小桜日記
私の一日は朝、パパを起こすことから始まる。
パパは寝起きが悪い。
放っておくと、いつまででも寝ている。
ママが朝食を作っている間にパパを起こすのが私の日課。
夜寝る時間が異なっていても、朝は家族揃って食事をするのがママのモットーなのだそうだ。「起きてー」
ベッドの傍らでいくら体を揺すっても、パパは目を開けない。
体の上に乗って足をばたつかせても駄目。
そうなると、私は最終手段に出るしかなくなる。
「起きなきゃ、ママがパパを嫌いになるって言ってるよ」少しもしないで、パパはむくりと半身を起こす。
「・・・・おはよう」
まだ寝ぼけ眼のパパは、ぼそぼそとした声で呟く。
「おはよう」
私はにっこりと微笑んで明るく応えてあげた。
朝食のメニューは日曜日以外は和食。
パパがパンよりもご飯が好きだから。
そして、今日はパパの好きな茄子のお味噌汁があった。「サクラの料理は世界一だね」
煮物に箸を付けながら言うパパに、ママは苦笑した。
「毎日言われてたら有り難みがなくなるわよ」
私にしても耳にたこの状態だったけれど、パパはきっと本気で言っているのだ。
その満面の笑みを見れば分かる。私はいのおばさんのところで食べた卵焼きがママのより甘くて美味しいと思ったのだけれど、黙っておく。
怒るとパパより怖いママに逆らうのは得策じゃない。
「いってらっしゃい」
ママはパパと私を玄関で見送った。私を木ノ葉幼稚園まで送ることは、パパの仕事。
パパと手を繋いで歩く短い時間に、私はいろんなことをパパに喋る。
幼稚園のお友達の話や、先生の話や、公園のお花の話や、近くの家で生まれた子猫のこと。
いちいち大袈裟に驚いたり、一緒に笑ったりして話を聞いてくれるパパは、世界一のパパだと思う。
でも、今日は話の途中で幼稚園の門まで来てしまった。がっかりとした私に、パパは屈んで耳打ちした。
「今日は仕事が早く終わる予定だから、迎えに来るよ」
「うん」
元気良く答えた私に、パパは優しく頭を撫でてくれた。先生に私を託すと、パパは手を振っていなくなった。
先生はその後ろ姿を見詰めてほうっとため息をつく。
「小桜ちゃんのパパ、素敵ねぇ・・・」
「うん」
私は頷いて先生の言葉を力強く肯定する。パパは幼稚園の先生達の間で密かな人気者。
これはママには内緒の話。
パパが浮気をすることはありえないから、言ってもいいと思うけれど。
ママが悲しむと嫌だから。
土曜日ということで、午前中に粘土遊びと折り紙をしただけで帰宅時間になる。
朝に言ったとおり、パパはママと一緒に迎えに来てくれていた。「今日はお外で食べて帰ろうか。何食べたい?」
私の手を取りながら、ママは微笑んで言う。
パパがいると、ママはどこか嬉しそう。
私も、もちろん嬉しい。
散々悩んだ結果、私達は町で評判のお蕎麦屋さんに寄って帰ることになった。店を出るなり、ママは訝しげな顔になる。
「・・・先生、何でこっち側にくるのよ」
その声に顔をあげると、傍らにいたパパの姿がない。
見ると私を通り越して、ママがパパと手を繋いで歩いている。
文字にすると、「私、ママ、パパ」の順に並んで歩いていることになる。
ママが言っているのは、「パパ、私、ママ」というように子供の私が真ん中に来るべきだということ。
「ああ、そうか」
パパは笑いながら頭をかく。これはうちの家族ではよく見られる光景。
ママが私にかまうたびに、パパが割って入ってくる。
そのたびに、私はパパは本当にママのことが好きなんだと思う。
とってもとっても羨ましいけれど、ママはパパのお嫁さんだから仕方がない。
夜になると、パパとママのお友達のナルトが家にやってきた。
任務で外の国に行っていたらしくて、山ほどお土産を持ってきてくれた。「これは小桜ちゃんに」
ナルトは私にチョコレート入りのマシュマロをくれる。
私の大好物をちゃんと覚えていてくれたみたい。
「有難うー」
飛びつくと、ナルトはぎゅうって抱きしめてくれた。ママが料理をしている間、ナルトと私は居間で座って待っていた。
画面に映っているアニメに夢中になっていると、いつの間にかパパが傍らに立っている。「・・・小桜、こっちおいで」
パパは私がナルトの膝の上にのってTVを見ていたのが、気に入らないみたい。
私がパパの言うとおりに移動すると、今度はナルトが不満気な顔つきになる。「カカシ先生、サクラちゃんも小桜ちゃんも両方独り占めなんて、ずるいってばよ」
「いーんだよ。なー、小桜」
パパは私を抱き上げて同意を求めたけれど、返事がしにくい。
「どっちか譲ってよ」
「小桜は渡さないぞ」
「じゃあ、サクラちゃん」
子供心にも、それが禁句だということは分かった。
案の定、パパの体が緊張してる。
私は恐る恐るパパの顔を窺う。「本気?」
からかうような声音。
だけれど、顔は笑っていない。
室内に涼しい風が入り込んだような気がした。
汗を流しながら首を振るナルトに、パパはようやく表情を崩す。あとは、二人の乾いた笑いが室内に響いた。
「あら、楽しそうね。ご飯できたわよ」
居間を覗いたママが笑顔で告げる。
神の助けがやってきたような感じだった。
穏やかな夕食が終わって、夜の8時を過ぎたあたりから瞼が重くなってくる。
「あれ、小桜ちゃん寝ちゃってるよ」
うとうととソファに横になる私を、ナルトが抱え上げた。
「部屋に運んじゃうよ」
「おー、頼んだぞーー」
お酒を飲んで酔っ払ったパパの声がおぼろげに聞こえる。
それが合図だったように、私の意識は深いところに沈んでいった。
ナルトの腕の中は暖かくて、ソファよりもずっと居心地がいい。
パパがいて、ママがいて、ナルトがいて。
ずっと皆で一緒にいられたらいいと思う。これが私の一日。
あとがき??
『カルバニア物語 7』を読んで書きたくなった話。