王様と私 2


「これは西方から来た行商人から高い金を出して譲ってもらったものでね。何でも願いを叶えてくれる精霊が宿っているって言われたんだ。信じていたわけじゃないけれど、物珍しさで買ってみたのさ」

元持ち主は、壷を片手にそれを手に入れた経緯を話し出す。
飾りの派手な服を着た、あまり気品の感じられない中年の男だ。
湿った感じの、嫌な声だとサスケは思った。

 

「どう試しても、精霊は出てこなかったんだが。君はどうやって精霊を呼び出したんだ?」
元持ち主は嘗めるようにしてサスケを見る。
「別に、特別なことは何も・・・・」
「そんなはずはない!」
サスケの返答を聞くなり、元持ち主は声を荒げた。

機嫌のすこぶる悪い彼を前に、サスケは舌打ちをしたい気持ちを何とかこらえる。
相手は木ノ葉隠れの里に多大な出資をしている富豪。
怒らせるのは得策ではない。

サクラをこの場に連れてこなかったのは正解だった。
言葉と裏腹に壺に執着しているように見える彼ならば、精霊であるサクラを目にして、ただで帰すはずがない。
サクラが元持ち主の前に姿を現さなかったのは、「顔が好みじゃなかったから」というしごく単純な理由だったのだが、サスケも元持ち主もそのような事情を当然知らない。

 

「まぁ、この壺は約束通り返すよ」
ふいに口元を緩ませたかと思うと、元持ち主は壺から手を離した。
薄い陶器の壺は、大理石の床に落とせばひとたまりもない。
そして、周りにいた人間全てが目を見開く中、落下した壺は音を立てて割れる。
粉々の破片が床に散らばり、サスケは目の前が真っ白になった気がした。

「ちょっと、あんた!」
「悪いね。手が滑ったよ」
詰め寄ったカカシに、元持ち主は意地悪く笑う。
だけれど、その声はサスケの耳に全く届いていなかった。
代わりに頭の中をリフレインした、サクラの言葉。

 

『消えちゃうのよ。綺麗さっぱり、跡形もなく』

 

「サスケ!」
カカシが振り向いたときには、サスケの姿はもうどこにもなかった。

 

 

 

チャイム音にはまるで反応はなく、サスケははやる気持ちを抑えながら自宅の玄関の鍵を開ける。
朝方サクラと話していたことが、現実になってしまった。

壷が消えれば、サクラも消える。
あまりに人間味に溢れていたから、すっかり忘れていた。
サクラは人ではなく、精霊だ。
何かの拍子に消えてしまっても、不思議ではない。

 

「サクラ」
サスケが隣りの家に聞こえるかというほどの大声で呼び掛けても、返事は聞こえなかった。
付けっぱなしにされたTVが、つい先ほどまで視聴者がいたのを物語っている。
サスケの言い付けを守っていたのか、靴は確かに玄関に置いてあり、サクラが外出した気配はなかった。
それなのに、サクラは姿を見せない。

サスケはTV画面を見つめたまま、床に膝をついた。
全身の力が抜けてしまったようで、声を発することが出来ない。
現実を受け入れられず、思考が上手くまとまらなかった。

 

 

どれくらいそうしていたのか、サスケが身動きをしたのは動物の声が聞こえたからだ。
見回すと、犬がいなかった。
自由に部屋を行き来していたはずの、飼い犬が。
犬の鳴き声に導かれるままに、サスケは立ち上がる。

犬は、キッチンの隅に隠れるようにして座っていた。
見知らぬ、一人の人物と共に。

 

「・・・サクラ?」

サスケの口からもれた呟きに、膝を抱えて座る彼女は肩を震わせる。
黒い髪と黒い瞳の、年の頃7、8歳の少女。
だけれど、顔立ちはそのままサクラのものだ。
怯えた眼差しの彼女が何か言葉を発する前に、駆け寄ったサスケは彼女を抱き寄せていた。

「いるなら返事をしろ!馬鹿」
すぐ耳元で怒鳴られ、サクラは顔をしかめる。
サスケの腕の力は思いのほか強く、息をするのも苦しかった。
それでも、サクラは自分の肩に掛かった黒髪を気にしながら声を絞り出す。
「で、でも、もう私はサクラじゃないのよ。壺が無くなったから、魔力が全部消えちゃったの」

髪や瞳の色、年齢はサクラが壺の中にいる時に魔法で変えていたものだ。
それが、魔力の源である壺が割れたことで、元の姿に戻ってしまった。
魔法の使えない自分に、サクラは何の価値も見出すことが出来ない。
サスケが帰ってきたときに思わず隠れてしまったのは、追い出されることが怖かったからだ。

 

 

「名前なんて、どうでもいい」
サクラの不安を知ってか知らずか、サスケはサクラを抱いたまま呟いた。
腕の中の温もりに、心から安堵している。
いろいろと面倒を起こす存在だが、それはけして嫌な気持ちではなかった。

「精霊でも、犬でも猫でも、何でも構わない。だから、いなくなるな」

 

その瞬間、サクラははっとして顔をあげる。
抱きしめられている状態ではサスケの顔を見ることが出来ない。
だが、声音は真剣そのものだった。

「それは、願いごと?」
「・・・・」
無言の答えを肯定と取り、サクラは徐々に顔を綻ばせた。
「良かった」
サクラは小さな手をサスケの背に回してギュウッと力を込める。
「それなら魔法を使わなくても叶えられそう」


あとがき??
元ネタというか、シチュエーションとか台詞はそのまんま、秋生とりこ先生の『TOOCA』。
あまりのラブっぷりに途中で何度も筆を折りそうになりましたが、頑張りました。
もうちっと歯の浮く台詞が並んでいたのですが、挫折!!根性無し。
サクラをちっちゃくしたのは、精霊だったときのサクラと違いを明確にしたかったから。
それと、12歳の少年と8歳の少女が手を繋いで歩いてたら、可愛いじゃないですか!!!(力説(笑))
それだけ。

これ、実は続きがあります。タイトルは『王様のように考える』。
新キャラが登場し、唐突にカカサクっぽくなるかも。(でも、最後に勝つのはサスケくん)
いずれ書くかもしれないので、王様シリーズと名づけることにしよう。(←寺村輝夫、大先生)

 

はい。上記までが、去年書いた文章。
この作品、完成したのは半年以上前なのに、なかなか日の目を見なかった。(^_^;)
たぶん、当時はサスサクに抵抗があったのでしょう。
よく覚えてないですが。
続き、読みたい人いるんでしょうか。


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