観用少女 −薬− 1


「それでさー、もー、覚えの悪いパソコンみたいな子でいくら言っても聞かないんだよ。サスケの奴にべたべたべたべたで。俺の見てないところで何やってるか分かりゃーしない」
カカシはぶつくさと同僚に愚痴をこぼす。
このところ、上忍控え室でのカカシの話題といったら、彼の家に来た観用少女のことばかりだ。
毎日毎日少女がどーしたのこーしたのと聞かされる身にもなって欲しい、というのは周囲の人間共通の感想。

「でも、お前にもべたべたしてるんだろ」
「おお!」
アスマの合いの手に、カカシはへらへらとした笑いを浮かべる。
「チューは俺としかしないように教え込んだからね。まず、おはようのキス。いただきますのキス。ごちそうさまのキス。いってきますのキス。おかえりなさいのキス」
「もーー、いいわよ!!!」
聞くともなしに会話を耳にしていた紅は、机をバンッと叩く。
「エリート上忍がすっかり骨抜きにされて、だらしないったらありゃしない!!!」
怒鳴るように言うと、紅は怒りの形相でカカシを睨み付ける。
その顔は、カカシが今まで見たこともないほど険しいものだった。

「・・・あいつ、最近機嫌悪くない?何かあったのか」
乱暴に足を踏みならし去っていく紅を見遣り、カカシは首を傾げてアスマに訊ねる。
紅の憤る理由が全く分からず、困惑した表情だ。
アスマは深々と嘆息して額に手を当てた。
「ニブチン」

 

 

「あれが里でも指折りの上忍だっていうんだから、呆れちゃうわ!!!」
町に出たあとも、紅の気持ちは静まらなかった。
すれ違う人が振り返ることから、よほど険しい表情をしているのだと分かったが、それでも紅は自分の感情をコントロール出来ない。

ずっとずっと想いを寄せていた人は、自分のことなど歯牙にも掛けなかった。
深い孤独を湛えた瞳に、たまらなく惹かれた。
その彼の悲しみを癒すものが自分ではなかったことは、まぁ、しょうがないことだ。
だが、その相手がよりにもよって人形だとは。

「私はお人形さん以下だっていうの!!」
道行く人々の視線が紅に集中する。
それすら恥ずかしいと思えないほど、紅の寛恕は高ぶっていた。
その紅の乱雑な歩みが止まったのは、あるショーウィンドーのガラスに映った自分の顔を見てからだ。

 

嫉妬に我を忘れた、女の顔。
ひどく醜い。

 

「・・・・嫌だなぁ」
紅の瞳には透明な雫が浮かぶ。
ガラスに額を合わせ、紅は小さくため息をついた。

分かっていても、止められない。
ずっと好きだったのだ。
また明日からカカシののろけ話を聞かされるのかと思うと、地獄のような日々だ。
「仕事、辞めちゃおうかな・・・・」

 

 

その時になって、紅は初めてショーウィンドーに飾られたマネキンの足に気付く。
顔を上げると、古風なドレスを身に纏った人形が通行人達の目を楽しませていた。
12,3歳の少女を模している等身大の人形。
黒く短い髪は帽子に隠れ、顔にはたおやかな笑みを浮かべている。

「綺麗」
紅は美しい人形に見惚れて呟く。
すぐ次の瞬間だった。
人形が紅に視線を合わせ、にっこりと微笑んだのは。

 

店の前の通りには、劈くような紅の悲鳴が響き渡った。

 

 

 

「うちの店の前であれほどの大音声をあげられたのは、お客様が初めてでございます」

紅を店内に招き入れた店主は、さほど困った様子も見せずに紅に茶を勧めた。
紅は真っ赤な顔で用意された椅子に腰掛けている。
「観用少女を御覧になったのは初めてですか?」
「ええ」
店主の問いに、紅は素直に頷いた。

話は嫌というほど聞かされていたが、本物を見たのは初めてだ。
元々貴族の趣味として創られた観用少女。
庶民の目に止まることは滅多にない。
紅が観用少女を扱うこの店のある路地に立ち寄ったのも、たまたまだ。

 

「本当に綺麗なものね」
紅は自分の隣りに腰掛けている、先ほど悲鳴を上げる元となった少女を見詰めた。
およそ世情の悩みとは無関係の場所にいる、天使のような微笑み。
直に目にして初めて、少女にカカシが傾倒するのも、無理ないことにように思えた。

「この子はあなたのことを気に入ったみたいですよ」
「え?」
店主の言葉に声をあげると、それに呼応したように少女が紅にぺたりとくっついてきた。
ギュウと抱きつく手は小さく華奢で、不思議と守ってあげたいという気持ちになる。
そして、その笑顔は極上の愛らしさ。

 

「今なら破格のお値段でご提供しますが、どうしましょう」

店主に訊かれる前から、紅の答えは決まっていた。


あとがき??
一応、観用少女の話、その5。4の次に用意されていた、正当なる続編です。
間に短編がぼろぼろと入ったけれど。
当初の予定では、その4の次はこの話でした。

紅カカ嫌いな人、ごめんなさい。
たぶん、これからアス紅になります。


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