過去が未来に復讐する 1


街の賑やかな通りを歩いていたとき、サクラは偶然カカシと出くわした。
とはいっても、サクラが声を掛けなければ、カカシは彼女に気付かずそのまま通り過ぎていたかもしれない。
花束を片手に、何か考え事をしているように歩いていたカカシ。
その表情は暗く、影を引きずって歩いているような感じだった。

「先生」
一度の呼び掛けでは、カカシは振り返らない。
その後ろ姿に、サクラは漠然とした不安を覚えた。
「先生、カカシ先生」
名前を連呼したサクラが人込みに紛れそうになるカカシの腕を何とか掴まえる。
驚いて振り返ったカカシは自分の腕を掴んでいる人間の顔をまじまじと眺めた。
「・・・カカシ先生」
呟かれた声に、カカシはようやくその人物が誰だか分かったようだ。
「ああ、サクラ。ごめん」
優しく頭を撫でるカカシに、サクラはためらいがちに笑顔を返す。

「お花なんて持ってどこ行くの?」
「墓参り」
カカシが手にした花を上向きにすると、その花は菊だった。
サクラはカカシの雰囲気が平常と違ったものだった意味を悟る。
きっとカカシはこれから墓参りをする故人に思いを馳せていたのだろう。

「お前も行くか?」
自分の腕を掴んだままのサクラに、カカシはさらりと言った。
暫く思案したあと、サクラは首を縦に動かす。
知らない人間の墓参りに付いていっても楽しくないと思うが、サクラはカカシが誰の墓参りに行くか興味があったのだ。
日頃、カカシは自分の過去について下忍達に全く語ろうとしなかった。
それにカカシと二人きりで行動するのは久しぶりだということも、もちろん考慮していた。

 

「どっか行く途中だったんじゃないのか」
手をつないで歩きながら、カカシはサクラに訊ねる。
「たいした用事じゃないから平気よ」
サクラは平然と答えたが、これは嘘だった。
実は母親に頼まれて夕飯の買い物に行くところだったのだ。
帰ったらきっと母に大目玉をくらうだろう。
それでも、サクラにはカカシとこうして並んで歩ける時間の方が貴重に思えた。

お墓まいりの途中で不謹慎だとは思うが、サクラは浮き立つ心を止められない。
そうした気持ちが伝わったのか、カカシは訝しげに訊いた。
「サクラ、何か良いことあったのか」
鈍いカカシの一言にサクラは思わずガクンとこけそうになる。
恨みがましい視線をカカシに向けるが、カカシは全く気付いた様子はなかった。

 

 

サクラはてっきり以前、下忍進級試験が行われた場所にあった墓に行くのかと思っていたが、違った。
たどり着いた先は鬱蒼とした森の中。
こんな山の斜面によく作ったものだと思うところに、その霊園はあった。

夏の盛り、汗ばむ陽気だというのに、急に体感温度が5度は低くなった感じがする。
サクラはそれはこの場所が木蔭にあるという理由だけではないような気がした。
どうしてか、あまり長居したくない気持ち。
汗は顔から滴っているのに、身体の芯は寒いような奇妙な感覚がある。
サクラは一刻も早くこの場から去りたいと思ったが、自分がついていくと言ったのだ。
今さら引き返すことはできない。

「サクラ、顔色悪いぞ。大丈夫か」
振り向いたカカシは、うつむき加減に歩くサクラを見遣る。
「平気・・・」
何とか返事をしたものの、サクラの声はうるさいくらいに鳴く蝉の声にかき消されるほど弱々しいものだった。
カカシは具合の悪そうなサクラが心配ではあったが、目的の場所はすぐそこだということを考慮してそのまま歩みを進めた。

無縁仏と思われる、岩に苔むして荒れ果てた墓石の間を掻き分けて、二人は歩き続ける。
圧倒的な森の緑と耳鳴りのように伝わる蝉の声に、押しつぶされそうな感覚だった。

 

「ここだ」
カカシがようやく立ち止まり、サクラは額の汗を拭って一息つく。
その墓は周りに草が伸び放題になっている他のものと違って、小奇麗な印象があった。
そして、すでに水をはった桶に花がいけてある。
「誰か来てたのかな」
サクラは周囲に視線を走らせたが、人の気配はない。
カカシはサクラの言葉には反応せず、ただ墓石をじっと見詰めている。

「先生?」
いつもと違うその空気を感じ取り、サクラはカカシに問い掛けるような声を出した。
無言のままのカカシにサクラは不安になる。
だがもう話し掛けることはしなかった。
何故だか今カカシの邪魔をしてはいけないと、そう思ったのだ。
サクラもカカシと並んでその墓石を眺める。

誰のお墓なんだろう。

それをカカシに訊いていいのかどうか、サクラは迷った。
墓石に名前は刻まれていない。
カカシとは、どんな関係だったのか。
どうして死んでしまったのか。
訊きたいことは山ほどあるのに、伺い見るカカシの横顔はどうも訊ねることを良しとしていない。
それならば。
何故カカシが自分をここまで連れてきたのだろう。

 

疑問に思った瞬間。
ふいに、サクラは視界が歪んだような気がした。

 

 

瞬きをした僅かな時間のあと。
サクラは森の中にいたはずの自分が、見通しの良い野原に立っていることに仰天した。
白昼夢?
それとも今までのことが夢だったのか。
サクラの頭はパニックをおこしかけていた。

頭を抱えるのと同時に、サクラの視界に何か煌くものが入った。
サクラは光の見えた方向へ懸命に目を凝らし、少しずつ近寄ってみる。
それは戦っている二人の忍びの使っている刃がぶつかり合う光だった。
サクラとその忍び達との間はまだ少し距離が開いていたが、遮蔽物がないために彼らの行動はよく見ることができる。
そして状況の不自然さに、サクラはすぐに気付いた。
いくら近づいても全く彼らがこちらを振り向くことはなく、サクラの姿が見えてないような感じだった。

驚く事に、二人のうち、一人はサクラのよく知る人物。
それでも、身にまとう服や印象がまるで違う。
年齢が若いということもあるが、その瞳が、今とは比べ物にならないほど暗い色をしているように見える。
彼は相対する忍びに、何か一言二言、言葉を投げた。

そして・・・・。

 

 

「どうして殺したの」

 

唐突に発せられた言葉に、カカシは目を見開いてサクラを見た。
サクラは未だに墓石を見詰めたままだ。
聴き違いか。
だが、今の声は間違いなくサクラのものだった。

「サクラ」
カカシはサクラの肩に手を置いて軽く揺すった。
それでも、サクラは呆けたように前方を見詰め続けている。
「サクラ」
強く名を呼ぶと、サクラは我に返ったかのように墓石から目を離し、カカシを見上げた。

「え?」
「サクラ、今・・・」
そのまま言い淀むカカシに、サクラは首を傾けた。
「何、私、何かした?」
サクラは先ほどの自分の言葉を全く覚えていない様子で、きょとんとした顔つきだ。
一瞬呆気にとられたカカシは、すぐに表情を和らげる。
「疲れたか?」
「ちょっと」
「じゃあ、そろそろ帰るか」
「・・・うん」
頷いたサクラは、どこが覇気のない声で応じた。

 

「どうして殺したの、か」

サクラと別れた後、カカシは一人呟いた。
サクラと会ったのは暑い盛りの日中だったが、今は夕日が地表にカカシの影を長く作っている。

同じ言葉を、数年前に言われた事があった。
相手はちょうどサクラと同じ年頃の少女。
憎しみで人を殺せるとしたら、彼女の瞳はきっとあの時自分を射抜いていただろう。
それほどの憎悪のこもった瞳で睨まれた。
あの瞳を忘れる事は、たぶん一生ないだろう。

どうしてサクラをあの場所に連れて行ったのか。
カカシは自分でもよく分からなかった。
誰にも知られたくない過去のはずなのに。
あのとき、自然にサクラを誘う言葉を吐いていた。

無理に理由を付けるのなら、怖かったからかもしれない。
一人で、あの場所へ行くことが。

 

 

翌朝から、サクラは急に体調を崩した。

最初は足に筋肉痛のような痛みが走り、次第に錘がついているかのように足が重くなり、ついには歩く事ができなくなった。
サクラの両親は当然方々の医者に頼んで診てもらったが、彼女の病の原因は分からない。
今では起きていられる時より寝込んでいる時の方が多いらしく、カカシがナルトやサスケと共に見舞いに行った時も彼女の瞼は閉じられたままだった。

「カカシ先生、サクラちゃん大丈夫かなぁ」
見舞いから帰るカカシ達の足取りは限りなく重い。
「大丈夫だよ」
カカシはナルトの頭をポンと叩いたが、根拠のないその返答はナルトの心を少しも軽くしてくれなかった。
そしてカカシの心にも、不安は浸透していく。

 

墓参りの直後。
あの時のサクラの不可解な言動。
これらがサクラを襲った原因不明の病と、関係ないと言い切れるだろうか。

もしかしたら、サクラを連れて行こうとしているのかもしれない。
自分の代わりに。

 

「・・・俺に復讐しようっていうのか」

知らずに口から出た言葉に、ナルトとサスケは怪訝な顔で振り返る。
カカシのその問いに答えてくれる者は誰もいなかった。


あとがき??
長い、から切ってみた。
今のところサク→カカなんですけど、後半は途方もなくカカサクでいやになります。(たっけてー!(泣))


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