観用少女 −crystal eyes− 中編


工房のある建物の敷地内に作られた、庭園。
木々の密集する木陰が、ハヤテの定位置だ。
その場所で眠りこけていると、いつもサクラが姿を見せる。

「大丈夫。そんなに見張っていなくても、今日は外には行きませんよ」
ハヤテは傍らに座りこんでいる少女に向かって優しく言う。
それでも、少女はハヤテから片時も離れない。
彼を引き止めるように、服の裾を掴んでいる。

「・・・・あなたには何でもお見通しなんでしょうか」
口端を緩め、ハヤテは柔らかく微笑んだ。

 

サクラが側に居ると、呼吸が楽になる。
観用少女が病を遠ざけるという話は聞いたことはないが、それは事実だった。
ハヤテにとって持病からくる咳は万年病のようなものだったが、この工房に来て以来、発作的な咳は一度として出なかった。

「あなたのせいですか?」
ハヤテがその顔を覗き込んで訊ねても、サクラは何も言わない。
ただ、にこにこと微笑むのみだ。
その愛らしい笑みに、ハヤテもつられて微笑を浮かべると、遠くの方で庭園の門が開かれた音がした。
振り向くと、二人を見つけ、ナルトが猛烈な勢いで走ってくるのが見える。

 

「お邪魔します!」
眼前までやってくると、ナルトは険の有る声で告げ、わざわざハヤテとサクラの間に割り込む。
そしてサクラに向き直り、盆の上にのせて持ってきたミルクの入ったカップを手渡した。

「あれ、もうそんな時間でしたか」
観用少女の食事の時間ということは、ハヤテやナルトにしてもそろそろ食事の時間ということだ。
ナルトは、サクラにミルクを与えに来たのと同時に、ハヤテに食堂に来るように言いに来たのだろう。
「すみませんね。すっかりお世話になってしまって」
「いいえ!!」
ナルトはぷいと横を向きながら言う。
いかにも、ハヤテが早く出て行くことを望んでいるというように。
その子供らしくあからさまな態度に、ハヤテは怒るよりも笑いがこみ上げてくる。

 

「・・・・ハヤテさんって、お仕事何してるんですか」
ミルクを飲むサクラを横目に、ナルトは何気ない風を装って訊ねる。
「仕事?」
一度首を傾げ、ハヤテはあっさりと答える。
「してませんでしたよ」

無職。

ナルトの中で、ハヤテに対する「うさんくさい」という疑念がさらに強まる。
もしや通り魔なのでは、という疑問を解消するために訊いた質問だったはずが、さらに疑惑を深めてしまった感じだった。

 

 

 

「あれ、ナルトくんいないんですか?」
工房にやってきたハヤテが周りを見回しながら言う。
一人作業をしていたイルカは、手を休めずに顔だけで振り向く。
「ちょっと必要なものがあったんで、近くに買い物に行ってもらいました。サクラは、昼寝の時間ですか?」
「ええ」
答えながら、ハヤテはふらりと工房内を歩き回った。
無造作に置かれた、作りかけの観用少女の一体に手を触れる。
まだ目覚めの時の来ていない少女は、ひんやりと冷たい肌をしていた。
柔らかいサクラの肌の感覚を知っているハヤテは、意外な思いで手を離す。

「観用少女は本当に不思議な人形ですね」
ハヤテは独り言のように呟く。
「私はサクラさんに会うまで、あんなに綺麗な生き物がいるなんて思いもしませんでした」
ハヤテの率直な言動に、イルカは苦笑いをした。
何にせよ、自分の工房から出た観用少女を誉められれば、嫌な気はしない。

 

「あの緑色の水晶の目も。見えていないなんて信じられない」

ハヤテの脳裏に浮かぶ、サクラの、澄んだ緑の瞳。
人の心の奥の奥まで見透かしているような。
少女めいた無邪気さを覗かせると思えば、それでいて、慈悲深い眼差しを自分に注いでくる。
不思議な目。

「見えてますよ」

イルカの口から出た言葉に、ハヤテは目を見開く。
「え?」
「サクラは確かに形のあるものを見ることは出来ません。でも、大事なものはちゃんと見えてます。サクラに限らず、観用少女は皆そうですけどね」
困惑気味のハヤテに向かって、イルカはにっこりと微笑んだ。
「逆に、視覚に頼りがちな私達の方が見えていないものが多いんですよ」

ハヤテは二の句が告げず、呆けたようにイルカを見る。
イルカの笑顔はサクラのものと同様に、自然と人の心を和ませるものがあった。

 

この工房が何故こんなにも居心地がいいのか。
包み込むような温かい空気が流れているのか。
イルカの作り出す観用少女の評判がいいのか。

ハヤテはいっぺんに分かったような気がした。

 

 

 

ナルトが買い物から帰ると珍しく、サクラが一人ぽつんと椅子に座っている。
「ハヤテさんは?」
ナルトは買い物袋を机に置きながら訊ねる。
「ああ。出掛けてくるって外に行ったよ。サクラが昼寝している間にいなくなったから、サクラは不機嫌だ」
「へー」
見ると、確かにサクラは頬を膨らませて眉を寄せている。

付近に人気がないことを確認すると、ナルトはイルカに近づきこそこそと耳打ちした。
「先生、今のうちに早く通報しよう」
「・・・お前、まだそんなこと言ってたのか」
イルカは呆れ顔で言う。
「先生は、ハヤテさんは悪い人じゃないと思うぞ。きっと通り魔は別にいるよ」
イルカの言葉に、ナルトの頭にカッと血が上った。
「そんなこと、分からないだろ!イルカ先生は何でもかんでも信じすぎるんだよ!!」

ナルトの語調がいつになくきつくなったのは、イルカがハヤテを庇ったのが気に食わなかったからだ。
サクラがハヤテに懐いてることに加え、イルカまで。
ナルトは大事な人達が全てハヤテに奪われたような錯覚に陥っていた。

「先生のわからずや!」
ナルトはイルカの静止を振り切って駆け出す。
「ナルト!!」
慌てたイルカが席を立つのと、扉が開かれるのは同時だった。
振り返ると、ハヤテが普段よりもなお一層青白い顔をして工房の入り口付近に立っている。
イルカは怪訝な顔でハヤテを見詰めた。
「ハヤテさん、どうしたんですか。顔色が・・・」

 

電話のある部屋へと駆け込んだナルトだったが、ナルトが受話器を取ると、そのボタンを押す手を阻む者がいた。
先ほどまで工房の椅子に腰掛けていたはずのサクラだ。
ナルトの後ろをいつの間にか付いて来ていたらしい。

「止めないでよ!いくらサクラちゃんでも・・・」
憤るナルトに、サクラは必死な様子で首を横に振った。
ひたすら訴えるような眼差しをナルトに向けてくる。
さすがのナルトも、サクラのこの行動には躊躇した。
サクラがここまでナルトに反抗するなど、初めてのことだ。

ナルトとサクラがにらみ合うように相対し、室内には重苦しい空気が流れる。
工房に付けっぱなしにしてあるラジオが、嫌に大きな音量に聞こえた。
そして、歌謡曲を流していたラジオは、唐突に緊急速報へと切り替わる。

 

『臨時ニュースです。巷を騒がせた通り魔がついに逮捕されました。犯人は50歳、無職の男性で、名前は・・・・』

 

「・・・え?」
その報を耳にしたナルトは、受話器を手に持ったまま硬直した。
ハヤテが通り魔のはずなのに、犯人は掴まったとラジオは中継している。
そして、犯人の名前は別人で、外見的特長もハヤテのそれとはかなり異なっている。
混乱する頭で何とか情況を整理しようとナルトが頭に手を当てていると、イルカが息を乱してやってきた。

「ナルト、救急車を呼べ!ハヤテさんが血を吐いて倒れた!!!」
「ええ!!?」


あとがき??
・・・またしても続いている。
おかしい。サクハヤが書きたかったのに、そういう雰囲気にならずに終わりそうだ。
イルカ先生の話みたいになっちゃった。あれー??
私、イルカ先生のこと好きだったのかしら。はて。
というか、イルカ先生はそのまんま数年後のナルトです。私の中で。

あの、工房ってイルカ先生とナルトしかいないみたいですが、他の下働きの人も何人かいます。
面倒なので省いていますが。(汗)
続きはすぐにアップします。
でも、長いですよ。中編以上に・・・。


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