弟君 2


「本当に一人で大丈夫かしら。心配だわ」
「大丈夫だよ。あの子、サクラに似て賢いし」
「でも・・・」
なおも言い募ろうとしたサクラを、カカシは目で制する。
口をつぐんだサクラは、浮かない表情のまま俯いた。

 

うららかな春の陽気に誘われ、街は人でごった返している。
だが、カカシが何を言っても、サクラの態度はどこかぎこちない。
そして、道々で小桜や快と同じ年頃の子供を見かけるたびに、反応して振り返っている。
サクラの心情が手に取るように分かり、カカシは思わず忍び笑いをもらした。

「あのな、サクラ。家にはパックンを置いてきてるから、本当に大丈夫なんだって」
「え!?」
「よほどのことがなきゃ、顔出すなって言ってあるけどね」
悪戯な笑みと共に、カカシはウインクを一つする。
カカシの意図を理解すると同時に、サクラも徐々に顔を綻ばせた。
「・・・・そっか」

カカシの忍犬であるパックンとは、サクラも何度も顔を合わせている。
少し口うるさいが、何かと頼りになる犬だ。
彼が付いているならと、サクラもようやく心の錘が取り払われた気がした。

 

 

 

「もぅ、うるさいってばー!!」
大泣きする快に負けじと、小桜は声を張り上げる。
一度泣き出した快は、小桜が何とかあやそうとしてもまるで効き目がない。
見たところおむつが濡れているわけでもなく、泣いている原因が全く分からなかった。

「・・・私だって、急に一人にされて、もう泣きたいわよ」
張りつめていた気持ちが緩んだのか、小桜の顔も段々と歪んでいく。
もはや泣く寸前だった。
彼が現れなかったら、小桜は間違いなく泣き叫んでいたことだろう。

 

「あー。二人に泣かれたらうるさくてかなわん!」

何の前触れもなく、小桜の前に忽然と登場したパグ犬。
小桜は引きつった顔のまま動きを止める。
喋る犬など、今まで見たことも聞いたこともない。

「腹が減っているんだろ。おい、早くミルクを用意しろ」
「・・・ワンちゃん。何で喋れるの」
泣き続ける快のことよりも、小桜は当座の疑問の方を優先する。
パグ犬は自分をしげしげと見詰める小桜を、じろりと睨め付けた。

「じゃあ、何でお前は喋れるんだ」
「・・・それは」
言い淀む小桜に、パグ犬はふんっと鼻を鳴らす。
「目の前にあるものは、信じてりゃいいんだよ。それと、拙者はパックンだ。可愛いワンちゃんなんて、呼ぶんじゃねーぜ!」
「う、うん」
さっさとキッチンへと走っていってしまったパックンに、小桜は「可愛いは言っていない」というツッコミをすることは出来なかった。

 

 

 

「冷蔵庫は開けっ放しにするな」
「粉ミルクの場所はここだ」
「おい、火が強すぎるぞ」

小桜のすることなすこと、いちいちパックンが口を挟む。
「お前、普段全然家の手伝いとか、してないだろ」
図星を指され、小桜は声を詰まらせる。

「だ、だって全部ママがやってくれるもの」
「そのママだって、快が生まれて大変なんだ。お前もママが倒れたら嫌だろ」
「・・・うん」
「たとえばな、ママが洗い物してるときに、お前が弟を見ているだけで随分と助かるんだぞ」
「・・・うん」
パックンの言葉はいちいちもっともで、小桜は全く言い返せない。
うなだれる小桜に、パックンは少しだけ口調を和らげる。
「ほら、お前の弟がミルクを待ってるぞ」

 

 

「・・・ちっちゃいねぇ」

ほ乳瓶に添えられた快の手を見ながら、小桜はしみじみと呟く。
人形のような小さな手には、小桜と同じようにきちんと指が五本あり、爪も付いている。
そんな当たり前なことに、いちいち感動してしまう。
思えば、赤ん坊をこうしてじっくりと眺めたのは初めてだ。
いつもはサクラの気を引くことばかり考えていて、快の方を見ようとも思わなかった。

ミルクを飲み終え、きょろきょろと目を動かす快の手に、小桜はそっと触れてみる。
無意識にも、近づいてきた小桜の指を握った快は、嬉しそうな笑い声をたてた。
そんな些細なことに、小桜の心はどうしてか浮き立った。

「かわいい」
知らずに口からもれた小桜の言葉に、パックンも大きく頷く。
「だろ」

 

 

 

「ただいまー」
買い物を終えて帰宅したサクラは、靴を脱ぐ間ももどかしく、小桜達のいるリビングへと向かう。
少ししてカカシもあとを追ったのだが、サクラは扉を少し開けたままの状態で静止していた。

「・・・何してるの」
「先生、ストップ!!!」
サクラをどかしてリビングに入ろうとしたカカシに、サクラは鋭く言い放つ。
カカシは首を傾げながら、サクラの後ろか部屋の中を覗いた。

「可愛い〜〜」
サクラは頬に手を当てて感極まった声を出す。
リビングでは、クマさん模様のベビーマットの上で小桜と快がすやすやと寝息を立てている。
小桜は快を抱えるようにして眠り、背中あたりにはパックンが大の字になって熟睡していた。

 

「カ、カメラ、カメラ!!」
我に返ったサクラは、真剣な様子でデジタルカメラを探し回る。
子供達の天使の寝顔+パグ犬。
滅多にない、シャッターチャンスだ。

せわしなくシャッターを切るサクラを横目に、カカシは小さくため息をつく。
「・・・お前まで一緒に寝てどうするんだか」
腹を上にして高いびきをかくパックンにぼやきながらも、カカシの手にはちゃんとパグ犬用の掛け布団も用意されていた。


あとがき??
幸せすぎて何か嫌ですね!!!
いや、私が書いたんだけどさ。

小桜はたぶん5〜6歳。
はたけ一家は一姫二太郎なのですが、今後はまた小桜中心に逆戻り。
快くんは、今回だけの登場、かな。


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