告白の行方


「ナルト、あんた今日の午後って何か用事あるの」
任務終了後、珍しくサクラがナルトに話し掛けてきた。
ナルトはそれだけですっかり舞い上がってしまっている。

(サクラちゃんが俺の予定を訊いてくるなんて。これってもしかして、もしかして)

頭の中であれこれ考えて心臓が爆発しそうなくらい緊張していたのだが、サクラにはナルトがただぼーっと突っ立っているように見えたらしい。
「ちょっと、聞いてるの!」
「う、うん。今日は一度家に帰ってから公園に行こうと思ってる。木ノ葉丸と遊ぶ約束してるから」
「そう」
サクラはナルトの返事を聞くなり踵を返してさっさと歩いていってしまった。
取り残されてしまった感じのナルトは、すっかり拍子抜けだ。
「・・・なんだったんだってばよ」
呆然とした表情のナルトの声が、その場に虚しくこだました。

 

午後。
ナルトはサクラに言ったとおり公園へと向かっていた。
任務に使った道具を置くためにわざわざ自宅に戻ったのだが、家から公園までは目と鼻の先だ。
木ノ葉丸と待ち合わせた時間までまだ大分あるし、とナルトはいつもよりゆっくりと歩いていた。
天気は快晴で、肌が汗ばむほどの陽気。
おかげで往来の人の数もいつもより多い。
軽やかに談笑する声が、そこかしこから聞こえてくる。

「ずっとこういう天気ならいいのになぁ」
ナルトはどしゃぶりの雨の中行った前回の迷い犬探索の任務を思い出しながらそう呟いた。

基本的にナルトは雨は嫌いだ。
雨が降ると行動範囲が狭まり、外に出るのが億劫になる。
そして、家で一人雨音を聞いていると、再認識させられてしまうのだ。
自分が孤独だということを。
そんな時は自宅で行っている鍛錬の量をいつもの倍にして、何にも考えられないくらい体を疲れさせて寝てしまう。
桜色の髪の少女が夢に出てくればいいな、と思いながら。

 

「・・・ナルトくん」
蚊の鳴くような小さな声がナルトの耳にとまった。
ナルトは一度立ち止まったものの、気のせいかと思い、再び歩き出す。
「ナルトくん」
今度ははっきりと聞こえた。
それに声の主に心当たりがあった。
「ヒナタ?」
ナルトが周囲に目を配ると、確かにヒナタが柱の影からこちらを見ているのが視界に入った。

(あんなところで何してるんだ?)

不信に思ったナルトは大きな声でヒナタに話し掛ける。
「どうしたんだ。俺に何か用か?」
ヒナタは小さく頷いて手招きしている。
ナルトの疑問はますます大きくなっていくばかりだ。
とにかく呼んでいるのだからと、ナルトはヒナタのいる場所まで駆けて来た。

「なんだってばよ」
近くまで来たナルトが再び声をかけると、ヒナタはいつものようにナルトから目線を外してしまう。
何か言いたいことがあるのは分かるが、ヒナタはもじもじとしているので、ナルトもどうすればいいのか分からない。

こういう時、ナルトはヒナタとサクラは同じ女の子なのに全然違うな、と思う。
サクラはいつだって自分を真っ直ぐに見つめてくる。
言いたいことははっきりと言うし、それがたまに自分を傷つける言葉であっても、嘘を言ったり、陰で悪口を言うような奴よりはずっと良いとナルトには思えるのだ。

「あのね」
付近に人並みが途切れ、二人きりになったところでヒナタがようやく口を開く。
だが、そうかと思うとまた口篭もってしまう。
このままでは埒があかない。
「ヒナタ!」
ナルトの呼びかけに、ヒナタはビクッと体を震わせる。
「あのな、人と話す時は相手の目を見ろよ。こうしてずっと下向いて話されると、お前が俺のこと嫌いなのかと思っちゃうだろ」
「そんなことない。ナルトくんのこと好きだよ!」
初めて聞くヒナタの大声に、ナルトはかなり驚いた。
目を見開いてヒナタを見ると、自分を見つめてくる彼女の頬はうっすらと赤く、その瞳はわずかに潤んでいる。

「好き。私、ナルトくんのことずっと好きだったの」

その言葉に、ナルトの思考回路が一瞬停止する。

 

好き?
好きだって言ったのか?
ヒナタが、俺を?

言われ慣れていない「好き」という言葉がナルト頭に徐々に浸透しはじめる。
ヒナタの顔はとても冗談を言っているようには見えない。

ということは・・・。

 

瞬時にしてナルトの身体はヒナタに負けず劣らず真っ赤になる。
顔、耳、首筋、手、足、全てが赤い。
ヒナタはじっとナルトの反応を窺っていたが、ナルトの方はそれどころではない。
「ご、ご、ご、ご、ごめん!」
呂律の回らない舌でそれだけ言うと、ナルトは一目散にその場から走り去ってしまった。

 

 

「木ノ葉丸、怒ってるだろうなぁ」
ナルトは元気のない声でそう呟く。
結局、あの後公園に行く気がなくなってしまったナルトは自宅に帰ってきていた。
動揺があまりに大きすぎて、人前で平常でいられる自信がなかったのだ。
私服のままベッドにねっころがったナルトは、ヒナタに思いを馳せる。
混乱してよく見ていなかったが、最後に見たヒナタは泣いていたような気がする。
悪いことをしてしまった。
自分のことを好きだと言ってくれたのに。
そのこと自体はとても嬉しかったのだが、いかんせんナルトの中で今までのヒナタの印象が薄すぎた。
はっきりいって、まるでナルトの眼中にいなかったのだ。
サクラ一筋できただけに、別に自分が悪いわけではないのに、ナルトはサクラに対して後ろめたい気持ちになってしまう。

ナルトの思考を中断させるように、チャイムの音が来訪者を告げた。
(誰だろ。回覧板かなぁ)
ナルトはのろのろと立ち上がり、玄関へ向かう。

「ナルトーーー!!!」
もし効果音をつけたなら、まさしくドカンという山が噴火するような音がするであろうと思われるほど激昂したサクラがそこにいた。
「はいるわよ!!」
驚きで目を白黒させているナルトを押しのけて、サクラはずかずかとナルトの家にあがりこむ。
「あ、あの、サクラちゃん?」
「何よ」
ナルトの呼びかけに、サクラがジロリとナルトを睨みながら答える。
「・・・いえ、何でもないです」
ナルトに口を挟む余地はない。
サクラはふんっと鼻を鳴らすと、台所の椅子に座り込む。
テーブルをバンッと叩いて一言。
「さあ、説明してもらいましょうか」
「説明って何を」
「決ってるでしょ。どーーしてヒナタを泣かせるようなことしたのよ!!」

その時、ナルトの頭の中で突然のヒナタの告白と、午前中のサクラとの不可解な会話が奇妙に一致した。

「サクラちゃんがヒナタに今日の俺の居場所教えたの」
「そうよ」
「ヒナタが俺のこと好きだって知ってたんだ」
「相談されたのよ。そんなことより、どうしてヒナタを」
と、そこまで言って、サクラはギョッとした表情をした。
目の前に立っているナルトが泣いていたからだ。

ナルトは涙を隠そうともせずに、サクラを見据えている。
「俺の気持ちを知ってて、どうして・・・」
後は言葉にならなかった。
俯いて、嗚咽をこらえながら泣いている。
サクラはまるで硬直したように、ナルトから目を離すことができない。

「俺はサクラちゃんが好きなんだ。ずっとずっと前から好きなんだ。サクラちゃんが誰を見ていてもかまわなかった。振り向いてくれなくても、気持ちは変わらなかった。それなのに、それなのにどうしてこんな酷いなことするんだよぅ」
ナルトがうめくようにして言うと、涙が再びボロボロとこぼれる。
その様子をサクラは声もなく見つめている。
いや、出そうにも声が、出なかったのだ。

ナルトは全身、全てで、サクラの存在をはっきりと拒絶していた。

 

 

日が暮れて暗くなった街を満月が照らしている。
望月の光のおかげで両端に薄ぼんやりとした明かりしかない橋の上でも、その桜色の髪は視覚することができた。
(・・・サクラ?)
カカシがそう判断するか早いか、人影が橋から身を乗り出す。
橋の下の水面までたいした高さはないとはいえ、川の流れはかなり急だ。
危ないと思うよりも先に身体が動いていた。
サクラの腕を後ろからしっかりと捕まえる。
「サクラ、危ないだろ!」
怒鳴るようにして言うと、彼女がゆっくりとカカシの方へ振り返った。
「カカシ先生」
サクラの目は赤く泣きはらしたあとがあった。
「サクラ?」
カカシが訊ねるよりも早く、サクラはカカシの胸にすがりつく。
「先生――」
泣き出してしまったサクラに、カカシは訳も分からず途方にくれる。
人目もあるし、これでは自分が何かしたかと思われて人を呼ばれそうだ。

 

とりあえず、カカシはサクラを連れてすぐ近くの自宅へ避難した。
サクラは川に飛び込もうとしていたわけではなく、カカシが帰ってくるのをあの橋で待っていたのだ。
少し気分の落ち着いたサクラは、カカシに思いの全てを語った。
カカシはサクラの言葉に口を挟まず、静かに耳を傾けている。

 

「私、ナルトのこと好きなの。サスケくんへの気持ちとは全然違うけど、大切だと思ってる」
サクラはナルトが寂しそうに家に帰るのに、気づいていた。
見ていて辛かったが、サクラには別に好きな人がいた。
思わせぶりなことをしたら、よけいにナルトが傷つくような気がしたのだ。
そんな時、サクラの友達のヒナタがナルトのことを好きだと相談してきた。

「ナルトのいいところをちゃんと分かってるヒナタが一緒なら、ナルトももう寂しい思いしなくてすむんじゃないかって、そう思ったの」
サクラはナルトの行き先を聞き出してヒナタの告白のセッティングをしたわけだが、今回、サクラの行動が裏目に出てしまった。

ナルトがあんなに冷たい目で自分を見るなんて思わなかった。
ナルトが自分に向けてくれた表情は、いつだって太陽のような明るい笑顔。
サクラは自分がナルトの信用を失ってしまったのだという事実に愕然とした。
同時に、ナルトが普段無意識に自分に与えてくれていた暖かさにようやく気づいたのだ。

「ナルトがそんなに真剣に私のこと思っていてくれてたなんて、知らなかったの。・・・ナルトに酷いことしちゃった。私、どうすればいいの。カカシ先生」
再び、瞳に涙を浮かべたサクラの頭をカカシが優しくなでる。
「それでさ、サクラ、なんて言ってナルトの家から出てきたんだ」
「・・・なにも言ってない」
あれからサクラは、半ば放心状態のままナルトの家をあとにした。
かといって家に帰る気にもなれず、話を聞いてもらえる大人、カカシの元へ自然と足が向いていたのだ。

「サクラが本当に酷いことしたと思ってるなら、やっぱりナルトに謝るべきなんじゃないかな」
「許してくれなかったら?」
「許してくれるまで、ひたすら謝る。自分が悪いって分かってるなら、それしか方法はないんじゃないの」

カカシの言葉に励まされるようにして、サクラはナルトの家へ戻る道を歩いた。
カカシは、「頑張れよ」と言ってサクラを送り出したが、ついてきてくれることはなかった。
これは、サクラ自身が解決しなければならない問題だから。

 

サクラはナルトの家の前まで来たものの、チャイムを鳴らすことを躊躇していた。
ナルトはきっとまだ怒っている。
自分の話なんて聞いてくれないかもしれない。
そう思うとどうしても勇気が出ないのだ。

何度か指をさまよわせながらも、サクラはナルトの家のチャイムを鳴らした。
暫く待つが、何の応答もない。
先ほど建物の外から見た時は、ナルトの家の電気はついていた。
もしかして自分が来たことを知っていて出てこないのだろうか。
考えが悪い方にばかり向いてしまう。

出てきてくれないなら、しょうがない。
それでもいいから、ナルトに自分の気持ちを聞いて欲しい、とサクラは思った。

「ナルト、ナルトの気持ちを考えないで勝手な事してごめんなさい。でも、ヒナタは凄く良い子だし、ナルトも絶対好きになると思ったの。ナルトも一人でいるより、誰か傍にいる方が心強いだろうし、だから」
サクラの必死の呼びかけにも、扉の中からの反応は全くない。
「だから・・・」
段々考えがまとまらず、上手く言葉にならなくなってきた。
サクラは堪えきれずに涙を落としながら言った。
「だから、私のこと嫌いにならないで」

サクラには固く閉ざされたままの扉がナルトの心を象徴しているように思えた。

 

「サクラちゃん?」
ふいに、背後から聞き覚えのある声がした。
驚いたサクラが振り向くと、そこにはナルトが立っていた。
どこかに出かけていたのか、手には買い物袋を持っている。
「・・・ナルト。でも、家の電気が」
「消し忘れちゃったみたい」
ナルトは照れ笑いをしながら答える。
サクラがよく知る、いつもの屈託のない明るい笑顔。
もう自分に向けられることはないかもしれないと思っていたナルトのその表情に、サクラは急に張り詰めていたものが切れてしゃがみこんでしまった。

「サクラちゃん」
ナルトが心配そうに話し掛ける。
ナルトの声が優しくて、サクラは涙が止まらなかった。
「ナルト、ごめんなさい」
手で顔を覆ったサクラはくぐもった声を出した。
ナルトは泣き止む様子のないサクラの隣に座り込んで言葉を続ける。
「謝らなくても良いよ。冷静になってみたら、分かってきた。サクラちゃんは別に悪気があってヒナタとのことを考えたわけじゃないって。それで今ヒナタのところに行ってきたんだ。ヒナタのことは嫌いじゃないけど、そういう風に見れないって言いに」

ヒナタの気持ちを思い、サクラはさらに罪悪感を募らせた。
自分さえ余計な事をしなければ、誰も傷つかないですんだのに。
サクラは顔を上げることができなかった。

「サクラちゃんのこと嫌いになんてならないよ」
先ほどのサクラの言葉を聞いていたのか、ナルトは笑って言った。
「多分、ヒナタも同じだと思う。俺が行ったら、気持ちを伝えられただけでも良かったって、そう言ってた」
サクラはようやくナルトの方へ顔を向けた。
「本当?」
ナルトは神妙な顔で頷く。

「気持ちを伝えなければ、傷つくことはないけど、心が苦しくなっていくだけだと俺も思う。だからサクラちゃんにはっきり言うよ。俺さ、何があってもサクラちゃんを諦めない。サクラちゃんが振り向いてくれるくらい強い男に、絶対なるから」
まるで宣戦布告をするかのように、ナルトはサクラの肩をつかんで強く言った。

ナルトに対してどう返答していいか分からなかったサクラは目を瞬かせると、ただ
「うん」
とだけ返事をかえした。


あとがき??
ヒナタちゃんとナルトの仲をサクラちゃんが取り持つって話は原作でありそうだなぁと思いました。
ナルト×ヒナタ派だと言っておきながらこの仕打ち!
ヒナタちゃん好きの方、済みません、済みませんー!!
なんだかこれ書いたらナルト×サクラでも良いような気がしてきたよ。

思えば、ヒナタ、サクラ、ナルトと三人とも告白して、大泣きしてるのね。
何故か私の書くナルサクはどれもサクラがナルトに謝ってます。

かなりの難産な作品。
っていうか、友達に頼まれたカカナル小説と並行して書いてたから、かなり頭が混乱しました。(笑)
そして、そっちは全くできていない。(−_−;)
サクラちゃん出てこないと、筆がまっっく進まないのよ。駄目ね。
おかげでナル→カカ→サクな話になって、友達に怒られた。うう。
その友達にこの話の内容を語ったら、ナルトが可哀相、泣かすな!と再び怒られた。ううう。


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