観用少女 −sleeping beauty


店主は、笑って言った。
観用少女を育てることは簡単だと。
ミルクと砂糖菓子があれば充分なのだから。
だが、それは全くの建前だ。

服代、ミルク代、砂糖菓子代、各種化粧品代、入浴剤代、その他日用品。
諸々数え上げればきりがない。
それも、観用少女が使うものはどれも一級品を選ばなければならないのだ。
度重なる出費に、俺のなけなしの貯金はあっという間に底をついた。

あとに残ったのは、少女を買った際のローンだけ。

 

 

「荒れてるなぁ」
「・・・ほっといてくれ」
一応、心配してかけられた同僚の言葉に、俺はそっけなく応える。
少女のためにと任務を増やしたおかげで、疲労は相当たまっていた。
今日も仕事の終了と同時に、報告書を書くための部屋のテーブルに突っ伏している。
そう、ゆっくりもしていられない。
家には俺の帰り、正確にはミルクを与えてくれる主人を待つ少女が待っているのだ。

「んじゃ、俺、もう帰るな」
ふらりと立ち上がり、そのまま扉へと向かう。
「カカシ、この間の件はOKなのか。そんな調子で」
「この間の・・・」
背中に向けて投げられた言葉に、俺は立ち止まった。
暫し思案して、ようやく思い出す。
「ああ。大丈夫って火影さまに言っておいて」
言い残して、俺はその部屋から立ち去った。

 

「ただいま」
自宅にたどり着くなり、声と同時に倒れ込むようにしてあがりこむ。
リビングにやってくると、唯一の同居人がソファの上でまどろんでいた。

俺のいない間、彼女はずっとリビングのソファを定位置にしている。
少女を横目に通り過ぎ、ダイニングへと向かった。
プランツ専用のミルクを温めるために。

どういう身体の仕組みになっているのか分からないが、観用少女の食事は日に三度のミルクと週に一度の砂糖菓子のみ。
他の物を与えると、変質してしまうらしい。
ミルクは滋養の高い最高級品で、それもわざわざ人肌に温めないと少女は飲まない。
少女が微笑んでくれるから、そうした作業は全く苦にならない。
そのはずだった。

テーブルにティーカップを置き、俺は少女の傍らに座り込む。
物言わぬ少女。
最近ではめっきり笑顔を見せなくなった。
また、今もこうしてミルクを用意したというのに、起きる気配はない。
一体、何が不満なのだろう。

ドレスを着せて、ミルクを用意して、身体を綺麗に洗って、絹のシーツにくるんで寝かせているのに。
不揃いなままの髪に、そっと触れてみた。
ミルクを飲まないから、肌や髪も荒れてきている。
枯れることが嫌だったから、ここへ連れてきたはずなのに。
かえって時期を早めてしまった気がする。

 

「里を離れることになった」

少女の睫が、僅かに震えた。
「長期の任務を頼まれたんだ。暫く帰って来れないけど、君の世話は知り合いに任せるから大丈夫だよ」
語りかけていると、それまで眠っているようだった少女が急に目を開いた。
久々に見た翡翠の一対。
彼女はもちろん、うんともすんとも言わなかった。

そして、少女はそのまま眠りについた。
冷めていくミルクを気にすることもなく。

 

観用少女は、一般的に自分の気に入った、ごく少数の者にしか心を開かない。
それは、主人であったり、その家族だったり。
里を離れるにあたって、俺はそのことが一番気がかりだった。
世話を頼んだ人物を、彼女が無視することもあるかもしれない。
そうなると、自分が里に帰ってくる前に、少女が枯れるということも考えられる。

だが、そうした俺の心配は全くの杞憂だった。

奇妙なほどに。
少女は俺の選んだ世話係になついた。

 

 

「どういうことだ」
俺はむっつりとした顔で、観用少女を取り扱う店主に問い掛ける。
一度見合わせただけだというのに、少女の変化は尋常じゃない。
それほど、少女は世話役にべったりだ。

「ああ、たまにいらっしゃるのですよ。そうした、少女と相性のいい方というのが」
「相性?」
「ええ。波長が合う、というか。そういう方は無条件に少女に愛されます」
店主は続けて念を押すように言った。
「くれぐれもその方をこちらに連れてこないでくださいね。他の観用少女達がなついてしまったら、売り物にならなくなりますので」
理由を聞いても、俺は憮然とした表情を崩さなかった。

少女の世話を任せた者の名前をサスケという。
同じ部署に入ったばかりの新人だ。
将来有望な者だが、新人ということで一番仕事が少なく、頼み事をするには打ってつけだった。
日頃から女によくもてる奴だったが、まさか観用少女からも愛される人種とは思わなかった。
「かえって心配で任務に行けなくなっちゃったよ」
ぼやきながら、俺は店主の用意した茶をがぶ飲みする。

 

「お客様、今日はどいうったご用件で・・・」
くだを巻く俺に閉口したのか、店主は早々に訊いてくる。
「少女が眠ってばかりなんだ。滅多に起きないからミルクも飲まない。どうすればいいのか、相談に来たんだよ」
つっけんどんな物言いになってしまったのは、完全な八つ当たりだ。
分かっていても、どうすることもできない。
普段眠っているくせに、サスケが姿を見せると少女は必ず目を覚ます。
それがまた面白くなく、イライラ続きだ。

「観用少女が眠りつづけるときは、愛されていないと感じたときです」
店主は思案顔で返答をかえしてきた。
顎に手を置いたまま、ちらりと俺を見る。
「失礼ですが、お客様の愛情が足りないのでは」
その一言に、一気に頭に血がのぼった。

「何言ってるんだ!俺はちゃんとお前に言われたとおりに世話をしたぞ。必要な物は全部買って与えた。何の問題があるっていうんだ」
「物を与えていれば、愛しているということになりますでしょうか」
声を荒げた俺とは反対に、冷静に切り返される。
俺は直に彼を非難しているというのに、店主はあくまでたしなめる程度の言葉を返してきた。
ただ、咎めるような視線を向けてくる。

 

いたたまれない気持ちになって、先に目をそらしたのは俺の方だった。
視界には、ティーカップから立ち上るあたたかな湯気。
居心地の悪い空気を緩和するためにも、それを少しだけ口に含む。

「愛情って、一体何だ?」

カップを手にしたまま、訊くともなしに、ぽつりともらす。
それは、自分でも驚くほど、頼りなげな声になった。

たいした知り合いでもない店主にそんな質問をしたのは、本当に分からなかったからだ。
物心ついてから、誰かから愛された記憶も、誰かを愛した記憶もない。
愛と呼ばれるものについて、考えたこともなかった。
まして、欲したことなど皆無。
裏切りが常識の現実世界で、目に見えないものがどれほどあやふやかは、充分に知っていたから。

だけれど、そうしたやっかいなものが、少女の何よりの栄養だという。
もう完全に八方塞な状態だ。
やはり、俺のような人間が貴族の遊びの“観用少女”を手に入れようなどと、最初から不相応だったのだろうか。

 

「どうしても、というのなら下取りということで、こちらで再び引き取りますよ」
思い悩む俺を見かねてか、店主が声をかけてくる。
「そんなことは考えてない」
「どうしてですか」
店主に問われ、ふいに会話が途切れた。

答えようと口を開いたものの、考えが上手くまとまらず、声に出せない。
もどかしげに顔をしかめた俺に、店主はにっこりと笑った。
「他の人間に少女が気を許したときに感じたもの、そして少女を手放したくないという気持ち。それらは先ほどお客様が訊ねたものの答えからくるものですよ。名前を呼んで、少女にそれを伝えればいいんです」

店主は具体的な答えを提示したわけではない。
自らで結論を出せと、促している。
だが、俺は目から鱗が落ちたような気持ちになった。

 

笑わなくなった少女。
眠り続ける少女。
金と世話がかかる少女。
他の人間になつく少女。

それでも、手放そうという気持ちにならなかったのは・・・。

「・・・帰る」
俺は唐突に椅子から立ち上がる。
店主は気にした風もなく、愛想良く笑って俺を送り出した。
「またどうぞ」

 

 

家に戻ると、少女は朝見た体勢のままソファで眠っていた。
だが、構わなかった。
以前、話しかけたときに少女は目を開いた。
今度も、目は閉じていても耳には入っている。

「サクラ」
出来うる限り、優しく呼びかける。
「君の名前だ。君に似合う名前を付けてあげたくて、一生懸命考えたんだ」

少女の姿を頭に浮かべた瞬間に、思いついた。
春になると、少女の髪の色と同じ綺麗な花を咲かせる樹木の名前。
満開の桜の幻想的な趣は、どこか観用少女の纏う空気と似ている気がした。

それにしても、名前を付けるという一番基本的な問題を店主に言われるまで忘れていたなんて、とんだ失態だった。
これでは少女が呆れてしまうのも無理はない。

 

ゆるゆると開かれた碧の瞳は、望み通りに自分を見詰めている。

こうしてサクラと間近で顔を付き合わせていると、彼女に最初にうちにくるかどうかを訊いたときのことを思い出される。
すると自然に、頬が緩んだ。
あのとき、たとえサクラが否の返事をしても、自分はきっと彼女を家に連れて帰ってきていた。
理由はしごく単純。
馬鹿な俺はそれが何であるか、自分自身分かっていなかっただけで。

「サクラのことが好きなんだ。だから、もう一度、笑ってくれないか」

サクラの瞳を見詰め、ストレートに告白をする。
そして、俺の微笑を認めると、サクラはこぼれるような笑顔を返してきた。
俺に向けられた久方ぶりの笑顔に感動して、ようやく気付く。
日々の忙しさに、笑顔を忘れていたのは自分の方だったことに。

俺が笑えば、彼女もきっと笑顔を返してくれたはずなのに。

 

 

里の外に出る任務を取りやめ、まめに話しかけるようにしたおかげか、サクラは頻繁に笑顔を見せるようになった。
それは喜ばしいのだが、悩みも一つ。
砂糖菓子を片手に度々来訪するようになったサスケにも、サクラは愛らしい笑みを向ける。
いらぬ虫を近づけてしまったと、後悔する毎日だ。


あとがき??
1を書いたらわりと満足だったので2を書く気は薄れていたのですが、若干一名ほど読みたいとおっしゃる奇特な方がいたので、書きました。(笑)
まゆさんがいなかったら、この話は存在しなかったです。

どうやら、誰かの一人称で語られるシリーズみたいですね。
続きを書くなら、3はカカサク以外のカップリング。ナルサクかな。イルカ先生も出して。カカシ先生は出てこない。火影さまはちらっとだけ。
ナルチョは個人的にいとおしいので、ハッピーエンドな話。原作からちょっと外れた感じの。
ナルトとサクラは揃ってラブリ〜ですv
私、NARUTOではナルトに一番夢見てます。

4があるとしたらサクラはもっとサクラらしくします。
これはサスケの話。どうやら彼は少女を(少女が、ではなく)気に入ったようなので。
今回省いてしまった、サスケを見たときの少女の変化を書こうかと。先生、嫉妬しまくり。
5は、いのとアスマと紅が出てくる話。ヒナタちゃんもかな。
そうして、さらにオリジナル化は進むのであった。(合唱)

しかし、上記の続編を書くかどうかは未定。というか、今の調子ではたぶん無理。
書かなかったら、個々で想像膨らませてください。(^▽^;)


駄文に戻る