地平線ギリギリまでの空の果て


一人の老いた忍者の死を知ったその日の夜。
夢を見た。
夢に登場したのは、十年以上昔の自分。

あの頃、まだ子供とはいえ自分はいっぱしの忍者だった。
Aランク任務もこなし、成績も上々。
同期の中では一番の出世株。

 

 

「殺してあげようか?」

道端で一人寝ころぶ、薄汚い身なりの男に向かって無造作に問い掛ける。

その人間に、恨みも憎しみも何もない。
偶然その場を通りかかった俺は、ただ、元暗部という彼の経歴を知っていただけだ。
声をかけたのは、純粋に同情からくる気持ちだった。

目の前の老人は、胸を病み、どうみても余命幾ばくもない身。
繰り返される咳は聞く者を息苦しい気持ちにさせた。
暗部でかなりの成績を残したらしいが、病で衰えたか身体は見る影もなかった。
よるべとなる親族もいず、こうなった人間は何よりもあわれだ。
自分の目には、命を奪う事が、最善の方法に思えた。

 

「・・・・遠慮しておくよ」

老人は頬を綻ばせ、皺の刻まれた顔で俺を見上げる。
「何で?もう思い残すことなんて、無いんだろ」
言っている間にも、老人は激しく咳き込む。
「・・・・咳もひどいし」
俺は最後にそう付け加える。
暫しの時間が経過し、呼吸の整った彼は思いのほかしっかりした口調で俺の問いに答えた。
「会わなければならない人がいるんだ」

頼るべき縁者がまだいたのだろうか。
それならば、何故こんま道端で倒れているのか。
よほど不思議そうな顔をしていたのか、彼は笑ったまま俺に言った。

 

「坊主。人生ってのはな、いつか出会う大切な人のためにあるんだ。俺は、まだその人に会っていない。だから、待っているんだよ」
「・・・ふぅん」
老人の言っていることは理解の範疇を越えていたが、一応相槌を打つ。

見ると彼の瞳は自分を映していなかった。
灰色の、よどんだ色の空。
遠い空の下の待ち人に、彼は思いをはせているような感じだった。

そのまま立ち去ってしまった俺は、以後、彼がどうなったのか、まるで知らない。
調べるまでに興味もなく、日々が過ぎていった。
10年以上経った今になって、その老人が亡くなったと聞いたのは、風の噂だ。
随分長生きしたものだと、俺は内心舌を巻いた。

もしかしたら、出会えたのかもしれない。
彼が言っていた、人物とやらに。

 

 

夢から目覚めた俺は、ぼんやりと視線をさまよわせながら考えた。

たとえば、いるのだろうか。
人を殺める手管しか頭にない。
それを除いてしまったら、からっぽの人間になってしまう。
こんな自分にも。

この地上のどこかに。
自分と出会えることを心待ちにしている、誰かが。

 

まるで現実味のない、夢のような話だと思った。

それでも、時折、誰かそばにいて欲しいと思ってしまうのは。

 

かなしい老人の姿は、未来の自分の姿を暗示しているようだった。

 

 

 

「サクラ」

欠伸混じりに、街への道を歩いている俺の前に、生徒の一人である彼女が立ちはだかる。
俺の家を出てすぐにある一本道。
その場所に突っ立っていたサクラは、まさに俺の行く手を遮っていた。
だが、サクラの家は随分遠くだし、今日は任務は休みだ。

「何してるんだ。こんなところで」
「・・・うん」
彼女はにっこりと微笑んで俺を見る。
「いい天気よね」
「・・・そうだね」
見ずとも分かることだけれど、一応空を見上げる。
快晴だ。
外に出るより、洗濯をした方が良かったと思うほどに。

「こんな天気の日はね、のんびりと散歩でもしたいなぁって。そうしたら、急に先生はどうしてるかな、って頭に浮かんで、それで、アスマ先生に住所聞いてここまで来たの」
「・・・・」
「でも突然行ってカカシ先生がいなかったり、迷惑そうな顔をされたら嫌だからここで待ってたの。カカシ先生が出てきてくれないかな、って思って」
「・・・・はぁ」
「そうしたら、本当に先生が来てくれた」
言葉を切り、サクラは再びにこにこっと笑う。
「何だか、嬉しい」

 

サクラの話は遠回しで、よく分からない。
要約すると、一緒にどこかに行きたくて、俺を待っていたということだろうか。

会えるかどうかも分からないのに。

 

「これから街に行くんだけど・・・」
首に手をやった俺は、空の彼方を見詰めたまま声を出す。
「一緒に行く?」
「うん」

手を差し出すと、サクラは素直に腕に飛びついてきた。
その仕草と笑顔があまりに可愛らしくて。
柄にもなく緊張したりする。

 

老いさらばえた惨めな姿で、病の身体を引きずりながら。
それでも、待っていたもの。
彼が言っていたのは、もしかしたらこういうことだったのかもしれない。


あとがき??
タイトルは藤原薫先生の漫画。6ページしかないけど、インパクトは大。
登場人物が、私にはヒイロとリリーナにしか見えません。(笑)
内容も、漫画に沿った内容にしたかったんですけどね。力量不足!!
でも、楽しかったです。

ちなみに、『四月怪談』とテーマが一緒。
5章では同じような台詞がそのまんま出てきます。


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