式日 2


誕生日の朝、彼は行方不明になった。

里のどこにもいない。
彼の家も、一楽も、公園も、アカデミーも、他に彼の立ち寄りそうな場所を、全部見て回った。
それでも、彼は見つからなかった。

どうしてだろう。
まとわりつく彼を邪険にしておきながら、その姿が視界の隅にないと、急に不安になるのは。

 

 

「ど、どうしたの、それ!?」

あれは、みんなで川に涼みに行った日のこと。
海水パンツ姿の彼の腕に、小さな傷を見つけた。
それはよく見なければ気付かないほど薄くなっており、昨日今日の傷ではない。
幾筋もの赤い古傷は、痛々しい痕跡を留めている。

「ああ・・・」
私の指差す場所を見て、彼は屈託のない笑顔を見せた。
「子供のとき、自分でやったんだ。カッターナイフで」
今でも十分子供といえる年齢の彼は、何でもないことのように、笑いながら言う。

 

軽い口調と裏腹の、重い告白。
体を、戦慄が走った。

彼には、いない。
その身を傷つけようとも、止めてくれる人が。
誰も。
果たして幼い凶行が意味していたのは死か、それとも、ほんの遊び心か。
どちらにしても、普通でないことに変わりはない。

彼が袖の長い服を多く着用するのは、傷が人目に触れるのを避けての行動なのかもしれない。
でも、訊かれたら彼はまた笑って答えるのだろう。
自分でやったと。

彼の心の闇を。
ほんの少しだけ垣間見た瞬間だった。

 

 

 

捜して捜して、ようやく見つけた彼は、ぼーっとした顔で森からの小道を歩いてきた。
安堵したのも束の間、朝からの苦労が思い出され、怒りが沸き起こる。

「ナルト、朝からどこほっつき歩いていたのよ!」
「・・・ごめんなさい」

私の怒鳴り声にびくついた彼は、すぐさま謝罪する。
別に、彼が悪いわけではない。
約束があったわけではなく、自分が勝手に捜していたのだ。
だけれど、怒ってしまった手前、こちらとしても気まずい感じだった。

「これ!」
間を置かずに、私はこの日朝から彼を捜していた要因を彼に手渡す。
半ば無理矢理押しつけられた紙袋を、彼はもたつきながら開けていった。

 

「誕生日、おめでとう」

 

その瞬間の、彼の顔といったらなかった。
鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして、ぽかんとしている。
ちゃんと聞こえているか、心配になったほどだ。

「・・・知ってたの」
「うん」
自慢じゃないけれど、私は知り合いの誕生日は全部記憶している。
「だって、同じ班の仲間でしょ」
胸を張って言うと、彼はようやく笑顔を見せてくれた。

太陽のような、明るい笑顔。
それは、思わずこちらもつられて笑ってしまうような朗らかなもので。
彼のそうした笑顔を見ると、私はどんなときでも安心する。
彼も、そのことを十分に分かっているのだろう。

 

「サクラちゃんはいい人だねぇ・・・」
しみじみと呟かれた声に、何故だかカチンときた。
「何言ってるのよ。イルカ先生も、カカシ先生も、サスケくんも、他のみんなもあなたを捜してるわよ」
事実だ。
彼を捜している間、同じような人間を何人も見かけた。
そして、見つかり次第、ある場所に集まるよう連絡をしておいた。

「何で?」
「あなたに「おめでとう」を言いたくて!」
きょとんとした顔の彼に、またしても怒鳴りつけてしまった。
彼を大事に思っている人は彼が思う以上に多い。
そのことをまるで分かっていない彼を、とても腹立たしく感じた。

 

 

 

皆の待つ場所へ向かう道すがら、彼に手を握られた。
長い間外を歩いていたのに、不思議に温かい掌。
窺い見ると、彼は緊張した面持ちでこちらを見ている。
怒られやしないかと、ビクビクした表情。
そんな、怯えた子犬みたいな顔をされたら、かえって可哀相になってしまう。

もっと手を伸ばしても、いいのに。
引き上げてみせるから。
過去の記憶が、どんなに暗いものだったとしても。

そうした想いを込めて、彼の手を強く握り返す。

 

「生きてて良かったな」

笑顔と共に呟いた彼に、危うく涙がこぼれそうになった。
けして嘘をつくことのない彼の。
本音だと分かったから。
これまでの短い人生で、彼がそう思えた瞬間は数少ないに違いない。

「大袈裟!」
潤んだ目を悟られないよう、苦笑して答えた。

 

彼のことが大切だ。
今日、それをはっきりと感じた。

仲間としての感情なのか、異性に対する特別な感情なのかは、まだ分からないけれど。
これから先。
彼が自らを傷つける必要がない、幸せな未来を歩めるよう。
天を仰ぎ、心から祈った。

 

 

或る、秋晴れの午後の風景。


あとがき??
唐突に書きたくなったサクラバージョン。


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