桜桜


ナルトが集合場所にたどり着いた時、遅刻魔のカカシはすでにその場に姿を見せていた。
そのこと自体がかなりの大事件だったが、ナルトは別のことでさらに驚いた。
サクラが二人いる。
いつもの忍び装束のサクラと、豪華な染物の着物を纏うサクラ。
幻術にしては双方ちゃんと人の気配を感じる。
怪訝な顔をしていると、派手な衣装の方のサクラがナルトに声をかけてきた。

「ナルト、遅刻よ」
これでどちらが本物のサクラなのかはっきりとする。
「どういうこと?」
訝るナルトに、カカシが状況を説明する。

「この方はさる大名家のお姫様なんだ。彼女がお忍びで里の様子を見てみたいとおっしゃってね。それで今日一日、誰か姫の替玉をたてることにした。一日中化けてるのは体力使うし、それならそっくりなサクラを使おうということになったんだよ」
姫はにっこりと微笑んでナルト達を見た。
なんだ、お姫様のただの我侭か、とナルトは思ったが、当然口には出さなかった。

「替玉の仕事というのはどういうことをするんだ」
「姫の今日のスケジュールは他の大名家の方々との食事会。大丈夫。危険はないよ」
サスケの問い掛けに、カカシは軽い口調で答える。
「サスケくん、心配してくれてるの?」
サクラは瞳を輝かせてサスケに抱きついた。
ナルトは面白くない顔をして慌てるサスケと彼に嬉しそうにくっつくサクラを見ている。

「じゃあ、ナルトに姫の案内頼むからよろしくな」
不機嫌そうな顔をしていたナルトはワンテンポ遅れて驚きの声をあげる。
「え!!」
「サスケよりナルトの方がそういうことに向いてるだろ」
カカシがナルトの頭にぽんっと手を置いて言う。
「姫、どうでしょうか」
カカシの言葉に、姫は別に不満はないらしく微笑みを浮かべた。
「よろしくお願いします」
姫に優雅に頭を下げられ、ナルトは顔を赤くして有頂天だ。
ナルトの気持ちが高揚しているのは、相手が姫である以上に、彼女がサクラとよく似ていることに原因があるのかもしれない。

 

ナルトは必死に姫が喜びそうな場所を思案する。
そして浮かんだのが、代々の火影様の顔が彫刻してある山。
あそこなら展望も最高だし木ノ葉の里全体を見渡せる。
ナルトが話すと、姫も嬉しそうに行きたいと言った。
浮かれた足取りのナルトと姫は並んで談笑しながら歩く。

そして、川沿いの道にきた時、弱々しい動物の鳴き声がナルトの耳についた。
見ると柱の影に仔犬が病気なのか、ぐったりと身を横たえている。
毛布に包まれているが、その身体は寒そうに震えていた。

「汚い犬ね」

思わず駆け寄ろうとしたナルトは、その声に足を止める。
ナルトは恐々と隣りの姫を見詰めて言った。
「放っておいて大丈夫かな」
「他にも人が沢山通っているし、大丈夫よ。きっと誰かが面倒見てくれるわ」
姫は変わることなく綺麗な笑顔をナルトに向けた。

サクラと同じ顔。
それなのに、その時感じた違和感はナルトのあとをどこまでも付いてまわった。

山へと続く道をナルトはさえない顔をしたまま歩いている。
姫も案じてくれたが、その声は殆どナルトの耳に入らなかった。
胸が苦しい。

震える仔犬。
誰にも気にとめられず、でも確かに存在している。

あれは自分だ。

「ごめん。これサスケの住所。人に訊けばすぐに分かると思うから、あいつに街を案内してもらって」
手帳に殴り書きした紙を姫に渡すが早いか、ナルトは踵を返す。
引き止める声が聴こえたような気がしたけれど、ナルトは一度も振り返らなかった。

 

荒い息と共に、ナルトは先ほど犬がいた場所に立ち尽くす。
そこにはくたびれた毛布が置かれているだけで、仔犬の姿はなかった。

「こ、ここにいた犬は」
「さぁ。川の方にふらふらと歩いて行ったから溺れてるかもね」
近くに露店を出していた店主に訊くと、商売の邪魔とばかりにそっけない返事をかえされる。
ナルトは絶望的な気持ちで俯いた。

ナルトは暗くなりつつある川沿いの道を必死に目を凝らしながら歩く。
誰か親切な人に拾われているかもしれない。
だけれど、姫の言った言葉がぐるぐるとナルトの頭を回る。
「汚い犬」
それが普通の人間の見解だ。
薄汚れた仔犬、しかも一目で病気持ちと分かる犬に、一体誰が近づくのか。
分かっていたのに、自分はあの時目を背けた。
助けられるのは自分だけだったかもしれないのに。

後悔のためににじんできた涙を、ナルトは必死に拭う。
半ば諦めの境地になっていた時、ナルトの耳に届いた犬の鳴き声と、よく知る気配。
「ナルト」
振り向くと、思ったとおりの人物がナルトを見詰めていた。

「あんた、お姫様はどうしたのよ」
驚いた声を出すサクラの腕には、ナルトの探していた仔犬。
「サクラちゃんこそ」
ナルトが訊ねると、サクラは肩をすくめながら答えた。
「私は、会食が終わったから帰ってきたのよ。あんな窮屈の服じゃお料理あんまり食べれないし、こんな任務もうこりごりね」
「その犬は」
「これ?」
サクラが腕の中の仔犬に視線を落とすと、仔犬は彼女に向かって甘えるような声を出した。
「川に落ちそうになってたのよ。具合悪いみたいだから今病院で診てもらったんだけど、薬飲んでいればすぐに治るって」
サクラは仔犬の身体をなでながら嬉しそうに微笑んだ。
「うち生き物飼っちゃ駄目だから、これから世話してくれる人探そうと思って。でも、その前に体洗ってもっと見栄えよくしないとね」

泥だらけの犬を抱えているのだから、当然サクラの服も真っ黒だ。
治る病気と分かっていても、仔犬はどうにも近寄りがたい異臭を放っている。
ナルトですら一度は退いてしまった汚れだ。

「サクラちゃん、平気なの」
瞬間、サクラはきょとんとした顔でナルトを見た。
目をしばたたかせると、不思議そうに訊ねる。
「・・・・何が?」

ナルトに向けられた視線は、どこまでも真っ直ぐ。
サクラはナルトの質問の意味が本当に分かっていないようだ。
ナルトは暫し絶句した。

 

そうだった。
君はそういう人だった。

サクラは自分が正しいと思ったことを、いつも率先して行う。
周りの目に臆することはない。
正直すぎるその行動を非難されることがあっても、気にした風はなかった。
きっとサクラの頭の中では病や怪我で弱っているものを助けることは当然のことという部類に入っているのだろう。
そんなサクラだからナルトも惹かれたのだ。

 

「な、何で泣くのよ」
突然泣き出したナルトにサクラは付近を見回しながら慌てて声をかけた。
「ちょっと。私が泣かしてるみたいじゃないのよ」
泣き止まないナルトを、サクラは困惑気味に見詰める。
それからサクラがいくら呼びかけても、ナルトの涙はなかなか止まらなかった。

「有難う」
呟かれた感謝の言葉に、サクラはさらに困った顔になる。
ナルトはサクラが仔犬の命と一緒に、自分まで救ってくれたような気がした。

 

結局、その日は仔犬を飼ってくれる家は見つからなかった。
事情を話し、犬は一時的にイルカの家に住まわせてもらうことにした。

ナルトとサクラは飼い主探しのために歩き回ったことで疲労した足を引きずりながら家路を歩く。
イルカ経由で話を聞いたところ、姫は里での一日を満喫して屋敷に帰ったらしい。
サスケが姫に里のどこを案内したのか、興味深いところだ。

「それにしても、本当にそっくりだったわよね、あのお姫様と私。自分でも恐いくらいだったわ」
軽く腕を伸ばしながら言うサクラに、ナルトは即答する。
「全然似てないよ。サクラちゃんの方がずっと綺麗だ」
「・・・おだてても何も出ないわよ」
苦笑いするサクラに、ナルトは再び繰り返す。
「サクラちゃんは綺麗だよ」

真剣な表情で語るナルトに、サクラは眉を寄せて彼を見る。
ここまでべた褒めだと、逆に馬鹿にされてるのかと思ってしまう。
それともどこかに頭をぶつけたりしたのだろうか。

「ナルト、あんた大丈夫?」
心配そうに言うサクラに、ナルトは神妙な顔で頷いた。


あとがき??
『狐の怪』の続きの代わり。テーマは一緒のつもり。(サクラではないサクラが出てくるところとか)
だけど、何だか違う感じに。あれ?
でも私の書くナルサクはいつも同じことしか言ってないんですよ。

サクラちゃん、巻の一でサスケに馴れ馴れしくして周りの女子に反感かってる場面があったので、結構人目気にしない子なのかなぁと思いまして。
最初は全然違った内容の話だったんですけどね。
冒頭書いた後、3ヶ月間くらい放っておいたらどんな話にしたかったのかぼんやりしてしまって。(汗)
結局別のものにしてしまった。

実はこれと対になる話があったりします。カカサクで。
サスケにはあんなこと言っておいて、実はカカシ先生サクラに同行してたんです。
心配だったんでしょうね。(笑)
書く予定は今のところないですが。

『狐の怪』に投票してくださった皆様、有難うございました。


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