忘れられない人 1


「サクラのことが、好きだよ」

書物から目を離し、サクラはちらりと彼に視線を向けた。
カカシはにこにこと笑いながらサクラを見ている。
サクラは無言で再び目を書物へと戻す。

二人のいる場所は図書館の自習スペースだが、他に人気がないことは幸いだった。
本来は私語厳禁の図書館で、会話は丸聞こえだ。
サクラは向かいの席に座っているカカシの存在を無視して、ノートとペンを手に取る。

 

「あれ、返事は?」
「・・・毎日言われてるから耳タコよ。いい加減、ふざけるのはよしてよね」
「心外だなぁ。俺、本気なのに」
カカシは机に頬杖をつきながら悲しげな表情をする。
あからさますぎて、演技だということがすぐに分かる動作で。

「そんなこと言って、他の女の人に同じこと言ってるんでしょ。分かってるんだから」
サクラは取り付くしまもない。
カカシは苦笑いをしながらサクラを見詰めている。
「サクラ以外の人になんて、言ってないよ。疑り深いなー」

不平を言いながらも、カカシの声にはこの会話を楽しんでいるふしがあった。
それらが、いちいちサクラの癇に障る。

カカシは机に身を乗り出してサクラに顔を近づけた。
「どうしたら信じてくれるのかな」
「・・・・」
サクラは上目使いにカカシを見ると、すっと目を細める。
そして、刺のある声で返事をした。
「今はの際に同じこと言ったら信じてあげるわよ」

 

今はの際。
つまり、臨終の時に言えば、サクラは信じると言っている。
これは体のいい断りの文句だ。

 

「冷たいなぁ」
カカシはがっくりと肩を落とす。
それでも、すまし顔のサクラは黙々と手を動かしている。
「・・・さっきから何書いてるの」
カカシが手元を覗き込む前に、サクラはビリリッとそのページを破り捨てた。
そのまま、ノートの切れ端をカカシの手に押し付ける。
「あげる」

紙には、サクラが即興で描き上げたカカシの似顔絵があった。
粗雑な筆で、いかにも子供の落書き然とした。
サクラがカカシの話を真面目に聞いていなかった証拠だ。
だが、カカシはサクラのサイン入りの絵を興味深げに見つめる。

「これ、俺?もっといい男だと思うんだけど」
「マスクと額当てで顔隠してて、いい男も何もないわよ」
サクラはわざとつっけんどんな声を出す。
それでも、カカシはこぼれるような笑顔をサクラに向けた。

「でも、嬉しいなぁ。サクラが俺にものくれるなんて、初めてだよね」
「はい、良かった、良かった」
いい加減な口調で言いながら、サクラはさっと扉を指差しした。
「それ、あげるから帰って!」

冷たく言い放ち、厳しい眼差しを向けてくるサクラ。
暫し無言でサクラを見詰めていたカカシだが、ついに観念したのか、ため息混じりに立ち上がった。
「・・・わーかったよ」
今度こそ、本音と分かる寂しげな声を出して。

 

てくてくと扉の前までやってくると、カカシはサクラのいる方角を振り返った。
そして、大きく呼びかける。

「またな、サクラ」

本の貸し出し口にいる司書が睨むようにしてカカシ、そしてサクラを見ている。
羞恥に顔を赤くしたサクラは、「早くどこかへ行け!」とばかりに、カカシを追い払うかのような手振りを示す。
だが、カカシは何を勘違いしたのかにこやかに笑ってサクラに手を振った。
もう、サクラには黙って俯くことしかできない。

これは、明日任務の前に、一度ガツンと言っておいた方がいい。
サクラは机の下で握り拳を作りながら、怒りと共に強く決めた。
でも、それは永遠に適わないことだった。

 

思いもしなかったから。

これが、その目で見ることのできる、最後のカカシの姿だとは。

 

 

 

「嘘つき・・・」

カカシの通夜が行われている会場。
彼の遺影を前にして、サクラは小さく呟く。
誰にも聞こえないように。
あるいは、声となって出ていることに、サクラは気付いていないのかもしれない。

 

しめやかな雰囲気だが、その場所にカカシの遺体はない。
忍としての、常だ。
遺体は、任務に赴いた地ですでに処分されている。
形だけの、儀式。

「事故だったんじゃよ」

沈んだ表情の7班の下忍達を前に、火影は気を使いながら事情を説明してくれた。
7班としての任務以外で、カカシは火影のために働いていた。
今度のことは、そのときに起こった事故が原因。
下忍達は、全く預かり知らぬこと。

火影の言葉は、サクラの耳を通り過ぎ、頭まで届かなかった。
まるで、どこか遠くで話している声のように聞こえる。

 

またな、サクラ

 

その言葉と、優しい笑顔を残し、いなくなったカカシ。
死んでしまっては、「また」などありえない。
彼は嘘つきだ。

自分のことを好きだと言ったことも、嘘にちがいない。
冷たくしかできなかったことを、気にやむ必要はない。
そう、思うのに。
サクラはどうにもやるせない気持ちを抱えたまま、通夜での時間をやり過ごしていた。


あとがき??
カカシ先生の死にネタって、初めて?あら。
サクラが泣くのを見たくないからですね。
死にネタはあともう一回くらいはやりたいです。
“今わの際”、辞書だと“今はの際”だった。どちらでも良いのかな?
カカシ先生の絵を描くサクラは、『笑っていいとも』、「芸能人事情聴取」のコーナーで、犯人のマネージャー、または付人の似顔絵を描くタモリさんから。(笑)
結構、似てるんだよね。

・・・皆さん、サスサクとナルサクとどっちの展開を望まれますかね。(唐突)


駄文に戻る