高嶺の花 3


「・・・ん?」

水に足をつけたまま打ち拉がれていたサクラだが、やがて水面に起こった変化に気付き始める。
浮かんでくる小さな気泡。
こんなものがあっただろうか。
サクラが見詰めるうちにも、段々と泡は大きくなっていった。
不審に思うのと同時に、池の中から、ザバリと音を立てて何かが姿を現す。

「キャーーーー!!」
半漁人。
半魚人が出たに違いない。
サクラは勝手な思いこみにすさまじい金切り声をあげた。
魚の化け物を想像し、慌てて逃げだそうとする。
そのとたん、耳に入った、半魚人の戸惑ったような声。
「うわ、何!?」
半魚人、というよりも、よく知った声の気がした。
ぴたりと足を止めたサクラは、恐る恐る振り返る。

先ほど半魚人が現れたと思った場所に、ずぶ濡れで、片耳を押さえているナルトがいた。
おそらく、妖怪の正体。
サクラは呆気に取られたようにぽかんと口をあける。

 

「あれ?」
顔の向きを変えたナルトはようやくサクラの存在を視界に入れた。
「今の声、サクラちゃん?」
問われるままに、サクラは頷く。
「何のサイレンかと思った」
その元となった人物がサクラだと分かり、ナルトは苦笑いをした。
驚いたのは、お互い様だったらしい。
ナルトに近づくと、サクラは心中の怒りを押し隠し、静かに声を出した。

「何してるのよ。こんなところで」
「肺活量をつけるために素潜りしてるんだ。今なんて3分間も潜ってたんだよ。新記録!」
「・・・何で服着たまま水に入ってるの」
目を据わらせて質問を繰り替えすサクラに、
「水着忘れたから」
ナルトはあっさりと答える。
手の甲で鼻を啜りながら。

サクラは「あんたは馬鹿か」と言おうとして、やめた。
馬鹿に馬鹿と言っても仕方がない。
代わりに、ナルトの頭を叩いて言った。
「もうこんなこと止めなさい。ほら。こんなに冷たくなってるじゃないの」
サクラは苛立ちまぎれにナルトの頬をつねる。
ひんやりとした感触に、指先の熱が奪われていくような感じがした。

カカシに与えられた先入観があったとはいえ、ナルトが自殺などと妙な勘違いをした自分が恥ずかしい。
ナルトが何も気付いていない様子なことが救いだ。
ほっと息をついたサクラは、ふと、あることに気付く。

サクラは髪から水を滴らせるナルトの顔を、覗き込むような動作をする。
「・・・あんた、背伸びた?」
「え、そう、かな」
言われて、ナルトは少し目をむいてサクラを見た。
そうすると、さらにはっきりとする。
サクラと同じ目線、あるいは、僅かにナルトの方が高いか。
今まではずっと見下ろす立場だったのに。

 

サクラは何となく面白くない気持ちで唇を噛み締める。
そのまま睨むようにして、ナルトを眺めた。
思えば、ナルトの顔をこんなに間近で見たのは初めてのこと。
至近距離に、澄んだ蒼い瞳。
少しの曇りもない、底の見通せる湖のような。

思わず見入ってしまったサクラは、今、自分がどれほど無防備な顔でナルトを見ているのか、気付いていない。
自分を凝視しているサクラに、ナルトは急に笑顔になった。
そして。

 

唐突に唇に感じた温かな感触にサクラは硬直する。
衝撃が大きすぎてすぐには声が出ない。

顔を離すと、ナルトは心底嬉しげに微笑んだ。
「えへへ。サクラちゃん、ようやく俺の目を見て話してくれた」
にこにこと満面の笑みを浮かべながら呟く。
不意打ちのキスは、たぶん、彼なりの喜びを示す行為。
深い意味があったのことではない。
「・・・あんた」

もちろん文句を言うために口を開いたサクラだが、言葉が続かなかった。
何だか、脱力してしまって、そのまま肩を落とす。
「サクラちゃん?」
ナルトは不安げな表情をして呼びかけた。

 

悪気がないのだ。
思いつくままに言葉にし、行動しているのだろう。
そのときすぐに怒らなければ、何故怒られているのか分からない。
ペットのしつけのようだ。

「・・・なんか、もういいわ」
ナルトに背中を向け、サクラはざぶざぶと浅瀬に向かって歩き出す。
長いこと水に浸っていたせいで、すっかり身体が冷えてしまった。
早く、家に帰って風呂に入らなければ、本当に風邪をひく。
馬鹿は風邪を引かないというからナルトは大丈夫だろうが、こっちは違うのだ。

歩きながら、サクラは自らの心の整理をつけた。

ナルトのことは、嫌いじゃない。
ナルトが好きだと言ってくれる自分のことも、嫌いじゃない。
ならば。
何も恐れる必要はないのだ。

 

荷物をまとめ慌ててあとをついてくるナルトに、サクラは刺のある声で言う。
「今度からは断わりなくあーゆーことしないでよね!」
ナルトは首をかしげて暫し考えるような動作をした。
そして、けろりとした顔で訊ねる。
「断わったら、いいの?」
「駄目!!!」

振り向いたサクラは言下に、語尾を強くして答えた。
顔を紅潮させて。
そういうところが可愛いと、ナルトに思われているとは知らずに。


あとがき??
女の子がお花だと主張するナルトは、『今日もみんな元気です』の草太くんがモデルです。
彼の言動はナルトとよく似てるのですよ。
あとはいつも通り、『キル・ゾーン』のラファエル。
生い立ちも性格も似すぎてるので、うちのナルトは常にラファエルを意識して書いてます。
サクラちゃんにキスしたナルトは、そのまま「密林」でのラファエルくん。どっちも無意識。(笑)
冬の池で泳いじゃうナルトは、『銀曜日のおとぎばなし』のシャーロットかなぁ。

この作品の元になる話は随分前に出来ていたのですが、その文章が先日出てきまして。
冒頭の「お花」の会話の後に、水辺でチューするナルサクの場面がきてる。
・・・一体、どういう話にするつもりだったんだ、私。
どう頭をひねっても思い出せない。
しかし、せっかく考えたものをもったいないと思い、つじつま合わせのために2があんな話になりました。
かなりの荒業。おかげで変な話になってしまって、申し訳ない。
ナルトは怒った顔のサクラちゃんが、好きなのですよ。可愛いから。

ただ、草太なナルトが書きたかったので、満足です。


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