狐の怪 四


 「あの、馬鹿」
事態に気付いたカカシはそう呟いて嘆息した。

朝、カカシがナルト達の部屋へ赴くと、そこはすでにもぬけのからだった。
昨夜のナルトの不自然な様子から、二人に不測の事態が起きたというより、ナルトがサクラを連れ出したと考えるのが順当だ。
いつもの状態ならともかく、足手まといのサクラを連れているから、今ならまだ二人が森を抜ける前に追いつける。
そう算段すると、カカシはすぐに行動を開始していた。
住職にある物を拝借して、カカシはサスケと共にさっそく出発する。

 

その頃。

「サクラちゃん、大丈夫」
ナルトが訊ねると、サクラは半べそをかきながらナルトの手を強く握り返してきた。
元が狐である彼女は二足歩行に慣れていない。
平地ならともかく、歩きにくい森での道に何度も木の根につまずいて膝は傷だらけになっていた。
それでもサクラはナルトの歩調に合わせようと必死になってついてくる。

「ほら、おいで」
見かねたナルトがしゃがんで促すと、サクラは嬉しそうにおぶさった。
思ったよりも軽い体重と、背に密着したサクラのぬくもりにナルトはどぎまぎとする。

ナルトはサクラが誰を見ていようと、彼女を好きだという気持ちは変わらなかった。
絶対に諦めるつもりはなかったけれど、サクラが幸せなら自分以外の人間を選んでも構わないと思っていた。
そう考えていた矢先に、今回の事件。
半ば諦めていたものが、思いがけずに手に入ったという幸運。
手離したくないと思うのは自明の理だった。

 

「ただ、側にいて欲しいだけだったんだけどな」
呟かれたナルトのその声に、返事がかえる。
「でも、それはサクラじゃないんだよ」
ナルトもそろそろ彼らが追いつくころだと分かっていたから、驚くことはなかった。
ゆっくりと振り返る。
「遅かったね」

ナルトに歩み寄るとカカシは複雑な表情を浮かべてナルトを見た。
「何でこんなことしたんだ」
押し黙るナルトに、カカシの背後にいたサスケが口を挟む。
「馬鹿か、お前は。それはサクラじゃないんだぞ。そばにいても虚しいだけじゃないか」
「いいんだよ。それでも。てめーなんかに俺の気持ちが分かってたまるか」
一触即発の空気で睨み合うサスケとナルトに、カカシが割って入る。

「そんなことしてる場合じゃないだろ。ナルト、サクラをこっちに渡せ」
手を差し出すカカシに、ナルトはためらいがちに後ずさる。
今にも泣き出しそうな顔のナルトに、カカシとサスケは哀れみのこもった視線を向けた。
ナルトの行動は正しいことではない。
それでも、普段のサクラに対するするひたむきな態度を知っている二人は、ナルトを一概に責めることはできなかった。

「・・・しかたない。サスケ」
サスケは躊躇いがちに住職からの預かり物を鞄から取り出し、カカシに渡した。
封の札のついた小さな箱。
ナルトはそれと同じものを見たことがある。
サクラにとりついた狐の霊が入っていたものとそっくりだ。

ナルトが表情を変えるのと同時に、箱の前方に人影らしきものが形作られた。
それは金色の髪の男性。
注視すると、ナルトとよく似た面立ちをしているのが分かる。
箱を見せればサクラに何らかの反応があると思っていただけだったカカシは、思わず箱を取り落としそうになる。
薄ぼんやりとした人影はナルトに向き直ると切なげな表情でナルトを見た。

『妻を返してください』

直接頭に響いてくるような不思議な声。
ナルトの背におぶわれていたサクラは即座に反応して耳をそばだてる。
そして男の姿を認めると、サクラは顔を輝かせた。
もはやナルトのことは眼中には入っていない様子で、ナルトの背から降りたサクラは、そのまま一直線にカカシの手元にある箱に近づく。

サクラが箱を手にするのと同時に、男の姿がその場から消えた。
ナルトやサスケ同様呆然とその光景を眺めていたカカシは、一同の中で一番早く我に返った。
「はい、封印」
カカシは手にした札を素早くサクラの額に貼りつける。
とたんにサクラの動きが止まり、カカシの腕の中に倒れこんだ。
驚いたナルトが近づくと、サクラはただ眠りについただけのようだ。
「これは簡易の封印札。寺に帰ったら住職にサクラの中から狐の霊を出してもらって新しい陶器に封印してもらわなきゃな」
カカシが支えているサクラは、腕に大事そうに箱を抱えていた。

 

サクラの中にいた狐がナルトに懐いていたのは、人の姿になった時の旦那とナルトがよく似ていたために、ナルトを夫と勘違いしていたから。
ナルトがお堂の箱が気になったのは、伴侶を呼ぶ狐の霊とナルトの中の九尾の妖狐が呼応してのことだったのだろう。

意識を取り戻したサクラは、寺に来た日の夜からのことを全く覚えていなかった。
ナルトは肩を落としながらも、「元に戻って良かったね」と言った。
涙をぬぐって自分を見るナルトに、サクラは首を傾げる。
カカシは黙ってナルトの頭をなでていた。

 

一週間に及ぶ長い任務が終了した。

いつものようにサスケにすげなくされたサクラは、膨れた顔をして仕方なくナルトと並んで帰路につく。
全てが元通りになっただけなのに、ナルトはさらに心が空虚なものになったような気がした。
一度でも満たされてしまうと、もう同じ境遇では物足りないと感じてしまう。
サクラと同じ班で、一緒に行動できることだけで満足していたことが遠い昔のようだ。
「じゃあね、サクラちゃん」
分かれ道まで来ると、ナルトは未練を断ち切るように大きな声をあげて歩き出した。

悲しげに顔を歪めていたナルトは、手に触れてきた暖かいものにぎょっとして振り向く。
そこにはナルトの手を握って微笑するサクラがいた。
「ちょっと遠回りして帰ろ」

たわいのない話をしながら、二人手を繋いで夕暮れの道を歩く。
狐の憑いたサクラといる時はただそばにいるだけでも良いと思っていたけれど、こうして会話しながら歩く方がずっと楽しい。
この時になってナルトは初めてサクラが元に戻って良かったと心から思えた。

「カカシ先生に聞いたの。お寺にいる間、随分迷惑かけちゃったみたいね。ごめんね」
赤い顔をして首を振るナルトに、サクラはやわらかく微笑んだ。

 

ナルトと手を繋いで歩いたのは初めてだというのに、サクラは何故だか懐かしいと感じた。
それに、そんなそんなつもりはなかったのに、元気のないナルトの後ろ姿を見たら、自然にその手を握ってしまった。
サクラは不思議な感覚に首を傾げながらも、ナルトとこうして歩くのも悪くないかもしれない、と考えていた。


あとがき??
済みません。たいした話じゃないのに、ここまで長くして。
これ最初はサスケが狐に取り憑かれる話だったのよね。
普段クールなサスケが狐の憑かれたら面白いかなぁと思って。そう、ギャグだったのだ。
しかし、今私の中でサスケの株がかなり下がっているので、急遽サクラに変更になった。
そしたら自然にナルサクになった。
楽しかったv
もっとカカサク入ってたんだけど、削除。(笑)
ちなみに、続きを考えないうちに1,2と次々にアップしていったのはこの作品が初めて。
緊張しましたね。
書いてて自分でも続きが全く予想できないんだから。
ナルトが勝手な行動とるし。

狐に取り憑かれていた時のことは覚えていないとはいえ、その記憶はサクラの中に確実に残っています。
いつかは思い出す時が来るのかも。
ナルト、ファイトー!

ナルサクはまた書きたいんですけど、ネタがなかなか。
誰かいい案出してくれないかしら。


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