優しい眼


「坊ちゃんお使いかい。偉いねぇ。おまけしてあげよう」
「有難う、おばさん〜〜v」

やっぱり買い物は子供の姿にかぎる。

先ほど八百屋の店員に向けた無邪気な笑顔はどこへやら、少年はもらった林檎を片手にほくそ笑んだ。
少年の年齢は10代前半、白銀の髪、口元をマスクで隠している。
この外見的特長に、彼を良く知る忍ならピンとくることだろう。
少年の正体は7班担当の上忍カカシだった。

何故彼がこのような格好をしているかといえば、買い物の時に便利だから、である。
以前子供が商品を買うときに上手く値切っていたのを見てから思いついた。
上忍であるカカシはもちろん金に不自由はしていなかったが、生来彼はケチであった。
少しでも安くなるなら、その方がいいに決まっている。
最初にチャレンジした時まんまと成功して以来、自然買い物に出かける時は変化するようになってしまった。
別に昔の自分の姿にならなくても良いのだが、周りにいる子供に変化してやっかいな事に巻き込まれると困るので今の姿で定着している。
街中で会う顔見知りが自分に全く気付かないのが面白くもあった。

 

「俺の術って完璧なんだなぁ〜」
カカシはいい気になって鼻歌まじりに歩いている。
丁度、そのときだった。
街路の曲がり角を、人影が横切ったのは。
注意力が散漫になっていたせいか、カカシはその衝撃を避けることができなかった。

「ごめんなさい!」
カカシにぶつかってきた少女が慌てて謝罪する。
二人の接触は軽いものでで、どちらかというととっさにカカシを避けようとした彼女の方が、荷物を地面に散らばしかがみこんでいる。
「いや、こっちこそ。立てる?」
カカシが手を差し出し、彼女が顔を上げた。

サクラ。

喉元まで出掛かった言葉をカカシは慌てて飲み込む。
自分はいつもの姿ではなかったことを思い出したからだ。
サクラの方は驚いた表情のままじっとカカシの顔を見上げている。

道行く人が何人かちらちらと視線を向け、往来で見詰め合っている二人の横を通り過ぎた。
居心地の悪さにカカシの額からじっとりと汗が吹き出る。

 

「な、何?」
「・・・何、じゃないわよ。カカシ先生、なんでそんな格好してるのよ」
ようやくカカシの手を取って立ち上がると、サクラは頭のてっぺんから足の先までまじまじとカカシを眺める。
最後に顔を近づけてカカシの顔を覗き込むようにして見た。
「気配も微妙に変えてるし。凄いわ。完璧ね」

サクラは感嘆の声で言った。
だが、すぐに何か思い出したのかきょろきょろと付近を見回す。
「それどころじゃなかったわ!先生またね」
サクラは散らばった荷物を急いでかき集めるとそのまま猛ダッシュで駆け出していった。
残されたカカシは驚いた表情のまま固まっている。

完璧だと思って自分の変化。
現にサクラもそう言っていたが、どうしてそれを見破れたのか。

 

 

それからカカシは何度か別の人物になりすましてサクラに近づいたが、カカシの顔を見ると彼女はたちまちに看破してしまった。

「カカシ先生、この間から何がやりたいんですか?」
サクラは不思議そうに訊く。
術を見破られたカカシは早々に変化を解いた。
「まいったなぁ」
カカシは頭をかきながら心底困った表情をした。
「何でサクラには分かっちゃうんだろう」

自分の腕が鈍ったのではと不安になり、他の人間に試してみたが全員上手く騙されくれた。
よって、サクラが変化を見破る事ができるのはカカシの腕が落ちたからではなく、サクラの方の力が作用しているのだと分かった。

「眼、見れば分かりますよ」
困惑気味に考え込んでいるカカシに、サクラが声をかける。
「眼?」
「そう。眼」
サクラが自分の瞳を指差して言う。
「カカシ先生、凄く優しい眼をしてるからすぐ分かる」

意外な言葉にカカシはよけいに混乱する。
優しいなとど言われたのは初めてだった。
腕組みをし本格的に悩むカカシに、サクラは柔らかく微笑んだ。

「私、先生の眼好きよ」

 

 

「なぁ、俺って優しい眼してると思う?」
「全然。むしろ目つき悪くて怖いんじゃないか」
アスマの正直な返答にカカシは怒った風もなくため息をつく。
「だよなぁ・・・」

ならばサクラは何故あのような事を言ったのか。
カカシは首をかしげるのみだ。
「何を悩んでいるのか知らんが、もう火影様が出てきたぞ」
カカシがステージの上を見ると、確かに火影がマイクテストをしている。
「本当だ」

程なくして火影のスピーチが始まった。

 

「えー、本日はわしの誕生日祝いのために皆に集まってもらい、嬉しく思う・・・・」

手前のテーブルでは、長々しい言葉などすっかり耳に入っていない様子で、ナルトが料理に見入っていた。
いや、見るだけでなく、すでに行動を起こそうとしている。
「ちょっとナルト、もう暫らく待ちなさいよ」
「えー。少しくらいつまみ食いしても分からないってばよ・・・」
危うく料理に手を出しそうになるナルトを、サクラが必死に止めている。
周囲の人々が咎めるようにして見る中、サスケも冷たい視線をナルトに向けていた。
「・・・意地汚い奴」
ナルトの耳に入ればまた一悶着ありそうな言葉だったが、幸いにも料理に集中していたナルトには聞こえていなかった。

「では、乾杯」
「乾杯―」

火影が音頭を取り、木ノ葉の忍び達はそれぞれ祝杯を持って続いた。
杯の中身は大人の忍者はもちろん酒で、未成年の下忍達はジュースだ。
「よっしゃー。食うぞー!」
合図とばかりに、好みの料理の載っているテーブルへナルトは一目散に走り寄った。

 

 

今日は毎年恒例の火影の誕生日を祝うパーティーの日だ。

今年は野外での立食形式で、それぞれのテーブルに全く違う系統の料理が並んでいる。
この日ばかりは普段の任務を忘れ、木ノ葉の忍者達は飲んで食べて大騒ぎする。
部署が違うと滅多に顔を合わせることのない同期の者と会えるのも、このパーティの楽しみだ。
別に区分けされてるわけではないが、自然とテーブルは上忍、中忍、下忍とひとまとめに集まっている。
ナルトはそんなことにはかまわず、縦横無尽にテーブルを周って料理を食べまくっているが。

 

「あんたの班のあの子、もてもてねぇ。囲まれちゃってるわよ」
「ああ、サスケだろ」
カカシは紅の指差す方を見ようともせずに言った。
「どこがいいのか分からないけど、本当にあいつもてるよなぁ」

「違うわよ。ちゃんと見なさいよ」
紅は料理を物色して迷い箸をしているカカシの耳を引っ張ってその視線をずらした。
「ほら」
紅はもう一度同じ方向に指を向けた。
視界に入った思いがけない光景に、カカシの手から箸がポロリと落ちた。

カカシの言ったとおり、確かにサスケの周りにも、くの一の乙女達が集まっている。
だが、パーティー会場で一番人を集めているのは彼ではなかった。
大方の下忍の少年達が一つの場所に集中している。
その輪の中心にいるのはサクラだ。
人垣の隙間から桜色の髪が見え隠れしている。

日頃サクラに近づく恋敵を蹴散らしているナルトは今、会場内の料理に夢中だ。
それをいいことに、チャンスとばかりに彼らはサクラにアタックしているらしい。
もともと外面のいいサクラのこと。
僅かに垣間見れるサクラは、笑顔で皆に応対していてなかなか楽しそうだ。

その様子に、一気にカカシの顔が険しくなる。

 

「おい。全然優しい眼してないぞ」
先ほどの話を引き合いに冷やかすアスマには目もくれず、カカシは一直線にサクラの元へと歩き始めた。
すれ違った人間がギョッとした顔で自分を見ることから相当怖い顔をしているのだろうと自覚しながらも、どうも感情をコントロールできない。
「サクラ」
そばまで来たカカシが一声かけると、人垣が崩れ視線がカカシに集中した。
上忍カカシのその声がわずかに怒気を含んでいたことから、一様に怯えの色が見える顔をしている。

「カカシ先生?」
サクラはカカシに「何の用?」とでも言うような表情だ。
多少いらつきながらも、カカシはサクラに近づいてその腕を引っ張った。
「え、ちょっ、ちょっと。何なの!?」
狼狽するサクラをよそに、カカシは無言のまま彼女をナルトのいるテーブルまで引きずって歩いた。
もちろん、サクラに気付かれないよう下忍の少年達を瞳で牽制することは忘れない。

「あれ、何かあったの?」
カカシとサクラの姿に気付いたナルトが、口の周りを食べカスで汚しながら二人に近づいてきた。
のんきな顔をしたナルトの頭を、カカシが八つ当たりで叩く。
「ちゃんと見張ってろ!」
それだけ言うとカカシは元の上忍達が集まるテーブルに戻っていった。

「俺が何したってんだよー」
痛そうにしゃがんで頭を押さえたナルトがカカシの後ろ姿に文句を言っている。
「何なの?」
ナルトがまだ顔をしかめながらサクラに訊く。
「・・・さぁ」
顔を見合わせた二人は同時に首を傾けた。

 

「おかえりーー」
「・・・・なんだよ」
ニヤニヤ笑いの上忍仲間に、カカシはムスッとした顔をする。
「いや、面白かった。任務の時以外で、お前があんな怖い顔するとは思わなかったよ」
「そうそう。まるで7班のお父さんだな」
上忍達がどっと湧く。
カカシが否定の言葉を言うと、彼らはよけいにはやしたてた。
暫らくはこのネタでからかわれることは必至だ。

「やれやれ」
やがてカカシは人込みを離れ、会場内を見回した。
見るともなしに、サクラ達のいる方に視線が向かう。

カカシの一睨みが効いたのか、もうサクラの周りに少年達の姿はない。
サクラはナルトと談笑している。
そのうちナルトが何か怒らせることを言ったのか、サクラがナルトを拳骨で殴っているのが見えた。
その様に、カカシは思わず吹き出して口に手を当てる。

サクラはいつも素直に感情が表にでてくる。
忍びとしては失格だな、と思いながらも怒っているサクラも可愛いと思うので注意したことはない。
それにサクラの行動を見てるだけで、全く飽きなくて、楽しい。

 

「優しい眼」

唐突な言葉に、カカシは振り返る。
「えっ?」
「してたわよ。今」
いつからいたのか、紅が感心した表情でカカシを見ていた。
「あなたもそんな顔するのね」

紅の指摘に、カカシは何となく全ての事に合点がいったような気がした。
サクラにだけ変化がばれてしまうわけ。

サクラといる時、サクラが視界に入っている時、「優しい眼」というやつになっている自分。
忍びとしてはマズイかもしれないが、サクラになら見抜かれてしまってもかまわないとも思う。
逆に、サクラだけが自分を見つけることができるなんて、なんだか感動だ。
「・・・親心かぁ」
からかわれても仕方がないかと思いながら、カカシは呟く。
7班の下忍達それぞれに可愛いけれど、サクラは女の子だからよけいに心配なのかもしれない。

「あら」
近くまでやってくると、紅は意味ありげに微笑んでカカシを見上げた。
「恋心かもしれないわよ」
からかいを含んだその言葉に、カカシは珍しくも動揺した様子で後退りした。


あとがき??
何が書きたかったのかよく分かりません。
勝手な設定作ってますし。何なんだ、誕生日パーティーって・・・。申し訳ない。
かなりサクラちゃんを理想化してます。もてもてもて。一度やったら満足です。
『レオン』でマチルダに近づく少年を威嚇するレオンを観て、これ、カカサクでやりたいなぁと思った。
それが頭にあってできた話。
でも、長くしすぎました。(>×<)

いの達、他の班の下忍は話的にややこしくなるので登場させませんでした。
すみません。

まゆさんからのリクエストが、『先生以上、恋人未満。マジで恋する5秒前』、というもの。
く、クリアしているのかどうか・・・。(汗)
一応、両想いだけど恋人未満な二人です。

29000HIT、まゆ様、有難うございました。


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