観用少女 −少女人形―


追っ手の目を眩ますために入り込んだ、とある店。
その店を選んだのは、ただ人気のない路地にあったことが理由。
そう、思っていた。
だけれど、もしかしたら不思議な引力とやらが俺を導いていたのではないかと、今更のように思う。

ロマンチストな人間は、きっとこれを“運命”と呼ぶのかもしれない。

 

 

扉を開けると、一人の男が俺を出迎えた。
長髪を後ろにくくり柔和な顔立ちの、眼鏡をかけたやさ男。
この青年が店主なのか、見渡せる範囲で他の従業員はいない。

「少し、休ませてくれ」

自分で言うのも何だが、怪しい出で立ちだと思う。
任務中、敵から追跡されているため、清潔とは言い難い身なり。
顔の半分を覆うマスクに片目を隠す額当て。
これで「俺は怪しい人間じゃないから安心しろ」と言ったところで、到底信じてもえないだろう。
どっちにしろ、敵をやり過ごすための時間をとらなければならないのだ。
店主が煙たがるようなら、見た目弱々しい印象しかない彼に力ずくで納得してもらうしかない。

だが、俺の心配をよそに、彼はにっこりと微笑んだ。

「どうぞ。好きなだけ休んでいってください」

 

まるで、「ようこそいらっしゃいました」とでもいうような笑顔だった。
丁寧に椅子を勧められ、思わず呆気に取られる。
こうなると逆にこっちが訝ってしまう。
まさか俺が気を許した隙に敵側の人間に密告し、僅かな金銭を手にしようという輩だったのだろうか。

俺が訝っているのを知って知らずか、彼はいそいそとティーカップに茶を注いで差し出した。
「疲れが取れますよ」
促されるままに椅子に着いた俺に、変わらぬ笑みで茶を勧める。
見たところ、外部と連絡を取ろうという動きはない。
茶に混ぜ物をする手振りもなかった。
心地よい香りに誘われ、俺は店主から目を離さないようにしながらティーカップに口を付けた。

僅かに含んだだけで、口内に広がる何とも言えない味わい。

疲労のたまった身体から全ての灰汁が抜け落ち、身が軽くなったような気がする。
砂糖を混ぜたわけではないのに、程よい甘味が舌を刺激する。
「美味い・・・」
素直に感嘆の声をもらした俺に、店主はなお一層の笑顔を浮かべた。
「よろしゅうございました」
どこか古風な物言いで店主は嬉しそうに言った。

 

思えば、逃げることばかり考えていて、この店の看板を見逃していた。
見回せば、アンティークな家具の揃った店内。
テーブルに置かれたランプは、頼りなげな灯りで周囲を照らしている。
「ここは茶を売る店なのか」
二口目の茶を飲みながら訊ねる。
「いえ、お茶は問い合わせがありましたらお譲りするだけです。うちの店で取り扱っているものは別ですよ」
「別?」
「ええ。奧の部屋にあるんです」

俺はどこか浮世離れした感のあるその店と店主、彼が取り扱っている商品とやらに好奇心が湧いてきた。
任務の最中、他に気を取られている場合ではないというのに。

「こちらですよ」
するすると音を立てずに歩く店主は、言葉と同時に、奥の間に姿を消した。
興味があれば、付いてこいと言っている。
彼に対して何となく警戒を解いた俺は、誘われるままにその部屋へ足を向けた。

 

 

店の扱っている商品。
それを一目見るなり、俺は息を呑んで立ちすくむ。

部屋のそこかしこに、オブジェのように置かれた少女達。
レースが幾重にも重なった華やかなドレスを着て、目を固く閉ざしているそれらは、とびきりの美少女だ。
死んでいるのか、眠っているのか。
はたまた、人間によく似たただの人形なのか。
声の出ない俺に、店主はにこやかに笑いかけた。

「観用少女でございますよ。初めてご覧になりましたか?」

 

観用少女(プランツ・ドール)。

噂だけは聞いたことのある。
元は上流階級の貴族達の暇つぶしのために改良された代物。
食物を供給すれば排出もする、精巧に出来た生き人形。
あまり一般の人々の目に触れないのは、金持ちの道楽だった名残か、目玉が出るほど法外な値段のせいらしい。
だが、観用少女を作ることの出来る腕を持つ職人自体がすでに希少価値なのだから、品物が高価なのも納得がいく。

「これが観用少女・・・」
芸術的作品を前に、感嘆の声しか出ない。
どれもその名に違わぬ秀麗な面立ち。
身動き一つせず座る彼女達は皆呼吸をしているが、さすがに人形然としている。

 

店主が何も言わないことをいいことに、目の保養とばかりに部屋をうろついていると、ふいに、名前を呼ばれた気がして。
ある一つの少女に目が吸い寄せられた。

桜色の髪をした、人間の年齢で12、3といったところか。
どこか、他の少女達とは違う雰囲気を纏っているように見える。
俺がその少女を凝視していることに気付いた店主が静かな足取りで近づいてきた。

「彼女に目を付けるとは、お客様も目が高いですね。滅多に出ない一級品でございます。何度か望まれて引き取られたのですが、どこの家も合わなかったようで、戻って参りました」
意味ありげに微笑んだ店主は軽やかな口調で喋り続ける。
「このくらいの少女になると、選ぶのですよ」
「選ぶ?」
「ええ。主人を」
怪訝な顔の俺に、店主は頷いて言った。
奇妙な話だと思った。
商品の方が、買い手を選ぶなど、聞いたことがない。

俺は再び少女に視線を戻した。

 

「何でこの少女だけ髪が短いんだ」
その少女だけがとりわけ目立っている、一つの要因。
他の少女達が腰まで伸びた髪にリボンが飾られているのに対し、この少女は肩に付く程度の長さしかない。
それも、揃えるというより、乱雑に切られた様子で。

「この少女は少々気むずかしいのですよ。観用少女を育てる糧は愛情でございます。そして、愛の足りない少女は枯れてしまう。普通の場合は」
店主は頬に手を当ててため息をついた。
「ですが彼女は主人への不満を“枯れる”ということで表さず、“髪を切る”ということで表現したようです。慌てた元の主人が当店へメンテナンスに出されたのですが、彼女の方が主人のところへ戻ることを嫌がりまして。それで、ここに出戻ってきたのです」
「・・・もう、伸びないのか」
「それは、育て方次第、というところでしょうか」

艶やかな髪。
不揃いなことだけが悔やまれる。
珍しい色合いの桜色の髪なのに、もったいなく思う。
少しばかり屈んで、俺は少女の毛先に触れた。

「もう少し伸びたら、もっと綺麗なのにな。翡翠の瞳や白い肌にもよく映える」
「・・・え?」
俺の言葉に、店主が驚きの声とともに振り向いた。
そして店主は少女と、俺とを交互に眺める。
彼はつむっていた少女の目が開いていたことに初めて気付いたらしい。

 

いつからか、少女は俺の顔とじっと見詰めていた。
彼女が自分の方を見てくれたことが嬉しくて。
つい顔が綻む。
するとそれに反応するかのように、少女も俺に微笑を返してきた。

花が咲くというより、場の空気が一瞬で光り輝くものになったような天使の笑顔。
先ほど、この店の茶を飲んだときと同じような、安堵に似たあたたかさが身体に広がっていく。
不思議な高揚感。

「これ、いくら?」

高価なものだと分かっていても、つい訊いてしまったのはそれほど彼女の笑顔が魅力的だったからだろうか。

 

「ええとですね、これほどの逸品ですとこうしたお値段かと」
商売人よろしく、店主はどこからか取り出した筆と紙でさらりと金額を記した。
流れるような所作とは正反対に、明記された金額は天文学的かと思える数字だった。
たぶん、俺が100年かかっても稼ぐことが出来ないであろう金。
どんな敵を前にしても気後れしたことのない俺が、危うく腰を抜かしそうになる。

「・・・マジ?」
「ええ」
引きつった顔で訊ねる俺に、店主は罪のない笑顔で答える。
「ですが、このたびはこれくらいのお値段で取引致したいと思いますが、どうでしょう」
店主は新たな値段を再び紙に書いた。

それは、やはり馬鹿高い値段だったが、無理をすれば買えないことはない。
にわかに信じがたく、俺は店主を疑いの眼で見る。
だが、店主は臆することなく笑顔をたたえていた。

「出戻った少女というのは、元の値段では売らないことになってまして。それに、お客様は特別ですので」
「え?」
「少女が目覚めてしまいましたから。こうなると、もう別のお客様には売れないのでございます。お客様が権利を放棄されると、彼女はここで枯れるのを待つしかないのですよ」

 

少女が枯れる。

俺はその言葉に愕然としてしまった。
それがどのようなものかは分からないが、この少女が消えてしまうのは。
その笑顔が曇ってしまうのは。
たとえようもなく嫌な感じがする。

焦燥にも似た感覚に背中を押され、俺は覚悟を決めて少女の向き直った。

俺は彼女の頬にそっと触れる。
「貧乏だし、あんまり良い待遇じゃないと思うけど」
多大な緊張を含んだ声で、俺は問い掛けた。
「うちに来るか?」
顔を覗き込むと、翡翠の瞳は食い入るように俺を見詰めている。

やがて、俺の手に添えられた彼女の小さな手と、優美な微笑み。

舞い上がっていた俺の願望が生んだ空耳と言ってしまえばそれまでだ。
でも、物言わぬ彼女の肯定の返事が、俺には確かに聞こえた気がした。

 

 

美しい外見で人々を愛されるだけが仕事の観用少女。
これが俺と彼女との出会いだった。


あとがき??
すんごい続きそうなラストですね。続きます。書くかどうかまだ未定ですが。
書きたい気持ちは満々なので、気が向けば、たぶんそのうち。
ながーい話なので。
ナルトやサスケやアスマやいのやイルカも登場。
それぞれ別の話でね。
本当は「会員制カカサクサイト」に投稿しとうと思ったのだけれど、思いのほか長いシリーズになりそうだったんで、悩み中。
これだけ投稿してもどうかと思うし・・・。うーん。

何でカカシ先生一人称になったのかは不明。
プランツは喋らないからかな。
次作は唐突に三人称かも。

カカシ先生は観用少女がどんなものかまだ分かっていないようです。
買うのも大変だけど、育てるのはもっと大変なのです。金がかかる。愛情もかかる。(笑)
次はそのあたりを書きたいか。

どうでもいいけど、カカサクなのか、これは??
パラレルを書くと、いつも思う。
ハッ!カカシ先生の名前もサクラの名前も出てきてない!!カカサクなのかー!??

川原由美子先生の単行本、『観用少女』を読むとより分かりやすい話。
原作、そのまんま模してるので。
“少女”は“プランツ”と読んでくださいね。(ふりがなふれないので)


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