Raining


「先生、これ何―?」
カカシの家を訪れたサクラがくすくす笑いで問い掛ける。
サクラが指差したものは、一人住まいの若い男の家にそぐわない子供用の玩具だ。
ロボット型のセルロイドの玩具は壊れているらしく、捩子を回しても全く反応がない。

「ああ。隣りの家の子供のだよ。直してやるって約束したのに、渡せなくて」
「へぇ・・・」
サクラは感心したように声を出す。
「先生、近所の子供と遊んだりするんだ」
「いや、遊んだっていうか、この家の前の路地で男の子が泣いてたんだ。お気に入りの玩具が壊れたって。何か、その子の顔がナルトに似てて放っておけなくて・・・・、何?」
話の途中、楽しげに微笑むサクラに気付きカカシは訝しげに訊ねる。
「ん。何でもない」
にこにこ顔で答えるサクラに、カカシはばつが悪そうに頭をかく。
カカシは気恥かしいと思ったのかもしれないが、サクラは子供と戯れる上忍という図を思い浮かべ、自然と笑顔がこぼれてしまったのだ。

「早く直してあげないとね」
「んー」
カカシは歯切れ悪く言葉を濁す。
「何?」
「その子、遠くに引っ越しちゃったんだよ。たぶん、もう渡せないと思う」
たいして残念そうな感情を含めず、カカシはあっさりと言う。
「ふーん・・・」
そのまま部屋をあとにしたカカシに、サクラはテーブルに置かれた玩具を軽く手で弾く。
反動のついた玩具は鈍い音をたててテーブルの上を転がった。

うろうろと部屋の間を行ったり来たりとしていたカカシは、サクラのいる居間まで戻ってくる。
「じゃあ、俺ちょっと言ってくるから」
カカシは額当てやその他装備を付け、外出の支度を整えていた。
「大変ね。雨降ってるのに」
サクラは窓の外を見遣りながら言う。
サクラがこの家に到着したときにぱらつき始めた雨は、数時間後の今ではかなりの本降りとなっている。

「急な呼び出しって、何だろうね」
サクラの不安げな声に、カカシは微かに頬を緩ませる。
「大丈夫だよ。最近は火影さまにどやされる失敗はしていないはずだから。すぐ帰れると思うけど、遅くなるようなら家に帰ってろな」
「ううん」
サクラは首を振って答える。
「先生が帰ってくるの待ってる」
にっこりと微笑んだサクラの健気な物言いに、カカシは顔を綻ばせて応えた。

 

 

「こんなところに呼び出して、一体何の用だ」
カカシは憮然とした顔で傍らの上忍に話し掛ける。
今、彼らが歩いているのは木ノ葉の中枢の建物、その中の拷問、処刑部屋へと続く道だ。
湿った空気を含む薄暗い廊下は人々の怨念が詰まっているようで、あまり気分のいい場所ではない。

「お前を尋問しようってんじゃないから、安心しろ」
上忍は表情を変えることなく言う。
彼の無表情さが、またその場の不気味な雰囲気に拍車をかけている。
「お前に、会わせたい人間がいるんだ」
「会わせたい人?」
上忍がカカシの問いに答える間もなく、彼らは目的の部屋までたどり着く。
「この中だ」

促されるままにドアノブに手をかけ、カカシは緊張しながら扉を開ける。
中にいた人物は、カカシが身構える必要の無い人間だった。

だが、その人物を見た瞬間に、カカシの顔からは一気に血の気が引く。
同時に、足が震え始めたのが分かった。
人目が無かったら、その場に膝をついていたかもしれない。
カカシは冷や汗の噴きだした額に手を当て、ひたすら落ち着くように自分に言い聞かせた。

カカシが案内された部屋。
裸電球の一つだけ燈る広い空間に、小さな椅子がぽつんと置かれている。
その椅子に腰掛け、所在無く俯いていた子供は、カカシの姿を見るなり嬉しげに微笑んだ。
「お兄ちゃん」
知らない人間に囲まれ心細い思いをしていたのだろう。
金色の髪の子供はカカシに向かって一目散に駆け寄る。

「お前の仕事の遣り残しだよ」

カカシの背後で、上忍が冷たい声音で呟いた。

 

「お前と懇意にしている死体処理班の人間が吐いたんだよ。暗殺命令の出ている母子をお前が密かに逃がして、死体の頭数を揃えるように頼まれたってな」
「・・・・」
「重大な命令違反だ」
上忍は淡々とした声で告げる。
屈んで子供を腕に抱いたカカシは硬直したように動かない。
事実を、否定できるはずもなかった。
カカシはやり切れない気持ちをこめるように、子供を抱く手の力を強くする。

「何故だ!」
カカシは大きくかぶりを振って上忍を仰ぎ見た。
「何故この子供を消す必要がある。木ノ葉の機密情報を他の国に流していたのは、この子の父親だ。子供には何の関係もないだろう」
「規則だ」
声を荒げるカカシとは反対に、上忍はにべもなく言い放つ。
「里の存続を危うくする罪を犯した人間は一族郎党全てを処分すると。子供の父親もそれぐらい覚悟の上だろう」

一呼吸おき、カカシをこの場まで連れてきた上忍は初めて表情らしいものを見せた。
口の端を吊り上げた、冷笑。
「女子供も容赦なく手にかけ、エリート街道まっしぐらだったお前らしくもない。近所に住んでいた子供だったから情が移ったのか」
「・・・・」
「母親の方はすでに処分された。それで、これはお前の残業だ。この子を始末したら今回の件は水に流してもらえるそうだ」

カカシは唇を噛み締め、上忍から視線を逸らす。
怯える子供を抱きしめて、なだめるしか出来ないことが悔しくて。
憐れな母子に何も出来なかった自分の無力さが、恨めしい。

苦悶するカカシを面白そうに眺めていた上忍は、最期に、和やかな口調で言った。
「本来ならば、命令違反は発覚した時点で死が待っているんだ。挽回のチャンスを下さった、おやさしい火影さまと上層部の方々に感謝するんだな」

 

二人の会話を理解出来ない幼子が、それでも不安げな眼差しをカカシに向けてくる。
知る辺とよく似た、澄んだ青の瞳。
つぶらな二つの眼が、カカシをじっと見据えていた。

 

 

 

雨の中。

サクラは軒下で傘をさしながらカカシの帰りを待っていた。
すぐに帰ると言っていたわりに、帰りが遅いことが気に掛かる。
待ち人が現れたのは、サクラが外に立って1時間ほど経過した頃だ。
「カカシ先生!」
傘を持たず濡れたまま歩くカカシに、サクラが慌てて走り寄った。
サクラは背伸びをし、何とかカカシを自分の傘の中に入れようと四苦八苦する。

傘を手に取ったカカシに、サクラはにこやかに話し掛けた。
「お帰りなさい。あのね、先生のいない間にいじってたらあの玩具直ったのよ。持ち主の子のところに送れば、きっと・・・」
「サクラ、それは必要ない」
カカシはサクラの言葉を遮るように声を出す。
「え?」
怪訝な顔で見上げてくるサクラに、カカシは力なく微笑む。
「もう、いらないんだよ」

カカシはなるべく言葉に感情をこめないよう心がけたのだが、その笑顔を見たとたんに、サクラの表情が曇った。
「・・・先生、何かあった?」
首を傾げ、はぐらかそうとするカカシにサクラは言い募る。
「先生、泣いてる」
「これは雨だよ」
「違う」
言下に否定すると、サクラは今にも泣き出しそうな顔でカカシを見上げた。
「先生、私の前で無理して笑ったりしないで」

自分を気遣っていることがよく分かるその視線に、声が詰まって、言葉が出なかった。
このままだと本当に泣いてしまうと分かっていたから。
カカシはサクラを抱き寄せた。
カカシの手を離れた傘が、からからと道端に転がる。

「・・・ごめん。濡れちゃうな」
カカシの謝罪に、サクラは無言で首を振る。

 

真相を語れば、サクラが自分以上に心を痛めると知っているから。
何も言えない。

それでも、サクラは黙って自分を受け入れてくれる。
そうした人間がいるというだけで、カカシは救われた気持ちになる。
サクラという癒しの雨が、自分の穢れを洗い流してくれるような気がした。


あとがき??
相互記念に頂いたイラストのお礼に書いたお話。
「雨」と「切なさ」がリクエストだというのに、ただの暗い話になってしまったような。(泣)
すみませんー!!
カカシ先生が母子を逃がそうとしたのは、近所に住んでたからじゃなくて、7班の下忍達と過ごすことで人としてのまっとうな精神を取り戻してしまったからです。
仕事とはいえ、誰でも暗殺任務なんて嫌だと思うので。

甘夏様、リクエスト有難うございました。


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