Evil And Flowers
月の綺麗な夜だった。
タズナの家を出てすぐの、海を一望できる橋板の上。
カカシは足を投げ出すように座り込み、一人月を見ていた。
潮騒が、耳に心地よく、一定のリズムを伝えている。「怖がられちゃうかなぁ・・・」
誰に聞かせるでもなく、知らずに口をついて出た言葉。
カカシの、心配事。かの少年の命を奪った手。
肉を裂く感覚が、生々しく残っている。
そして、自らの血液以外で赤くなった手に、引きつった顔を見せる彼ら。頭では分かっている。
忍という仕事は、決して綺麗事だけが通用する世界ではない。
中忍以上で、人を殺していない忍など、いやしない。
それでも。
下忍のうちは、まだそうしたことと縁遠い生活を送って欲しい。
願いのような気持ちをこめて、思う。
そうした思考に、なんて甘い考えを持つようになったのかと、カカシは苦笑いをする。
「カカシ先生」
ふいに名前を呼ばれ、カカシは首をめぐらせた。
僅かな月明かりでも、それと分かる薄紅色の髪。
「サクラ。眠れないのか?」
「・・・・」
サクラは無言のままカカシのいる場所までやってくる。近づいた事ではっきりとする、寝巻き代わりのサクラの単姿。
裾から伸びたサクラの手足は、痛々しいまでの白さと細さ。サクラが年中行っているダイエットとやらの成果だろうか。
今日の夕食も、サクラはあまり箸をつけなかった。
昼間の戦闘での、過度の疲れのために食欲がないのかとカカシは思っていた。
だけれど、違うのだったら、注意すべきだ。
もともと体力のないサクラ。
これ以上の減量は、決して彼女のためにはならない。サクラはカカシの傍らに、同じように座り込む。
「サク・・・」
カカシがその名を呼ぶよりも早く、サクラはカカシの右手に触れようとした。
思わず、カカシは乱暴にその手を振り払う。
条件反射だ。
自らが触れることには何の抵抗もないが、他人が己に触れそうになると、極度に反応してしまう。
忍としての、性分。カカシの激しい拒絶に、サクラは目を見開いている。
「あ、わ、悪い」
泣いてしまうかと思った。
カカシが困り顔で謝罪すると、サクラは首を横に振って再びカカシの右手に手を伸ばしてきた。
今度は、カカシは黙ってサクラの行動を見守っている。
カカシの右手には白い包帯。
ザブザとの戦いで負った傷だ。「カカシ先生」
両の手でカカシの右の掌を包み、サクラは言う。
「怖がらないでね」
サクラは視線を包帯から、カカシの顔へと移す。
真っ直ぐに見詰めてくる碧の輝きに、吸い寄せられるように、カカシは目を離せなくなった。
「約束するから。私は怖がらないって」先ほどの独り言を聞かれていたのかと、カカシは思った。
だが、あのときサクラの気配は無かった。
それならば、今、このサクラの言動はどういう意味を持っているのか。
「全部を知ったら、そんなことを言えなくなるよ」
カカシは自嘲気味に呟く。
今回のザブザとの戦いだけでなく。
自分の過去を知ったら。
任務とはいえ、自分が今までどれだけの数の命を葬ってきたのかを知ったら。
生徒達は自分から離れていく。
分かりきっていることだ。
怖がっているのはサクラの言うとおり、下忍達ではなく、自分自身。「サクラが知っている俺は、ほんの短い期間の俺だから」
「でも、私達の知っているカカシ先生も、カカシ先生よ」
サクラはやわらかく微笑んだ。
月明かりが頼りの暗闇に、光がさしたような笑顔。
「私、先生の手が好き」
サクラは包帯の巻かれたカカシの右手を、そっと頬に当てる。
「優しい手」温かな手。
生徒達の気持ちを理解しようとしている。
何からも生徒達を守り、慈しんで育てようとしている。
カカシの気持ちは、確実に彼らに届いていた。
サクラの柔らかい頬の感触が、薄い包帯越しに伝わってくる。
不思議だ。
癒される心と反対に、その清らかなものを傷つけたいという気持ちが湧き起こる。「人殺しの手でも?」
意地悪に、カカシは問い掛ける。
サクラの指先がかすかに震えた。
だけれど、その手は離されることはなく。
カカシの右手を握ったまま、サクラは静かに告げた。「もっと私達を頼ってね」
翌朝、サクラは全くいつもと同じ調子でカカシに接してきた。
騒がしくナルトと口論をしたり、ツナミの手伝いをしたりと、忙しく立ち回っている。
元気の塊のようなサクラ。
昨夜の物静かな言動が、嘘のように。「サクラ」
洗い終わった食器を棚に戻そうとしていたサクラに、カカシは声をかける。
カカシを振り仰いだサクラは、何事かとカカシの続く言葉を待つ。
「一人じゃやりにくいんだ」
言いながら、包帯を巻いた右手を差し出す。
「新しいのに、取り替えてくれる?」少しばかり驚いた顔をしたあと、サクラは嬉しそうに笑ってその手を取った。
あとがき??
「怖がらないで」って台詞が使いたかったのです。確かムーミンのカレンダーか何かに書かれていた。
カカサクでサクラに言わせたいーと思った。(笑)そんだけ。
タイトルはBonnie Pink。彼女の歌にはたまらなく惹かれます。“邪悪なものそして花たち”。