観用少女 −薬− 2


「へぇ。じゃあ、お前のところの観用少女の名前は“ヒナタ”に決まったんだな」
「そうよ。可愛い名前でしょ」
紅はこぼれるような笑顔でアスマに答える。

ヒナタは日向。
落ち込んでいた紅に降り注いだ光だ。
今、紅はヒナタがいるおかげで、気持ちが安定して充実した日々を送れている。
観用少女はお金の掛かるものだが、彼女の笑顔を見ていると、彼女のためにも頑張ろうという気持ちになる。
誰かのために何かを頑張るなどと、今まで考えたこともなかった。

「それはいいけどよ、お前近頃・・・」
「ねぇねぇ、聞いたー!?最近、観用少女の間に質の悪い病気がはやってるんだって」
アスマの言葉を遮るように、カカシが二人の会話に乱入する。
「何よ、それ」
「それがさ、観用少女はもちろん人じゃないから人間の薬が通用しないわけじゃん。うちのサクラは今のところ平気だけどさ、俺、心配で店主のところに話聞きに行っちゃったよー」
カカシは夢中な様子で、その病についての話を続ける。
「まず最初の症状として、高熱で苦しむらしいよ。放っておけば、一日もしないでお陀仏」

 

熱心に語るカカシの話に耳を傾けていた紅だったが、カカシの後ろの壁にある時計を目にするなり椅子から立ち上がる。

「いっけない!私、報告書の提出まだだった」
「え、もう時間過ぎてるぞ」
カカシは時計の針を見ながら言う。
報告書を提出していない任務は、果たされなかったものとみなされ、減給の対象となる。
観用少女を抱えている紅にしてみれば、死活問題だ。

「ごめんなさい。話は、明日聞くから!!」
紅は書き終えた報告書を片手に、受付に向かって一目散に駆けていく。
「間に合うかなぁ・・・・」
「ぎりぎり、だな」
カカシののんきな声に、アスマはまたのんびりとした口調で応えた。

 

 

 

「た、ただいま〜〜」
疲れた声と共に、紅はふらりと玄関から居間へとやってくる。
受付の人間との30分もの押し問答の結果、何とか報告書を受け取ってもらえた。
その心労だけで、一日の体力を使い果たした感じだ。

「ヒナタ、聞いてよ。今日ね・・・」
バッグを放り出してソファに腰掛けた紅は、所定の場所にヒナタがいないことにようやく気付く。
「あれ、ヒナタ?」
うろうろと周りの部屋を見て回ったが、ヒナタの姿がない。
次第に不安になった紅は、必死に家中を歩き回る。
観用少女が、自分の意志で家の外に出ることはまずない。
そしてようやく探し出したヒナタは、流し場の前で倒れ込んでいた。

「ヒナタ!!?」
目を見開いた紅は慌ててヒナタに駆け寄る。
ぐったりとしたヒナタの体は火のように熱かった。
紅の脳裏に、上忍控え室で聞いたカカシの話がよぎる。
観用少女の間ではやっている病。
放っておけば、一日もしないで死に至る。

「ど、どうしよう」
荒い呼吸を繰り返すヒナタを腕に抱え、紅はおろおろとするだけだ。
子供の時から健康で、風邪一つひいたことのない紅にはこのようなときの対処法が全く分からない。
まして、観用少女は人間ではないのだ。
こんなことなら、カカシの話を詳しく聞いておけば良かったと思ったが、後の祭りだった。

 

取り合えず、観用少女を扱う店に彼女を運ぼうと紅は用意を始める。
そして、ヒナタを背に乗せようとした瞬間に、玄関の呼び鈴が鳴った。
無視しようとしたが、来訪者はチャイムをしつこく連打する。

「こんなときに、誰よ!!」
紅は一先ずヒナタを近くのソファに横たえ、玄関へと向かう。
「はい!」
乱暴に開かれた扉の前にいたのは、同僚のアスマだ。
意外な客を前に、紅は目を丸くする。
アスマが紅の家を訪れたのは、これまで皆無だ。
彼が自分の住所を知っていたこと自体に、紅は驚く。

「・・・え、何?」
「いいもの持ってきた」

アスマは紅に向かって手提げ袋を翳し、にこりと笑った。

 

 

 

「地獄に仏って、このことねー」
傍らでミルクを飲むヒナタの頭に手を置き、紅はホッと息を付く。
観用少女の病を治す特効薬。
それはハチミツを一滴入れた、特殊なハーブティーだった。

「カカシに話を聞いて帰りに買いに行ったんだよ。それで、ついでにお前のところのも買ってきた」
「本当。助かったわ」
紅はアスマに向かって頭を下げる。
アスマの持ってきた薬を口にするなり、ヒナタはみるみる元気を取り戻した。
今ではけろりとした顔で夕食用のミルクを飲み下している。

「そういえば、あなたのところにも観用少女がいたわね」
「おお。ヒナタみたいに愛想よくないけどな。花が好きで、わりと気のいい奴だよ」
キッチンでごそごそと作業をしていたアスマは、居間にいる紅のところにお盆を持ってやってくる。
「で、これはお前の分だ」
「え??」
紅はテーブルに置かれたカップをまじまじと見る。

 

「観用少女用のミルクは栄養価が高いからな。人間が飲んでも元気が出るぞ」
「それは知ってるけど・・・・何で?」
「お前、最近、任務の量増やして随分と無理してるだろう」
紅の向かいのソファに腰掛けると、アスマはずばりと言った。
「観用少女のためにって頑張るのはいいけど、そのうち倒れるぞ。何でも一人で抱え込もうとするなよ。何かあれば、俺もカカシも側にいるんだから」

諭すように言われ、紅は無言でミルクの入ったカップに目線を下げる。
言われてみると、その通りだ。
今日、報告書の提出を忘れるという初歩的なミスをしたのも、疲れがたまっていたせいかもしれない。
自分には手をさしのべてくれる仲間がいるのに、頼ろうなどと全く考えていなかった。
アスマはそんな自分を心配して、わざわざ家を訪ねてくれた。

「・・・有難う。美味しい」
ミルクに口を付けた紅は、穏やかな笑みを浮かべてアスマを仰ぎ見た。

 

暫しの沈黙のあと、紅はアスマを見据えて静かに声を出す。

「・・・・ところで、さっきから気になってたんだけど、そのエプロンは家から持ってきたの」
「そうだ」
指をさして訊ねる紅に、アスマは即答する。
「いつも、家でそれ付けてるの?」
アスマは小さく頷く。

次の瞬間、紅は腹を抱えて笑い転げていた。
ピンクの生地にヒヨコのアップリケが付いたエプロン。
ごつい体格でひげ面のアスマに、これ以上ないほどミスマッチだ。
まさに一撃必殺のパンチ力を持っている。

「あ、あなた、意外に面白い人だったのねー」
笑いおさまらない紅にアスマはむすっとした顔つきになったが、それほど不快に思っていない様子だった。

 

 

 

「お前、アスマと付き合ってるのか?」
廊下で紅と顔を合わせたとたん、カカシは出し抜けに訊ねる。
「どうして」
「よく互いの家に出入りしてるみたいじゃないか。噂になってるぞ」
「ああ」
紅は、なるほどと頷く。
「うちのヒナタをアスマのところのいのちゃんと会わせたら、意気投合したみたいで。だからよく少女を連れて行き来してるのよ」
「ふーん・・・」

いつの間にか、紅はカカシと観用少女の話を微笑混じりに出来るようになっていた。
それがヒナタとの生活が充実しているからか、アスマという存在のせいなのかは、まだ紅にもはっきりと分からない。
だが、ヒナタとアスマ、そしていのを加えた空間が居心地がいいと感じるのは事実だ。

 

「そうだ、今度あんたのところのサクラちゃん、連れてきなさいよ。観用少女三人そろい踏み!きっと綺麗ね」
「それはいいねぇ」
にやりと笑うカカシと紅は、腹では同じことを考えていた。

三人集めたところで、うちの少女が一番可愛いだろう、ということ。


あとがき??
先生達は、みんな一体ずつ観用少女を持ってます。
ガイ先生のところには、お団子頭の中華風、観用少女がいるはずですよ。(笑)
これ、後編は昔考えてた話と全然別物ですわ。
アス紅派になったからか。

・・・どうでもいいけど、私の書くカカシ先生がどれも馬鹿っぽいのはどうしてだろう。(悩)
馬鹿は馬鹿でもサクラ馬鹿。私もだ!
えーと、最後の観用少女はサスサク。


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