願い


「何人殺った?」
残らず仕留めたことを確認し、問い掛ける。
「えーと・・・」
仲間の一人が、ひい、ふう、と指をさして数え始める。
「全部で15人かな。お前は7人だよ」

「それ、貸せ」
おもむろに近づくと、俺は彼からターゲットの詳しい資料をまとめた冊子を奪い取った。
死体の顔と人相書きを照らし合わせながら、名前をチェックしていく。
「物好きな奴だなぁ。自分の殺した奴の名前の照合なんてどうでもいいだろ。こいつらが犯人だってのは分かりきってるんだから」
「そーはいかないんだよー」
詳しい理由は言わずに、俺はせっせと作業を続ける。

「よっと」
全ての名前をメモ帳に記すると、俺はようやく立ち上がった。
見回すと、散っていた仲間は全員集まっている。
「じゃあ、そろそろ処理班を呼んで帰るか」

 

 

暗殺任務の終了後、俺は決まって赴く場所があった。
月明かりの下、建物の屋根を伝い、その場所へと走る。
そして、窓の鍵の空いた部屋に忍び込む。
いつもどおりに。

「お帰りなさい。遅かったのね」
机に向かっていたサクラが、外の空気が入り込んだことを察し、振り返る。
「ただいま」
自分の家でもないのに、可笑しいやり取りだとは思ったが素直に返事をする。
「ちょっとてこずってね」
すると、サクラの表情が目に見えて曇った。
「・・・怪我は?」
「するわけないじゃん。上忍なんだから」
明るい口調で言うと、サクラは安心したように微笑んだ。
その顔を見て、何故か俺の心も和む。

 

「それで、何人ですか」
「7人だよ。ほら」
俺は先ほどメモした帳面をサクラへと手渡す。
「一人名前が分からなかったんだけど」
「いいわよ。人数が分かれば」
乱雑な文字を、サクラは自分のノートへと丁寧に書き写していく。
最期の一人の名前を書いた後、サクラは目を大きく見開いた。
「凄い!100人越えたわ!!」

無邪気な言動に、俺は思わず頬を緩ませる。
死んだ人間の数だということを、サクラは分かって言っているのか。
「それ、書いてどうするの?」
「・・・別に」
訊ねると、サクラは決まって言葉を濁す。

任務に向かったその日のうちに、俺はサクラの家に立ち寄ることを約束していた。
死人の名前など知ったところで、面白くも可笑しくもないだろうに。
サクラは毎回毎回、名前と人数を書きとめていく。
人を殺して帰ってきた自分を、怖いとは思わないのだろうか。

 

「サクラ、平気なの」
「何が?」
「俺はサクラと会ってからだけでも、それだけの人を殺してるんだよ」
サクラは沈黙した。
ノートを閉じ、俺の目をじっと見詰める。
「・・・だって、仕事でしょ」
その瞳には、何の感情も浮かんでいない。
冷ややかな視線。

忍である以上、命令とあれば、逆らう権利はない。
殺された者は、皆、里の人間にとって有益ではない者。
割り切らなければ、到底やっていけない。

「そうだけど、さ・・・」
「変な先生」
サクラは怒ったように顔を背けた。

 

サクラの行動の意味は、俺には全く分からなかい。
でも、逆らうことなど出来なかった。
他ならぬ、サクラの願いだから。

 

 

 

次の週、俺は火影様の使いで、ある寺へと向かった。
無縁仏となった忍達の慰霊祭。
それを行うための話を住職に取り付けるためだ。

「もうそんな時期でしたか」
毎年の行事に、住職は慎んで承諾の返事をした。
日程を大まかに決めた後、わざわざ赴いたということで、寺の小坊主に本殿へと案内される。
初夏だというのにすでに夏本番と変わらぬ陽気だったが、本殿に足を踏み入れるなり、ひんやりとした厳かな空気を感じた。
換気のために開かれた扉からは涼しげな風が吹き、一瞬だけ外の熱気を忘れる。

 

仏像の間を歩く俺は、ふと、寺にそぐわぬ色合いのものを目端に映した。
振り向いた俺は、そのままそれを凝視する。

ピンク色のノート。
桜の花のマークの入った。
よく知る人物が持つものと同じ。

「・・・あれは?」
俺を本殿へと導き、立ち去ろうとしていた小坊主を引き止めて訊ねる。
「ああ、あれは近所に住む子供が持ってくるものですよ。嘆願書のつもりでしょうか。2、3日したら取りにくると思いますよ。そして、またあの文台に置いて行くんです」

小坊主はくすりと笑って言った。
「子供のたわいないお遊びですよ」

一礼し、小坊主は足早に本殿をあとにした。
俺はというと、どうしても気になるそれの前で足を止める。
人のノートを隠し見るという行為に暫し躊躇したが、確認しなければ帰れそうもない。

 

中をめくると、それは間違いなくサクラのノートだった。
ずらずらと名前の記してあるノート。
俺の殺した人物名と、その人数が。
紙が足りなくなると新たに足しているらしく、大分補強してある。

列記した名前の後には、白紙が続く。
何故これが寺の仏像の前に置かれているのか。
サクラの意図が見えず、困惑していると、風の悪戯で最期のページがめくれて見えた。
どうやら、そのページには最初から何か文章を書いてあったようだ。

それを一目見るなり。
俺は凍りついたようにその場から動けなくなった。

子供のお遊びなととは決して呼べない。
サクラの願いが綴られた、重い文字。

 

 

 

菩薩さま

 

罪は私が負います

一生彼らのために祈ることを誓います

だからどうか

カカシ先生の身を守ってください

 

私の分も

カカシ先生が幸せでありますように

 

 

 

視界が歪む。

水滴がノートの文字を滲ませていく。
涙が止め処なくあふれた。

不相応な愛に、眩暈を覚える。
こんなにも自分を思ってくれる人がいるなど、想像したこともなかった。
望むことすら、罪だと思っていた。
自分の不幸に心を痛める人間がいるだなんて。

目の前の観世音菩薩の温かな眼差しが、サクラのそれと重なった。

 

サクラの願いが、俺を地上へと留める。
どんなに達成困難な任務に向かっても。
何かの理由で離れ離れになってしまっても。
サクラがこの世にいるかぎり。
俺はサクラのもとに帰ることを願うことだろう。


あとがき??
足利尊氏は弟の直義とめちゃめちゃ仲良し兄弟だったのですよ。
史実でそれは明らかで、尊氏は清水寺に納めた嘆願書に、「自分の幸せは全部弟にやってくれ」って書いている。
まさに、お前が死んだら俺も死ぬーって感じだったらしい。仲良すぎ!

歴史の時間にそれを聞いて、何か、いいなぁと思って記憶に残ってた。
直義は、以後兄と仲たがいして毒殺されてしまうんだけどね。
それが分かってるだけに、その嘆願書は何だか泣ける。
おのれ、高師直!!!(←奴のせいで兄弟仲がこじれた)

カカサクでそういった感じの話を書いてみたかったのです。


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