お父さんは心配性


「急にお呼び出ししてすみません」
「・・・いえ」
別に遅刻したわけではないが、ミキヒサは決められた時間よりもだいぶ前に来ていたようだ。
彼が注文したコーヒーカップはすでに空になっている。
新たなコーヒーを注ぎに来た店員に愛想良く笑うミキヒサを見ながら、時間に正確なサクラの性格は彼に似たのかと思った。
「あの、ご用件は何でしょう」
彼の向かいの席に着き、緊張気味に訊ねる。

サクラの父親からの唐突な誘い。
電話がかかってきたときはかなり仰天したが、“サクラの父”という大きなネームバリューから逆らう気になどならなかった。
そういったわけで、仕事の合間を縫い、こうして彼と茶店で会合している。
何故か、サクラには内緒で。

 

「話というのは他でもない、娘のことなんです」
「はい」
サクラの父親なのだから当然話は彼女のことだと分かっていたが、俺は身を乗り出して彼の言葉を待つ。
「サクラに恋人が出来たらしいんですが、相手、誰だか分かりますか」

瞬間、表情がこわばったのが自分でも分かった。
だが、ミキヒサは気付いていないようで、話を進める。
「どうしても尻尾が掴めなくてですね。先生なら僕の知らないときのサクラのこともご存じかと思いまして」
神妙な顔つきで見詰めてくるミキヒサに、俺は視線を逸らすことができない。
サクラと同じ碧の瞳が食い入るように自分を見詰めている。
脂汗をかきながら、俺はミキヒサに訊ねた。

「あ、あの。誰だか分かったら、どうするんですか」
「相手を殺ります」
柔和な笑みを浮かべ、ミキヒサは明るい口調で言った。
「は?」
あまりに、にこやかな笑顔だったから、聞き間違いか冗談なのだと思った。
だが、ミキヒサはどこまでも真面目に返事をする。
「消し去るんですよ。サクラの前から・・・」

 

返答と同時に笑顔は消え去り、ミキヒサの目は細められている。
その目の光りは、どう見ても素人ではない。
暗部出身である俺をしても、身の毛のよだつ寒々しさ。

「・・・あの、失礼ですがご職業は何を?」
「まぁ、いいじゃないですが。そのようなことは」
つい訊ねてしまった自分に、ミキヒサは微笑を浮かべてはぐらかした。
どうにも怪しいが、これ以上訊いたところで本当のことを言うとは思えない。
「それで、分かりますか」
ミキヒサは最初の問いへと話題を修整してくる。

「そ、それらしい人物は俺の知っている範囲では見あたらないですね。お父さんの勘違いじゃないですか」
「・・・そうですか」
ミキヒサは目線を下げ、考え込むようにあごに手をやる。
あの過激な発言を聞いて、「実は俺がサクラの恋人です」と言えるはずもない。
何とか彼の気持ちを解すことはできないだろうか。

「差し出がましいようですが、ちょっと過保護すぎじゃないでしょうかね。サクラの年頃だったら、ボーイフレンドの一人や二人・・・」
「何を言ってるんですか!」
俺の言葉を遮り、ミキヒサは声を荒げる。
「『男女、七歳にして席を同じうせず』ですよ!!」

 

いつの時代の人間ですか?

思わずそう訊いてしまいそうになった。

 

 

「じゃあ、先生。くれぐれもよろしくお願いしますよ。怪しい男がいたら、すぐに報告してください」
「はぁ・・・」
茶店を出てからの別れ際、ミキヒサは何度も念を押して言った。
どうしてか信頼されているようで、ミキヒサは俺の手を握って熱い眼差しを向けてくる。
まるで自分のことを“同志”として扱っているように。

「あの、何で俺に相談しようと思ったんですか」
疑問をそのまま言葉にしてみる。
ミキヒサはきょとんとした顔で俺を見た。
「娘が先生に随分気を許しているようなので。家でサクラは任務の話かカカシ先生の話しかしないんですよ」

 

 

「先生、どうだった?何言われた」
ミキヒサの姿が消えるのと入れ違いに、サクラが心配げにやってくる。
密かに今日のことを嗅ぎ付けていたらしい。
店の外で俺達が出てくるのをずっと待っていたというサクラに、道々、俺は事の顛末をサクラに話しながら歩いた。

「全く、何を考えているのかしら」
自分の父親の言動に、サクラは呆れかえっているようだった。
ひとしきりぶつくさと文句を言ったあと、サクラは急に口調を変えて俺に向き直る。
「ところで先生」
「何?」
「何でカカシ先生はそんなににこにこ顔なわけ」

指摘されて初めて、自分の顔が綻んだままだったことに気付く。
「えへへ。ちょっと嬉しいことがあって、ね」
普段つれない態度が多いサクラが、家では自分の話を繰り返しているという事実に、どうにも喜びを隠せない。
サクラがどんなに怪訝な顔をしていても。

話題を変えるため、というわけでもないが、俺はサクラに問い掛ける。
「サクラのお父さんってどんな仕事してるの?」
「ケーキ屋さんでアルバイトしてる」
即答されたサクラの言葉は、何とも拍子抜けするものだった。
あの威圧感は、はったりだったのか。
気が抜けた俺に、サクラはさりげなく一言付け足した。

「昔は、情報部で極秘作戦の司令官やってたけどね」

 

サクラの父親は何とも油断のならない人物のようだ。


あとがき??
続・駄文投票ランキング2位、『年上の彼氏によろしく』の続きです。
構想30秒なので、やけに短い話。
まだまだ続きそうな感じですね。予定は今のところ未定。
サクラの母とかも、気になってきました。(笑)
にしても、若くして情報部の司令官を務めた凄腕が、何故ケーキ屋でバイトを??

『男女7歳にして席を同じせず』ってやつは、戦前あたりの考えですかね。もっと前?
七歳くらいになったら男女の区別をわきまえ、みだりに親しくしてはならない、という意味だそうです。
うーん。厳しい。

タイトルは言わずと知れた、あーみんの漫画。(笑)有名すぎる。
・・・ハッ、カカシ先生が北野くん!!?
あーみんの漫画は『こいつら100%伝説』が一番好きです。(ポンドロチョン・・・)
一応、忍者ものだしね。

『年上の彼氏によろしく』に投票してくださった皆様、有難うございました。


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