観用少女 −crystal eyes− 前編


「サクラちゃんがいなくなったーー」

作業場に入るなり、ナルトはイルカに取りすがって号泣した。
困惑したイルカはナルトの背中をさすり、何とかなだめようとする。
「いなくなったって、どういうことだ。ちゃんと説明しろ」
「うう。そ、それが・・・」
しゃくりとあげるナルトはうまく声を出すことができない。
それでも、ナルトの言葉をつなぎ合わせると、事情はこういうことのようだ。

 

この日、仕事に必要な材料を購入するために繁華街に赴いたナルトは、サクラと連れ立って街頭を歩いていた。
観用少女はしゃべらないことを除けば普通の少女と変わらない。
さしてトラブルを起こすことなく買い物を楽しんだナルトだったが、ふと目を離した瞬間に、サクラを見失ってしまったらしい。

「一生懸命捜したんだけど、どこにもいないし、もうどうしたらいいのか」
ナルトはべそをかいたまま訴える。
何しろ、いなくなったのは観用少女なのだ。
言葉も満足にしゃべれない人形が街に一人で出たら、どうなるか想像するだに恐ろしい。
しかも、サクラは目が見えないという欠陥を抱えている。
生まれたばかりの赤子が目隠しをして歩いているようなものだ。

更に最悪なことに、ナルトがこの工房へ走り込むのと同時に、雨が降り始めていた。
すでに日は暮れ、月明かりすらない夜の闇が辺りを包んでいる。
ナルトだけでなく、イルカまで絶望的な気持ちになった。

 

「取り敢えず警察に捜索願いを、いや、少女は人じゃないから落とし物??」
イルカもかなり混乱している。
受話器を片手に右往左往とするイルカを横目に、ナルトは死んだようにうなだれていた。
そのナルトが、唐突に顔をあげ、瞳を輝かせる。
「サクラちゃんの匂いがする!」
「・・・・へ?」
「こっちの方だ」

ナルトはふらふらとした足取りで扉の外へと向かう。
だが、イルカには全く何の香りも感じられなかった。
もしやショックでどこかおかしくなってしまったのでは。
イルカが青い顔をしていると、前を歩くナルトの足がぴたりと止まった。

門灯の薄暗い灯りの下、確かに、サクラは佇んでいた。
よほど長い間雨に打たれていたのか、ずぶ濡れの格好で。
彼女には、雨が降っても軒下に避難する等の知恵はない。

 

「よ、良かった」
サクラの無事な姿を見るなり、ナルトはその場にへたり込む。
「俺、もう駄目かと・・・」
さめざめと泣くナルトに、サクラはポンと手を置いて撫で回す。
これではどちらが保護者なのか分からない。

「あの、どちらさまで?」
イルカの問い掛けに、ナルトは初めて気付く。
ナルトの目にはサクラしか映っていなかったが、サクラはある人物と手を繋いで立っていたのだ。
全身黒の衣服を纏ったその男は、闇に溶け込んでいるように見えた。
彼は警戒するナルトとイルカに向かってにっこりと微笑む。
「こちらのお嬢さんが迷子のようでしたので、ここまでお連れしたんですよ」

 

 

「絶対に怪しいって!見るからに不健康そうな顔色だし、しかもあの服見た?血が付いてたんだよ。怪我もしていないのに」
ナルトはしきりにまくし立てる。
「でも、他に行く当ても無いって言うし、サクラをここまで連れてきてくれたんだからむげに追い出せないだろ」
イルカの言葉に、ナルトはぐっと言葉につまる。
「それに、悪い人間だったらサクラもあそこまで懐かないと思うよ」
机に突っ伏したナルトは、ぐうの音も出ない。

そうなのだ。
ハヤテと名乗ったあの男は、いつの間にかこの工房に居着いてしまった。
サクラはその彼に始終べったりとくっついている。
今日のように工房で作業をする際には必ずといっていいほどサクラが傍らにいたというのに、今ではナルトが食事のミルクを持っていくときにしかサクラと顔を合わせられない。
ナルトはサクラを取られたようで、全く面白くないのだ。

「ほら、もう今日の仕事は終わりだから、そこどけ」
「ふぁーい・・・」
席を立とうとしたナルトは、何気なく机の隅に置かれた新聞を見る。
ちょうど表に出ていた場所に、気になる記事が書かれていた。
「・・・イ、イ、イルカ先生」
引っ手繰るようにして新聞を見たナルトの顔からは、段々と血の気が引いていく。

 

白昼の悪夢!連続通り魔またも現る

被害者はいずれもナイフで刺され、重傷。
犯人は黒ずくめの服の男。詳しい人相は不明。
変質者の犯行か!?
目撃情報求む。

 

事件の起こった場所はその日ナルトが買い物をしていたところと目と鼻の先、ほぼ同時刻。
記事を前に、ナルトとイルカは顔を見合わせ、同時につばを飲み込む。
黒い服に、怪しい返り血。
二人の脳裏に、血の付いた刃物を片手に薄い笑みを浮かべるハヤテの図が浮かんだ。
あまりに似合いすぎて、すぐにうち消すことができない。

「・・・殺人犯がうちに逃げ込んだってのか。そんな、まさか。ドラマじゃあるまいし」
イルカは真っ青な顔のまま力無く笑う。
師匠の言葉とはいえ、イルカの声はナルトの不安を完全に拭うことはできなかった。


あとがき??
プランツでは初の前中後編。
続きものは気力が萎えるのであまりやりたくないんですけど・・・。
ラストしか考えてないので、続きの内容は今から考えます。(そんなのばっか)
ジャン・バルジャンというより、『トスカ』になった気がする。オペラの。

ナルトくんは1km先にいるサクラちゃんも匂いで発見できるらしいです。愛の力か。


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