観用少女 −緑−


自分に、忍びとしての才能がないということは、最初から分かっていた。
体術だけで渡っていけるほど、忍びの世界は甘くない。
それでも、努力すれば、可能性は見えてくる。
恩師の言葉を信じ、ひたすら修行を重ねた。

頑張って、頑張って、それでも駄目だと諦めてしまいそうになったときは。
その場所に行くことに決めていた。

 

 

「ああ。今日も綺麗だ」

彼女の姿を見た瞬間に、呟きが漏れる。
桜色の髪の、観用少女。
豪奢な椅子に座る彼女の瞳は固く閉ざされ、自分を見ることはない。
だけれど、以前は彼女の目覚めを信じて毎日この場所に通っていた。

「お久しぶりです。お仕事の方は順調ですか?」
「ええ、まぁ」
店主の用意した茶を飲みながら、曖昧に答える。
今はまだ本調子ではないが、少女の姿を見ると元気が湧いてくるのだから、事態は好転するはずだ。
目を開くこともなく、声を出すこともない。
だけれど、少女は自分に「頑張れ」とエールを送ってくれているような気がするのだ。

 

「彼女と波長の合う人はまだ現れそうにないですか?」
「こればっかりは、ご縁ですし」
店主は微笑みながら答える。

人待ち顔の少女。
彼女が気を許す人間は、果たしてどんな奴だろうか。
彼女の顔を見るたびに、これが最後かもしれないと思う。
そして、彼女のいないこの店を想像する。

気むずかしい彼女は長い間その場所に留まっていてくれたけれど、別れは突然にやってきた。

 

 

「一足違いでございましたね」

観用少女を扱う店に立ち寄ったある日、店主は申し訳なさそうな顔をして自分の顔を見詰めた。
その言葉の意味を察し、目の前が真っ暗になった。

見つかったのだ。
彼女の、ずっと待っていた人間が。
彼女は自分の主人と手を携えて店を出ていったあとだった。
店の中には、いつか想像した通り、主を失った椅子だけがぽつんと残っている。

「彼女は、笑っていた?」
「ええ」
にっこりと微笑んだ店主の言葉が、唯一の救いだった。

 

 

 

 

それから数ヶ月が経ち、自分はかねてからの望み通り中忍へと昇格した。
だけれど、少女がいなくなって以後心にぽっかりと空いた穴はそのままだった。
観用少女は、他にいくらでもいる。
でも、自分にはあの少女以外の観用少女は考えられない。

最後まで自分を見詰め返すことのなかった、少女。
せめて、少女の瞳の色を訊いておけば良かったかと、今さらながらに思う。

 

「リー」
人通りの多い場所を歩いていたときに、背後から声をかけられた。
振り向くと、ネジという名前の同僚の姿。

「聞いたか?次の任務についての話」
何のことか分からず、首を振る。
「急な変更があったらしい。あとからお前のところにも連絡がいくと思うが・・・」
ネジは熱心な様子で任務の変更点を自分に説明していく。
頷きながら聞いていたけれど、その話は、途中から耳を素通りしていった。

視界に入った、桜色の髪の少女。
自然に、目が彼女の姿を追って動いていた。

 

 

白い髪の男と手を繋いで歩く彼女は、何か楽しげに談笑しながら歩いている。
男は彼女を「サクラ」と呼んでいた。
彼の話に相槌を打つ彼女は、本当に幸せそうで。
自分が夢の中で切望した笑顔そのままだった。

「リー、聞いているのか?」
呆けたように立ちつくす自分に、ネジが首を傾げる。

 

自分とすれ違う瞬間。
彼女はちらりと自分の方を振り返った。

 

強い願望が見せた、目の錯覚かと思われた出来事。
だが、確かに彼女は自分に笑顔を向けた。
証拠に、彼女と一緒にいた男が不思議そうな顔をして自分を見ている。

男が何か話し掛けていたが、彼女はもう振り返ることはなかった。

 

 

「・・・・緑」

「おい、本当に大丈夫か」
呟いた自分に、ネジがいよいよ心配そうに声をかける。
「うん。平気だよ」
笑顔で返事をすると、ようやくネジの表情が緩む。
瞳の奥の涙を気付かれずにすんだのは、幸いだった。

 

彼女とは、たぶん、二度と会うことはないだろう。
会ったとしても、彼女が自分を見ることはない。

自分を見詰め返した緑の瞳。
そして彼女の悪戯な笑みは、一生、忘れられそうになかった。


あとがき??
数ヶ月前、新宿駅中央東口を通過したときに思いついた話。(具体的な)
私がリーサクなんて、珍しいですね。
たぶん、もう書かないですよ。
さー、次は紅カカだー。


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