じくらい愛せていたら、別れることはなかった。
絶対に失いたくないと思えるものを、今まで自分は持ったことがなかった。
そのことを、サクラに会って初めて知った。
分かったのか分からなかったのか、サクラは不可思議な顔をして自分を見ている。
このあふれんばかりの気持ちは、どうしたって彼女には伝わらない。
大切すぎて、全部を言葉にできるはずもないから。
こういうとき、とてももどかしいと思えるけれど。
逆に、良かったとも思う。自分の強すぎる想いを知ったら、彼女はきっと怖くなって、自分から離れていってしまう。
だから、今くらいがちょうどいい。
きっと、二分の一、いや、三分の一くらいは理解してくれているから。
「サクラ、俺のこと好き?」
「好きよ」
唐突な質問に、サクラは怒ったように言った。
そうでなければ、この場所にいるはずがないというように。
睨むような目付きがまた可愛らしくて、たまらない気持ちで彼女を抱きしめる。
「それならさ、未来だけ見よう。昔のことでいろいろ言うより、サクラといる明日のことを話したいよ」過去はいらない。
サクラがいなかったときの記憶なんて、必要じゃない。
サクラと、サクラのいる未来を大切にしたい。
後にも先にも。
君は俺のたった一人の人だから。
「それは、明日の休みにどこに遊びに行くか早く決めようってこと?」
先ほどまでの愁いを帯びた眼差しはどこへやら。
すっかりもとの調子にもどって明るく言うサクラに、俺は思わず破顔して応えた。
「うん。そう」
あとがき??
銀色夏生作品を読んで書きたくなったので、そんな感じ。言葉的にも、乗っかっちゃいました。
先生、そしてファンの方、すみません。
タイトルは、“一人の”とか、“唯一”のとか、そういう意味。
映画『マトリックス』では、“救世主”の意味で使われてましたよね。
「愛になりたい」というサブタイトルを付けたくなった人は、某漫画を知っている人ですわ。(笑)