或る勇気


カカシとサクラが付き合い始めた。

そのことを知ったとき。
ナルトは理屈ぬきに、どうしようもなく、嫌だと感じた。

 

ナルトはずっとサクラの一番になりたかった。
何でもいい。
一番、好きな人だったり。
一番、信頼している人だったり。
一番、安心できる人だったり。
とにかく、一番に。

でも、ナルトがサクラのことを好きだと自覚する以前から、彼女の一番は常にサスケだった。
一番、嬉しそうな表情をするのも。
一番、笑顔を多く見せるのも。
一番、優しくなるのも。
それらは全部サスケの傍らにいてのこと。
だからこそ、ナルトはサスケのことをいけ好かない奴だと思い続けていた。
ライバルだと、常に挑戦し続けてきた。

それが、今になって急に挑むべき矛先が変わってしまったことに、ナルトは戸惑った。

昔は嫌われていた。
奇跡的に同じ班になれて。
いつも一緒に行動ができて。
自然に笑顔を見せてくれるようになって。
これからというときに。

サクラは他の人のものになっていた。

 

これなら、サクラがサスケと付き合うことになった方がましだったとナルトは思う。
サスケなら、同じ年齢で、同じ下忍で、同じ時期にサクラと出会った、張り合うべき、またその価値のある相手だ。
だが、カカシは違う。
全てにおいて、挑戦しようという気すら起きないほどの、隔たりがある。

また、それはカカシとサクラでも当てはまることだ。
全くつりあわない二人。
年齢も、身長も、階級も。
どうせ、すぐに別れることになる。
口には出さずとも、皆そう思っている。
そしてナルトも、そう判断することで、二人の前で何とか平静を装うことができた。

 

 

大方の予想に反し、日が経つにつれ彼らの様子は睦まじくなっていった。
波風など立つそらがない。
二人の関係もすっかり安定したと周囲の人間が思い始めた頃、ナルトは思い切ってカカシ連れ出した。

「カカシ先生の方からサクラちゃんと付き合おうって言ったの」
「そうだよ」
ナルトの問い掛けに、カカシはあっさりと答える。
「サスケを追いかけてるときのサクラが、凄く一途で、一生懸命で、いいなと思ったんだ。あんなふうに、俺のことを見てくれたら嬉しいなぁって」
カカシは頬を緩めて薄く微笑んだ。

それはナルトがサクラを追い求める理由と一緒だった。
それならば、サクラが自分ではなく、カカシを選んだ理由は何なのか。
カカシは上忍であるということをのぞけば、およそ完璧とはいえない性格だ。
遅刻の常習者で、いつものんびりと構えた、だるそうな雰囲気。
優等生然としているサスケとは似ても似つかない。

「それで、何て言って告白したの」
ごくりと唾を飲み込むと、ナルトはさっそく核心を突いた質問をする。
真顔で見詰めてくるナルトに、カカシは何故か顔を赤らめた。
言いにくそうに、頬を掻きながらぽつりともらす。
「土下座したの」
「・・・・へ?」
意表をつく返答に、ナルトは素っ頓狂な声をあげる。
「こう、ひざまずいてね」
カカシは混乱している様子のナルトにジェスチャー付きで説明する。
「サクラのことが好きだから、どこへもいかないでくれって」

 

それまでいくらカカシが口説いても、からかわれているのだと思っていたサクラは、カカシのその行動に誠実さを垣間見た。
理由は他にもあるが、上司である人間にここまで体当たりな告白をされてサクラは心を動かされた。
その時の状況を聞いたナルトも、目を丸くしてカカシを見ている。

「じょ、上忍の先生が!?ど、土下座」
泡を食うナルトに、カカシはおかしそうに笑った。
「だって、本当に欲しいものを手に入れるのに、なりふりかまっていられないだろ」
そのとおりだと思うが、サクラのためでもナルトにはそこまでする勇気はない。
ナルトは恐々訊ねる。
「怖くなかったの。そこまでして、もし断られたらって」
「怖かったよ」
カカシは苦笑いして視線を前方に向ける。
「でも、自分から動かなきゃ何も変わらない。たとえ良くない結果が出たとしても、やるだけやって駄目ならちゃんと諦めきれる。さもないと後悔することになると思ったから」

ナルトは目の覚めるような気持ちでその言葉を聞いた。
自分にはなかった勇気。
知らずのうちにナルトはカカシに対して畏敬の眼差しを向けていた。

 

本当は。
心のどこかで諦めていた。

勝手にサクラを理想化して、手の届かない場所にいる、高嶺の花なのだと。
一歩を踏み込めずに。
傍にいるだけで満足だと思い込んだ。
たぶん、ナルトのそうした気持ちを、サクラは自然と感じていた。
これでは、通じる想いも届くはずがない。

 

「カカシ先生、話はまだ終わらないのー」
任務終了後、話があるとナルトに呼び出され、いつまでたっても戻ってこないカカシを痺れを切らしたサクラが迎えに来る。
傍まで歩み寄ると、カカシを上目使いに睨んだ。
「今日は一緒に映画に行く約束でしょ」
袖口を引っ張るサクラに、カカシは笑いながらその頭を撫でる。
「もう終わったよ。じゃあ、また明日な、ナルト」
「・・・うん」

二、三歩進んだところで振り返ると、サクラがカカシに飛びついている姿がナルトの目に映った。
今、カカシの傍らには、サクラの一番の笑顔。

大きな、勇気の代償。


あとがき??
『アダルト・ハーフ』同様、テーマ曲はCHARAの「Family」。
最初は高村光太郎の「人に」だったんだけどね。書いてるうちに変わった。あれ。
『アダルト・ハーフ』より、こっちの作品の方が先に書いてました。
というか、この話を書いてなかったら、あの話もなかった。
イレギュラーな存在に、想い人をもっていかれてしまったナルトの話でした。


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