観用少女 −名人の称号−


「俺も観用少女を作る!」

ナルトは片手を上げ、イルカに向かって高らかに宣言した。

暫し呆気に取られたイルカは、我に返るなりにべもなく言い放つ。
「無理だ。諦めろ」
「何で何で!?」
「何でも」
イルカは聞く耳を持たないとばかりナルトに背を向ける。
中断していた作業を再開したイルカに、ナルトは必死に食い下がった。

「ほら、もう設計図も作ったんだよ。見るだけ見てみてよ!」
ちょこまかと回り込み、ナルトはイルカの眼前にその用紙を広げる。
見てくれるまで、絶対にその場所から動かないという構え。
生来押しに弱いイルカは、渋々というようにナルトから紙を受け取った。

 

最初はいかにも嫌々という風だったイルカだが、目を通した瞬間に、思わずその図面に見入っていた。
正直、その正確さに舌を巻く。
細かい手直しは必要だが、“名人”の称号を持つ者が描いたものと、まるで遜色がない。
完成後の作品がありありと瞼に浮かんでくる、およそ完璧な図面。

「・・・これ、お前が一人で描いたのか?」
信じられないというように言うイルカに、ナルトは大きく頷いた。
「イルカ先生、お願い。これを絶対に完成させたいんだ」
「でもなぁ・・・」
イルカが頭をかきながらナルトを見ると、ナルトは両手を合わせておねだりポーズだ。

「大変だぞ」
「うん。俺、頑張るよ!」
瞳を輝かせるナルトは、すでに作る気満々だ。
ため息をつくと、イルカはナルトの頭を乱暴になでる。
ナルトが一度言い出したら聞かない性格だということは、イルカは長い付き合いから重々理解していた。

そうして、日常の雑務をそれまで通りこなすことを条件に、イルカはナルトの観用少女作りを承知することになった。

 

 

観用少女を作ることの出来る職人は主に“名人”の名で呼ばれる。
少女を作るには、精密機械を作る以上に難しい技術が必要で、誰しもおいそれとなれるものではない。
中でも、イルカの作る観用少女は質が良いということで評判の代物だった。
若手では一番の実力者と、近年高い評価を受けている。

そのイルカが、手伝いとして雇っている孤児の少年がナルトだ。
ナルトは今、昼夜問わず自分で図面を描いた観用少女の育成に没頭している。

 

 

「上手く育っているようじゃの」
工房に響く重々しい低い声に、イルカは作業の手を止めて振り返った。
「火影さま!」
慌てて駆け寄ると、イルカはテーブルのある一角へと火影を迎え入れる。
里の長である火影は、数年前にイルカの作った観用少女を購入した縁で、頻繁に訪れる客人だ。
年齢の割に落ち着きのあるイルカと話が合うのか、二人は茶飲み友達と言っていい仲だった。

テーブルについた二人の視線の先には、ナルトと、すくすくと成長する観用少女がいる。
ナルトの手がけた少女はイルカが手伝ったこともあり、今のところ奇跡的にも悪いところが見つからない。
時期的に、仕上げの段階に入っているところだ。

「あっちのプランツはいつ完成する?」
「そうですね・・・」
暫し考え込み、イルカは慎重に答える。
「もう3,4日したら、目が開くかと」
「そうか。楽しみじゃの」
火影は微笑を浮かべ、浮き浮きとした声を出す。
「その頃にもう一度来るとするか」

 

 

そしてイルカの言葉に反し、ナルトの観用少女の起動する時は思いのほか早くやってきた。
その日の夕刻。
ゆるやかに少女は目覚めの兆候を見せ始めた。

イルカとナルトが見守る中、設計図通り、翡翠の瞳が開かれる。
感動で胸がいっぱいになったナルトだが、すぐに様子がおかしいことに気付く。
その瞳は、確かに眼前のものを映しているのに、全く反応がないのだ。
目端で手をかざしてみても、ぴくりとも動かない。

ナルトは困り顔でイルカを見上げる。
数々の観用少女を送り出してきたイルカは、何が起きたのかをすぐに看破した。

「ナルト、見えてないんだ」
「え?」
まだ分かっていないナルトに、イルカは静かに告げる。
「この観用少女は目が見えてないんだよ。これは失敗作だ」

外見上は、何の問題もない。
珍しい色合いの薄紅色の髪に翡翠の瞳で、秀作といっていいできばえ。
だが、内部に欠陥があるのでは、当然、商品として外に出すことはできない。
また、そうした商品がどうなるかは、観用少女を作る手伝いをしていたナルトはよく分かっていた。

 

「これは処分するよ」
「・・・・」
「図面があるし、また新しく作ればいい。きっと今度は成功するさ」
「・・・・」
イルカはが何を言っても、ナルトは返事をしない。
ただ、目に涙をためて俯いている。

観用少女を作る身として、ナルトの気持ちはイルカには痛いほど分かった。
だからこそ、よく言って聞かせなければならない。
「売り物にならない商品を、ここに置いておくわけにいかないんだよ」

イルカの意見はもっともなものだ。
観用少女にかかる費用は馬鹿高い。
作るだけでも相当だが、維持するとなるとさらに入り用になる。
失敗作の少女の間引きは職人の間では当然のこと。
それができなければ、“名人”と呼ばれる職人にはなれない。

 

「ナルト」
イルカが確認するかのように声をかけると、ナルトはようやく顔を上げる。
「・・・この少女は俺が育てる」
案の上、ナルトは突拍子もないことを言い出した。
イルカは頭を振りながら断定的に言った。
「ナルト、もうこれ以上の我が儘を聞くわけにはいかない」

いつになく厳しい口調のイルカに、ナルトはぼろぼろと涙をこぼす。
「他に何にもいらないよ」
感情の高ぶりとは反対に、ナルトは静かな声で訴える。
悲痛とも思える声音で。
「給料も全部いらないから、俺の少女を殺さないで」

ナルトは離すまいと少女を抱えていた。
イルカの目から庇うようにして。
暗闇の世界に、目覚めたばかりの少女は不安げにナルトの手を握っている。
こうした二人の姿に、胸を打たれない人間はよほどの極悪人だ。

ため息をつくと、イルカはぼやくように言った。

「ナルト、やっぱりお前は“名人”にはなれないよ」

 

 

後日、様子を見にやってきた火影にイルカは一部始終を語った。
茶を飲みながら、火影は興味深げに耳を傾けている。

「ほぅ。それで、あの少女はナルトが引き取ることになったのか」
「そうですよ。設計図があれば同じ観用少女は何度でも作れるのに。妙にあの一体に執着してるんです。名前は“サクラ”にしたそうですよ。見てください」
イルカはある一点を指し示す。
そこにはナルトにべったりの少女、否、少女にべったりのナルトがいる。
よく面倒を見たおかげか、少女はすっかりナルトになついているようだ。
少女はナルトが工房で作業をしている間も、家でくつろいでいる間も、片時も離れない。

困り顔のイルカに対し、火影は意味ありげな含み笑いをした。

「一人のプランツに執着しているという点では、お前と同じではないか」
口に運んだ茶をこぼしかけたイルカは、急にばつが悪そうな顔になる。
「孫の遊び相手にとオーダーした“観用少女”が、失敗して“観用少年”になってしまったと連絡が来たときはどうなることかと思ったがの」
「火影さま・・・」
昔の失敗談を持ち出した火影に、イルカは恨めしげな視線を送る。
その様に、火影は声をたてて笑った。

「ナルトに、プランツだったときの記憶はないのか」
「すっかり人間だと思ってるようですよ。実際、普通の少年と変わりませんし」
「ふん。それにしても、多少失敗したとはいえ観用少女を一人で作り上げるとは」
茶を一口啜り、火影はイルカを見据える。
「ナルトも稀代の“名人”になるやもしれんぞ」

間引きする観用少女を作りたくない。
少女を慈しむ気持ち。
そうした想いこそが、“名人”への道に繋がるのかもしれない。

楽しげに笑う火影に、イルカは曖昧な笑顔で応えた。


あとがき??
・・・どんどんずれていくような。
絶対に書いておきたい話だったので、良かったですよ。
イルカ&ナルトのコンビは凄く好きなのです。(カップリングではなく)

3に登場するサクラはいわば試作品。
1、2に登場するサクラは、ナルトが作製した図面を元に作った完成品。
つまり、3は1よりも前の出来事。
この世界では、サクラという名の少女は二人存在するということです。
ちなみに、火影さまが最初に登場したとき「上手く育ってる」って言ったのはナルトのことですよ。

少女は名人の手元で一定の期間育ててから、出荷するのです。
そうして、バス、トイレをしつけられるらしい。
観用少女を作るのに、どういう過程があるのか全然分かりません。適当なので、つっこまないように。
図面を描いてるのは、藤原薫先生の漫画を観て想像しました。

 

1と2は、まゆ様のサイトに飾って頂いたという、とっても幸運なシリーズ。
この勢いで4も書ければいいなぁと思います。どうかな。
・・・3に出てきたサクラのその後の方が早く書きたい。予想外の展開。ナルトの力です。
原作ではカカシ先生が一番好きだけど、自分で書く分にはナルトが一番ラブリーだったりする。(おかげで創作部分が大半っす)

3の続き(4とは別)はハヤテさんが出てきますよ。
ジャン・バルジャン&サクハヤ。(←キーワード??)
今回あまり動きの無かったサクラが、大活躍の予感・・・。
しかし、主役は人形師見習いのナルト少年。

3の続きを書くことがあったら、桃川春日子先生の作品のおかげです。


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