忘れられない人 3


「何?どうかした」
「ああ」
サクラの問いには答えず、サスケは彼女の向かいの席に座った。
サクラは、僅かに眉をひそめてサスケを見る。
何だか、嫌な感じがした。

その場所に、誰かに座って欲しくなかった。
だが、そのことを口に出しては言えない。
漠然とした不快感を、上手く説明することが出来ないから。

 

「お前に見て欲しいものがあるんだ」
言いながらサスケは手持ちの鞄から、あるものを取り出した。
小さなケース。
否、赤い色のロケットだ。
首から下げられるよう、鎖がついている。
サスケが机の上に置いたそれを手に取りながら、サクラは不思議そうに訊ねた。
「これは?」

サスケがこうした装飾具をつけるところは見たことがない。
そして、サクラが無くしたもの、というわけでもない。
首を傾げるサクラを見ながら、サスケは声を出す。
「カカシのものだ」

サスケの口から飛び出した名前に、サクラは大きく目を見開いてそれを見た。
ようやく、気付く。
赤はロケットの色ではない。
こびりついた、血の色なのだと。

瞬間、サクラは飛び退くように椅子を立った。
放り投げたロケットが、軽い音を立てて床に落ちる。

 

「やだ。何でそんなもの持ってくるのよ!!」
サクラの悲鳴に、図書館にいた人間全員の視線が向けられた。
だが、怯えたような表情のサクラは、そのことに気付けない。

サスケはロケットを拾い、静かに言う。
「座れ」
「嫌よ、私、帰る!」
金切り声をあげて踵を返そうとしたサクラの腕を、サスケが引いた。
「とにかく落ち着いて話をきけ」

サクラは泣きそうな顔でサスケを見たが、彼は掴んだサクラの手を離さなかった。
ただ、サクラが席に着くことを、強要している。
サクラは唇を噛みしめ、心底苦しげにうめいた。

「・・・サスケくんがそこに座らないなら」

 

 

廊下に出た二人は、備え付けの椅子に座った。
プラスチック製の椅子は、ひんやりとした冷たさと、固い感触。
暖房の入っている室内と違い、廊下は底冷えがし、サクラ達意外に人影はなかった。
平日の昼間である今の時間は、もともと人の数は少ない。

 

「あのエナガって奴が持ってたんだ」
俯いたままのサクラに、サスケが話し掛ける。
「お前に見せたかったのはロケットじゃなくて、こっちだ」
言葉と同時に、まるで手品のように、サスケの右手に小さく折り畳まれた白い紙切れが現れた。
サスケはその紙をサクラに差し出す。
訝りながらも、促されるままにサクラはその紙を受け取った。
「ロケットの中に入ってた。お前の名前が書いてあったから」

開かれた紙には、確かに“サクラ画”と彼女の名前が表記されている。
サクラの字で。
見覚えのある、ノートの切れ端。
図書館で彼にこれを渡したのは、ほんの数日前のこと。
受け取ったときの嬉しげなカカシの微笑みは、今でも強く印象に残っている。

殴り描きした、下手なカカシの似顔絵。

 

エナガが現場にたどり着いたとき、カカシはロケットを持った手を、胸の上に置いていた。
大事なもののように、しっかりと握りしめて。
その様は、何かしら、エナガの胸にとどまるものがあった。

気になって開けてみたが中身は、ただの紙切れ。
高価な物が入っていなかったことで、逆に、すぐに分かった。
これは、彼の大切なモノなのだと。
そして遺体と共に処分する気になれず、エナガはそれを持って帰ってきたのだ。

通夜の席で、エナガはカカシの生徒であるサスケにそれを渡した。
彼の目には、7班の下忍のリーダーはサスケに見えたらしい。
エナガは「サクラ、という人に渡して欲しい」と言った。
先ほどまで話していた少女が、サクラ本人だとは気付かずに。

 

 

サスケはサクラから目線を外し、呟いた。
「大切にしてたんだな」

サクラを。

 

あふれ出した涙が止まらず、サクラはその場で泣き伏した。
「・・ッ、ウゥ」
顔を覆った掌から、嗚咽が漏れる。
深い悲しみが、サクラの心を覆っていた。
全身を震わせて泣くサクラに、サスケはただ沈黙している。

後悔という気持ちだけが、サクラの胸を渦巻いていた。

本当は分かっていたのに。
逃げていたのだ。
確かめることが怖くて。

彼のような、何でもできる器用な人が、優秀な上忍が、自分を必要としてくれているなどと。
信じられなくて。
ずっと好きでいてもらう、自信がなくて。
その間に、カカシはいなくなってしまった。
自分も、決して彼が嫌いだったわけではないのに。

 

 

サクラのすすり泣きが止むのを待って、サスケが口を開く。

「サクラ、俺はお前より先に死なない」
「・・・・」
「お前のそばにいる」
「・・・同情はいらないわ」
サクラの言葉に、サスケは憤った様子で言う。
「同情なんかじゃない。俺はそんなもののために動かない」

確かに、とサクラは思う。
サスケは自分の興味を示すもの意外には徹底的に冷たくなる人間だ。
でも、それならば。
「同情じゃないなら、もっといらない」
真摯な瞳で見詰めてくるサスケに、サクラは冷たく返事をする。

こんな思いをするのは、もう嫌だ。
二度と、誰にも心を許さない。
必要としたくない。

固く誓いながら、サクラは表情を険しくして虚空を見据えている。
それでも、サクラの頑なな心に響くよう、サスケは再び繰り返した。
「そばにいる」
強く想いを込め、サスケは言葉を紡ぐ。
「俺が、そう決めた」

サクラを労わるようで、いつものサスケの尊大な物言い。
傍らのサスケを見やり、サクラは少しだけ頬を緩めた。


あとがき??
テーマは伊藤左千夫著「野菊の墓」だったんですが、似てもにつかない・・・。
あの夏目漱石に「こんな話なら百篇読んでも良い」と言わしめただけあって、清々しいお話です。好き。
もっと大元は、有名な某作品のパロなんですけど、分かる人、きっといるだろうなぁ。すみません。

こんなに苦労した駄文は久々です。
百篇くらい書き直しました。まだ足りん。
次はギャグを書きますよ。


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