占いの神さま


「ちょっとそこのあなた」
飲み屋の建ち並ぶ夜の街で、唐突に呼び止められた。
付近を見回しても、倒れている酔っ払いが一人いるだけだ。
「俺?」
振り返ったカカシが人差し指で自分の顔を指し示すと、その人物ははっきりと頷いた。
彼女はシャッターの下りた飲食店の店先で、道行く人の邪魔にならないよう机を椅子を用意してちょこんと座っている。
ちょこんという表現まさにうってつけだと思えるのは、彼女がとても小柄な老婆だったからだ。
机の上には「占い」と書いた看板が置いてある。
カカシはこんな人通りの少ない場所で商売になるんだろうかと思った。

「なんですか」
カカシが訊くと、彼女は「来い来い」というように手招きをする。
暇そうに歩いていたから、もしかして商売の鴨だと思われたのだろうか。
無視して通り過ぎようかという考えがチラッよぎったが、なんとなく彼女の瞳に抗い難い力のようなものを感じた。
どうせこれからのスケジュールは誰もいない自宅に帰って寝るだけだ。

「俺のこと占ってくれるの」
カカシは彼女に応じて机の手前にある客用椅子に腰掛けた。
「そうだよ。お前さんにはとんでもなく不幸な道を歩んでいるという運勢が出ている」
カカシが座るなり彼女はいきなり不吉なことを口走った。
おいおい、普通の客だったらここで怒り出してるぞ、と思いつつ、カカシ自身が別段怒りを感じなかったのは、彼女の言葉がまさにその通りと思ったからだ。
今現在、暗部として暗殺任務に明け暮れる自分が幸せであるはずがない。
また自分は幸せであってはいけないと思う。

「お前さんにはこれからもありとあらゆる不幸が降りかかる。周りにある大切なものは全てお前さんの前から姿を消し、このままだと10年もしないうちに敵にやられてのたれ死にだね」
彼女はそう続けた。
可能性は否定できないまでも、ここまで言われてカカシの笑顔もさすがにひきつる。
「俺に殺されたいのかな。ばあさん」
額に青筋をたてながら言うと、彼女は即座に否定した。
「とんでもない。それにこのままならって言っただろう。お前さんにはまだ救いがあるんだよ」
「救い?」
カカシは彼女の言葉をそのまま繰り返す。
「そう。お前さんの前にいつか花の精霊が現れる。その精霊がお前さんの失ったものを再び与えてくれるよ。だけど彼女を手放せばお前さんの運命はさっき言ったとおりになる」
彼女の話がいきなり抽象的なものになってきた。
とんだ眉唾ものだと思いながらも、カカシは彼女のいう精霊という存在に少々興味を持った。

「彼女ってことはその精霊っていうのは女なのか」
「そうだよ」
「それが俺の前に現れるんだ」
「そう。まぁお前さんの救世主ってところかね」

何が可笑しいのか、彼女は終始笑顔でカカシの顔を見つめいる。
しかし、目は笑っていない。
全てを見透かすかのようなその瞳に、カカシは急に背筋が凍るような気持ちになった。
敵の前にいる時と、同じような緊張感。
カカシの顔からいつしか笑顔が消えていた。
目をそらすことも、言葉を発することもできない。
強張った表情のまま固まってしまったカカシに、彼女はふっと緊張の糸をとく。

「私の占いはこれで終わり。今日はもうお帰り」
それはまるで小さな子供をあやすかのような声だった。
彼女にからかわれたようで、カカシは非常に面白くない気持ちで乱暴に椅子から立ちあがる。
「不愉快だ。見料は払わないからな」
「いいよ」
彼女はあっさりと言った。
「占いが当たったと思った時に払ってくれれば」
睨みつけてくるカカシを相手に、彼女は余裕の表情でその視線をうけとめる。

(何者だ。このばあさん)

普通、上忍に睨まれればどんな相手だろうと竦みあがるものだ。
だが、彼女に臆した様子は微塵も感じられない。
逆にこちらが彼女の雰囲気にのまれている。
カカシは引き剥がすかのように目線を外すと、そのまま振り返ることなく立ち去った。

「精霊は春に咲く花の名前の娘だよ。よく覚えておいでね」
自分の背中に向かって投げられた彼女の言葉が、いつまでもカカシの耳に残った。

 

ジリジリジリジリジリジリジリジリ。

枕もとの目覚し時計がうるさくがなりたてる。
「夢か・・・なんであんな昔の夢」
カカシは時計を止めながら、そう呟く。
今の今まで全く忘れていたことだった。
休日の今日、彼女とのデートで待ち合わせた場所のせいだろうか。

 

時刻はカカシの目覚めた朝より、三日ほどさかのぼる。

「カカシ先生、今度の休み、占い横丁に行こよ」
「占い横丁〜?」
サクラの言葉にカカシは妙に間延びした返事をかえす。
もちろんカカシも占い横丁がどんな場所かは知っている。

占星術、タロットカード、姓名判断、四柱推命、ホロスコープ、おみくじと一般的なものから、マイナーなすし占い、昆虫占い、動物占いと、占いと関係するものならなんでも揃っているというまさに占い好きの年ごろの女子のメッカだ。
つまり、男子は非常に入りにくい雰囲気のある場所なのだ。
カカシの言葉に、ちょっと嫌だなぁというニュアンスが含まれていてもしょうがないことに思えた。

「何よー、その嫌そうな声は!私達の相性占ってもらうのよ。すっごく当たる占い師の人が現れたって評判なんだから。占いの神様とまで言われてるの。でもその人不定期にしか姿を見せないから、会えればいいけど」
サクラはすでに行く気満々だ。
こうなると誰にも止められない。
「10時に、占い横丁の入口の噴水広場で集合よ。少しでも遅れたら別れるからね」
「・・・はい」
うなだれたカカシは弱々しい返事をかえすのみだ。

惚れた弱みか、カカシは全くサクラには逆らえない。
しかも「別れるから」などという最終武器を使われては、反論の余地なしだ。
恨めしく思う反面、占いなどという不確かなものを純粋に信じているサクラがとても可愛いとも思う。
サクラは暗部にいた頃なら絶対に出会うことのなかった人種だ。
サクラの垣間見せる子供らしい反応一つ一つが、自分の目には新鮮で、輝いて見える。
できることならずっと傍で、その成長を見守っていきたいとカカシは思っている。

サクラはどうなんだろう。
別れるなんて気軽に口にするところからして、自分のことはそんなに好きではないのだろうか。
カカシはそうした想いをこめて傍らのサクラに視線を向ける。
サクラはカカシのその視線に気づいたのか、彼を見上げてこう言った。

「何、先生お腹すいたの?またご飯作りに行ってあげようか」
(・・・通じてない)
サクラにはカカシが急にしょげかえった理由が全く分からなかった。

 

そして、サクラが待ちに待った休日がやってきたというわけだ。

サクラの「別れる」という言葉がきいたのか、目覚し時計を3つかけたのが良かったのか、カカシは珍しく定刻に姿を現した。
「先生、凄い。やればできるんじゃないの。今日は雪が降るかもね」
自分の言った脅しの言葉も忘れて、サクラは感心したように言った。
「はいはい。で、その占い師とやらはどこにいるわけ」
カカシはサクラの頭をなでてから、彼女の手を引いて占い横丁の方へと歩き出す。
「うーん。確か“いわし占い”のすぐ近くって聞いたんだけど」

人出の多い午後をさけて、わざわざ午前中に待ち合わせたというのに、占い横丁はすでに混雑していた。
“いわし占い”とやらはすぐに発見できたのだが、肝心の占い師がどうしても見つからない。
2時間ばかり過ぎた頃、いわしを投げる“いわし占い”のパフォーマンスを横目に、カカシがサクラに声をかける。

「サクラ、もうあきらめたらどうだ。今日はきっともう来ないよ」
「・・・うん」
元気のないサクラを見ていると、カカシまで気分が滅入ってくる。
「別の占いじゃ駄目なのか。あれとか」
カカシは“いわし占い”を指差して言う。
「先生の馬鹿!!あんなの当たるわけないでしょ。それに別の占いじゃ意味ないのよ!」
そういうものなのかとカカシは思ったが、サクラもカカシも二人の会話が“いわし占い”の占い師の耳にしっかり届いていたことに気づいていなかった。
可哀想に、それまで意気揚々と客寄せのパフォーマンスを続けていた“いわし占い”の占い師はがっくりと肩を落として従者と共にすごすごと帰っていく。

結局、もう1時間してもその占い師は見つからず、横丁をあと一周してから帰るということでサクラもようやく納得した。
「大体、サクラはなんでそんなにその占い師にこだわってるんだ」
サクラがサスケを追いかけていた頃から分かっていたとはいえ、サクラの執念深さに呆れながらカカシが訊いた。
サクラは返答しようと口を開きかけたが、言葉は出なかった。
口を半ば開けた表情のまま、動きが止まっている。
カカシがサクラを訝しげに見たが、サクラはカカシを見ていない。
その視線はカカシのいる場所より、もっと後ろに向かっている。
カカシは振り返り、サクラの目線を追った。

そこにいたのは小柄な老婆の占い師。

「あの人よ、あの人!!話に聞いてたとおり、小さいお婆さん!」
サクラは興奮した声をだす。
彼女が店を開いてる場所は、先ほど“いわし占い”が行われていたすぐ近くだ。
そしてカカシはその占い師を信じられない気持ちで見つめた。
「嘘だろ・・・」
思わずそう呟く。
ちょうど今日カカシの夢に出てきたそのままの姿で、彼女がそこに存在していた。

 

「いらっしゃい」
彼女はサクラの後ろに立つカカシを見ようともせず、サクラに向かってそう言った。
サクラはというと、ずっと捜していた人が見つかったのだから当然にこにこ顔。
客用椅子が一つしかないので、サクラが座り、その後ろにカカシがいるという情況だ。

「相性占いして欲しいんですけど」
サクラがさっそくそう切り出す。
「後ろの人と?」
「そうです」
老婆が初めてまともにカカシの方を見た。
カカシはその目にドキリとする。
何を言われるかと内心ひやひやしていたのだが、彼女はただカカシとサクラの生年月日を訊いただけだった。

「相性は良いよ。そこの彼はあんたと一緒なら幸せになれるだろうね」
「本当ですか」
占い師の言葉に、サクラは嬉しそうに言った。
「だけどね」
占い師の言葉にはまだ続きがあった。
「あんたから見ると、また別なんだよ。あんたの運気を見てみると、そこの彼とより幸せそうになれそうな相性の男が周りにごろごろしてる。そっちの方に鞍替えした方がいいんじゃないかい」
サクラはきょとんとした顔で占い師を見ている。
カカシは、なんてこと言うんだこのババァと思ったが、彼女の矢継ぎ早の言葉に口をはさめなかった。

「年上だし、頼りになる人だと思って安心しているんだろうけど、本当は時間にルーズで、だらしなくて、いいかげんで、自分の興味のない人間には冷たいそんな奴だよ。やめときやめとき」
まるで見てきたようにぺらぺらとカカシの欠点を並べたてる。
「サクラ〜」
思わず、うんうんと頷いていたサクラは、カカシの情けない声で我に返る。

サクラはにっこり笑って言った。
「お婆さん、有難う」
カカシは今度はサクラの言葉にギョっとする。
付き合って半年もしないで捨てられるのかと意気消沈したが、サクラの次の言葉はカカシが思ったこととは全く別のものだった。

「でも私、先生のそのどうしようもないところも好きなんです。もし先生が完璧な大人だったら、私なんて必要じゃないだろうし、好きにならなかったと思う。先生は私が起こしに行かないと遅刻ばかりだし、私が料理作ってあげないと出来合いのものしか食べないし、私が誘わないと休日も賑やかな場所に行こうとしない。心配で放っておけないわ。そして私もそんな先生と一緒にいる時間が楽しくて大好きなんです。だから私は先生がいいんです」

言い終わったあと、さすがに照れくさくなったのか、サクラは頬をかいてエヘヘッと笑った。
カカシはというと、サクラの言葉に素直に感動していた。
サクラの気持ちを疑っていた自分が恥ずかしくなる。
涙が出そうになり、カカシは無意識のうちにサクラを後ろから抱きしめた。
「せ、先生。人が見てるってば!」
サクラが悲鳴のような声をあげたが、カカシはサクラを放さなかった。

 

花の精霊。春に咲く花の名前。桜。サクラ。
昔、この占い師が言っていたのは絶対にサクラのことだ。
案の定。

「今度は代金もらうからね」
ニヤリと笑って言う彼女の言葉に、カカシは素直に頷いたのだった。

 

占い横丁を出た後、二人は食材を買い込んでカカシの家へと向かっていた。
「先生、あの占い師の人と知り合いだったの?」
最後の会話のやりとりや、カカシが彼女に支払った通常の倍以上の金額の見料から、サクラは怪訝そうにカカシに訊く。
「んー、まぁな。そういや、サクラがあの占い師にこだわってる理由ってなんだったんだ?」
「ああ」
思い出したかのように言うカカシに、サクラが答える。
「あの人に相性が良いって言われた二人はずっと一緒にいれて、幸せになれるってジンクスがあるって話だったから」

なんのことはない。
サクラが占い師を必死に探していたのは、カカシに対する想いからだった。
それが分かって、カカシの胸に再び暖かいものが湧き上がってくる。
年の差や、階級を気にして自分ばかり不安なのだと思っていたけれど、サクラも同じ気持ちだったことに初めて気づいた。

「先生。あのお婆さんが先生について言ったこと、大体当たってたよね」
サクラがくすくすと笑って口元に手を当てる。
「でも、私に関してはちょっとはずれてたみたい。だって、私、先生と一緒にいてこんなに幸せなのに、他の人ともっと幸せになれるなんてあるわけないもの」
カカシはサクラが言葉をいい終わらないうちに、彼女の身体を抱きしめた。
買い物袋が落ちた音がしたが、そのようなことは気にしていられない。

「だから、放さないでね」
「頼まれたって、放さないよ」
カカシは不安そうにカカシの背に手を回してきたサクラに、彼女を抱く腕の力を強くして答えた。


あとがき??
なんだか意味もなく長いわぁ。いわし占いとか出てきてるし。(笑)
これずーーーっとバイト先で書いてました。
カカサクばっか書いてたからサクカカにしようと思った。でも失敗。
なんか、おおっぴらに二人でデートしてますね。
周りは何も言わないのかしら〜。

占い師って確か、良いことしか言っちゃいけないのよね。
悪い卦が出てても、こうすれば良くなりますよ、と言うものなのだそうだ。
私は結構占いを信じるたちでして、同じ神社で二回続けて凶をひいた日は死にたくなりました。どよーん。


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