帰郷 5


里に帰ってからというもの、サクラは頻繁に昔の夢を見る。
失ってしまった記憶の埋め合わせをするように。
内容はごく最近のものと思われるものや、アカデミーに入る前のものとまちまちだ。
目覚めてしまうとそれはひどく曖昧になってしまう。

今日のサクラは、下忍の時分に戻っていた。

7班の集合場所である橋の袂。
ナルトやサスケと一緒に、サクラはなかなか来ない人をずっと待っている。
彼が1、2時間待たすことなんてざらのこと。
その間、サクラとナルトは休むことなく彼への不満を口にした。
サスケは黙っているが、内心は二人と同じ気持ちなのだろう。

 

やがて現れるその人は、決まって明らかに嘘と分かる言い訳をする。
もちろん、そんな彼に下忍達は反発した。
だのに、当の本人がどこ吹く風といった様子で平然としているものだから、その怒りも長くは続かない。
そうして、またいつもの毎日が始まる。

それぞれ差異はあったけれど、生徒達は確かに彼を慕っていた。
分かっていたからだ。
彼がどれだけ親身に生徒のことを考えているか。
彼の存在が自分達の支えになっているのかを。

 

 

「あれ」
目を開けたサクラはその頬が濡れていることにすぐに気付いた。
「・・・何で私、泣いてるんだろう」
半身を起こしながら呟く。

夢の内容はすでにうろ覚えだ。
ただ待ち人が現れるまでの心細い気持ち。
それをごまかすようにして愚痴をこぼしたこと。
そして、下忍達に平等に向けられる彼の優しい眼差しだけが心に残っていた。

ベッドから立ち上がったサクラはせわしなく支度を始める。
久々に仕事がオフの日。
丁度大手百貨店のバーゲンが始まったこともあり、サクラはいのと買い物に行く約束をしていた。
昨日の夜から少し風邪気味で熱があったのだが、次の休みは当分先だ。
サクラは気合を入れるようにして頬を一度ほど軽く叩いた。

 

 

「危ない!」
ハッとなるのと同時に、サクラは声を出した人物に腕を掴まれた。
目の前には壁がある。
そのまま歩いていたら確実にぶつかっていたことだろう。
時間が経つに連れ、熱が高くなり意識が少し朦朧としていたようだ。
「あ、すみません」
サクラがおじぎをしながら振り向くと、そこにいたのはカカシだった。
「気をつけなさい」
叱るように言ってカカシはすぐに手を離す。

足早に立ち去ろうとしたカカシの服を、サクラは知らずに掴んでいた。
驚いて振り返ったカカシの顔を、サクラはしげしげと見詰める。
「・・・何」
「カカシさん、何でいっつも眉間に皺を寄せてるのかなーって思って」
サクラは自分のおでこに人差し指をあてながら言う。
カカシはサクラの言葉どおりに眉をひそめると、不機嫌そうにサクラから目線を逸らした。

その横がを見ながら、どうしてか、サクラはひどく悲しい気持ちになる。
夢ではいつも笑顔だったカカシだが、現実には全く笑った顔を見たことがない。
下忍の時から今の間に、何か自分が彼に嫌われるようなことをしたのかと、不安になった。

「あの、カカシさん、私のこと嫌いなんですか」
サクラは思うままにカカシに問い掛ける。
サクラの泣きそうな声音に反応し、カカシはその日初めてサクラの顔をまともに見た。
「・・・・嫌いだったら探しになんて行かなかったよ」
夢で見たのとは違う、カカシの寂しげな笑み。
「思い出してくれよ。・・・・俺のことだけでも」

サクラがその言葉の意味を訊ねるよりも早く、カカシは空を見上げた。

「雨だ」

 

つい10分まえまで、降水確率0%の予報通りの晴天。
もちろん、サクラは傘を持参せずに町に来ていた。
「走るぞ」
サクラの返事を待たずに、カカシはサクラの手を取って走り出した。
同じように慌しく走る通行人達にまじり、カカシは雨露をしのげる場所を探して視線を彷徨わせる。
だが、カカシに手を引かれながら、サクラは全く別なことを考えていた。

温かくて、大きくて、安心する。
探していた手。
繋いだ瞬間に、すぐにこの人だと分かった。

そのことを伝えようと思ったのに、サクラは視界が揺れ始めてそれ以上立っていることができなくなった。

 

 

「私ね、カカシ先生と手を繋ぐの好きなんだ」

まだサクラが下忍だったときのこと。
カカシが任務の報告に向かう途中、サクラが催促して、二人で手を繋いで歩いた。
そして他愛のない会話の途中の、突然の告白。
驚いたようだったカカシは、すぐに笑顔を見せた。

「じゃあ、ずっと繋いでいてあげる」
「ずっと?」
サクラは繋がれた手を見詰めながら訊ねる。
「ずっとってどれくらい」
「ずっとは、ずっとだよ」
カカシは何でもないことのように言うと朗らかに笑った。

その笑顔を見て、サクラは初めてこの人を独り占めしたいと感じた。
ナルトやサスケと同等ではなくて。
自分だけの・・・。

 

「・・・カカシ先生」

 

目に入ったのは見慣れた天井と、心配そうに見詰めるカカシの姿。
たぶん、ここはカカシの自宅。
熱を出して倒れたサクラは彼に連れてこられたのだろう。
額には濡れたタオルの感触がある。
カカシに向かってサクラは微笑んだ。

「ただいま」
「サクラ、風邪ひいてるのに何でふらふら出歩いてるんだ!40度近く熱が上がって、こっちは生きた心地がしなかったんだぞ!」
呟いた直後に、サクラはカカシに怒鳴られる。
「・・・ごめんさい」
その剣幕に一瞬呆気に取られたサクラだが、自分の非を認めて素直に謝罪をした。
頷いたカカシは、ふいに、聞き逃したサクラの言葉に気付く。

「サクラ、なんて言った?」
「ごめんなさい」
「その前」
真剣な眼差しのカカシに、サクラは顔を綻ばせる。
「ただいまって言ったのよ。カカシ先生」

両手を広げると、サクラはカカシに向かってにっこりと微笑んだ。
「久しぶり」
その笑顔は、記憶がなかったときの陰りは微塵も感じられない。
そして“さん”付けではなく、“先生”の呼び名。
その意味を悟り、感極まったカカシはなかなか言葉を発することが出来なかった。

「・・・・あんまり心配かけるなよ」
「うん」

 

その腕に抱きしめられ、サクラは安堵の気持ちで満たされる。
ようやく帰ることが出来たと感じられた瞬間だった。


あとがき??
・・・・長い。
元ネタが影も形もなくなってすみません。(本当に)
ちなみに、いのちゃんは待ちぼうけ。(汗)


駄文に戻る