愛の傷


「うわ・・・」
ガーゼを取り傷口を見た瞬間、サクラは絶句した。
それほど、カカシの傷は酷いものだった。
薬を縫ってあるとはいえ、化膿した傷口は赤く腫れあがっている。
見ている方が痛くなるという代物。
包帯を新しく変えるためとはいえ、傷口に直接あたるガーゼを無理にはがしたために、塞がりかけていたかさぶたも部分的にはがれてしまう。
サクラは泣きそうな顔をして包帯を握り締めたが、カカシは表情一つ変えなかった。

「ごめんな、サクラ。タズナさんはツナミさんと買い物に出かけちゃったし、ナルト達も朝から外に行ってるから」
カカシが申し訳なさそうに言うと、サクラは黙ってかぶりを振った。
アカデミーで習っていても、サクラは実際にこのような大きな傷を治療したことはないだろう。
カカシにしても、サクラのような子供に頼みたくなかったのだが、これ以上傷が悪化することを防ぎたかったし、他に人がいなかった。
胴体部分の包帯を巻くことはどうしても一人では手が足りない。

 

「手の傷は自分でやるから」
苦笑いをすると、カカシは黙々と作業をするサクラの頭に手を置く。
ちょうど腹部の包帯を巻き終えたサクラは、笑みを浮かべたカカシを見上げた。
傷にばかりに意識が集中していたが、目線が合うと、思いのほか身近な距離。

「痛い?」
包帯に軽く手を添えたまま、サクラは真顔で問い掛ける。
カカシは自分の傷を見かねての質問だと感じた。
「全然」
やせ我慢ではなく、半ば本気の答え。
全然というわけではないがもっと重症を負ったことは何度もあるし、それに比べたら、という気持ちがある。

「・・・嘘」
「本当だよー」
場を和ませようと明るく言ったカカシに、何故かサクラは表情を険しくした。
「痛いって言ってよ!!」

全く唐突な、怒気を含んだ大きな声。
カカシは目を見開いてサクラを見た。

カカシを睨みつけるサクラの目端には、透明の雫。
「先生って、いつもは必要以上にべらべら喋るくせに、自分のことはだんまりで、肝心なこと何も言ってくれないんだもん。それじゃ、私達、カカシ先生のこと分からないよ。本当のこと言ってよ」
ぼろぼろと涙を落とすサクラに、カカシはただ唖然とするしかない。
「先生を見てると、私の方が痛くなる」

 

途方にくれたように、カカシは泣き続けるサクラを見詰める。

サクラにはカカシが無理をしているように見えたらしい。
実際、物心ついてからカカシはどんなに傷ついても「痛い」と言った事はない。
何故か。
一流の忍を目指す者としての自覚。
それ以上に。
周りに、人がいなかったから。
そのことに、カカシは改めて気付いた。

どれほど「痛い」と言っても。
「苦しい」と表現しても。
振り向いてくれる人がそばにいなかった。

一人ならば。
気を許せる人間がいないのなら。
そのように注意を引く言葉を言う、意味がないのだから。

 

 

「・・・サクラ、痛いよ」

呟かれたカカシの細い声に、サクラは驚いて顔を上げる。
「え、本当に!!?」
「うん。痛い」
『「痛い」と言え』と主張しておいて、カカシの言葉にサクラは目を見張った。
まさか、本当にカカシが自分の言う事を素直に聞くとは思わなかった。
大きな瞳からはすっかり涙が引いている。

薬の分量を間違えたのか。
それとも、包帯をきつく巻きすぎたのか。
顔を青くしたサクラはあれこれと落ち着かない所作でカカシの世話を焼き始めた。

 

心配げなサクラをよそに、カカシは彼女に気付かれないよう、頬を緩ませる。

人前で弱音なんてはいたことはないし。
誰かから同情されるのは死ぬほど嫌だけど。
サクラに優しくしてもらうのは、どうしてか、心地よかったから。


あとがき??
サクラに甘えるカカシ先生が書きたかったのですが。
私がサクラ受を書くと、どうしても皆のお母さんになってしまう。はて?
以後、カカシ先生はサクラに我が侭言い放題でしょう。あらら。


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