モイスト
サクラは悩んでいた。
非常に悩んでいた。
原因は、髪の毛。連日の過酷な任務に、すっかり手入れを怠ってしまった。
それゆえ、微妙にぱさつき、枝毛の増えたサクラの髪。
誰かに指摘される前に、何とかしなければと気持ちだけが焦る。
だが、一度失われた色と艶はなかなか戻っては来なかった。
男連中にしてみれば「くだらない」と一笑されるだろうが、若い娘にとっては死活問題なのだ。
とくに、サクラのような恋する乙女にしてみれば。
「何か、いい方法は・・・・」
思案しながら歩いていると、サクラの傍らを、さらりとした髪の持ち主が通った。
流れる黒髪は一点の綻びもない。
サクラにとって、まさに理想とも言える髪の毛。
思わず見入ったサクラは、無意識のうちに手を伸ばす。「あの、シャンプー何使ってますか!!!」
走り去ろうとしてその人にサクラは思わず飛びついていた。
そして、驚いて振り返ったその顔は、サクラの意表をつく人物。
「サクラ?」
「い、イルカ先生!!」
イルカの腕を掴んだまま、サクラは大きな声をあげた。「あ、あの、髪、髪が」
あたふたと意味不明な言葉を羅列したサクラだが、イルカは彼女の言いたいことをすぐに察する。
「ああ、髪紐が切れちゃって。仕事終わったから家に帰るだけなんだけど、すごいざんばら髪だろ」
恥ずかしそうに笑うイルカに、サクラは勢いよく首を振る。いつも無造作に縛られていたから全然気付かなかった。
額当てはしておらず、セミロングヘアーのイルカ。
その髪は見れば見るほど、奇跡の艶やかさだ。
「先生、シャンプーは何使ってるんですか。あと、リンスとトリートメントも!」
勢い込んで訊くサクラに、イルカは不思議そうな顔をした。「そんなもの使ってないよ」
場所は変わって、イルカの自宅。
の、風呂場。「一体何がどうしてこんなことに・・・・」
湯船につかりながら、イルカは呆然と呟く。
事の顛末はこうだった。
「先生、髪、ごみが付いてるわよ!!」
「え、本当か?」
イルカはサクラの指摘に慌てて髪に触れるが、よく分からない。
「もっと上の方よ。生徒に悪戯でつけられたんじゃないのかしら。髪の奧まで入り込んでるし、これは洗うしかないわね。行きましょう!」
サクラはイルカの手を引きながら力強く歩き出す。
「え、え、どこに」
「決まってるじゃない。イルカ先生の家」あれよあれよという間にサクラのテンポで話が進み、何故か今、イルカは風呂に入っている。
サクラはリビングで茶を飲んでいるはずだ。しかし、別にサクラがイルカの家にまで付いてくる意味はないし、イルカより背の低いサクラがどうしてイルカの頭上についているというごみに気付いたのか。
いくら考えてもイルカには分からなかった。
「まぁ、いいか」
ナルト同様、物事をあまり深く考えないイルカは、あっさりと思考を中断する。
「そろそろ髪でも洗うか・・・」
イルカは浴槽からあがると、椅子に座り、風呂桶を手に取る。
「イルカ先生!」
声と同時に、唐突に開かれた扉。
扉の前には、大き目のバスタオルを身に付けただけのサクラがいた。
あまりの驚きに、イルカはぽかんと口をあけたまま動きを止めている。
「えへへー。髪洗うの手伝ってあげる」風呂場の扉を閉める音に、イルカはようやく我に返った。
「さ、さ、サクラ!!!お、お前、何やって」
「背中も流してあげるってば」
急いでタオルを腰に巻くイルカに、サクラは平然と返す。
その目は赤面するイルカの姿から外れ、バスグッズを探していた。だが、いくら目を凝らしても、サクラの目当ての物はない。
「あれ?」
首をかしげるサクラに、パニック状態のイルカは何とか冷静に対処をしようと心がける。
「そんなことしなくていいから!」
「でも」
「でも、じゃない。早く、出て・・・」サクラを風呂場の外に出そうと扉に手をかけたイルカだったが、よほど慌てていたのか石鹸に足をすくわれる。
サクラを巻き込み、二人は揃って床に倒れこんだ。
「いったーいー!!」
「わ、悪い」
サクラはどこか痛めたのか悲鳴をあげた。
直にタイルに額をぶつけたイルカは頭を抱えて起きあがろうとする。そこに、再び開かれた扉。
「イルカ先生、何で昼間から風呂なんて入ってるのー?たこ焼き買ってきたっ・・・」
ニコニコ顔で現れたナルトの言葉は、途中で止まる。
風呂場のタイルの上、どう見てもイルカがサクラを押し倒しているとしか見えない姿に目が釘付けになっていた。「ナルト、イルカ先生いたかー?」
脱衣所で硬直しているナルトの後ろから、さらにカカシがやってくる。
最悪、としか表現ができない情況だった。
扉一枚をはさみ、ナルト達の眼前にはタオル一枚のみを巻いた、あられもない姿のイルカとサクラがいる。熱気のこもる風呂場だというのに、現場は一瞬にしてツンドラ地帯と化していた。
「あの、ち、違うんです!!!」
無駄だと知りつつも、イルカは必死に弁明しようとする。
その割に、動揺が残っているのかサクラから離れる様子はない。
イルカを見下ろし、カカシは抑揚の無い声で訊ねた。「・・・何がですか」
「うう。もう教師をやめさせられるかも・・・」
「あはは。大丈夫よー、いざとなったら私が口添えしてあげるから」肩を落とすイルカに対し、サクラはどこまでもあっけらかんとしている。
この余裕はどこからくるのか、イルカは心底羨ましく思った。あれから。
カカシは、「この破廉恥教師!教育委員会に訴えてやるー!!」の捨て台詞を残し、ナルトを抱えて疾風のように消えた。
声から察するに、カカシは何故か涙を流していた。
ナルトに至っては廃人と化していたので、その後が気になるところだ。
図々しくもダイニングの椅子に腰掛け、サクラはナルトが忘れていったたこ焼きをついばんでいた。
サクラはため息をついて差し向かいのイルカを眺める。「でも、イルカ先生本当にシャンプー使ってないなんて・・・」
「だから言ったじゃないか」
だが、信じることができなかったサクラは何か人に言えない秘密のグッズを使っているに違いないと、あのような強硬手段に出たのだ。
しかし、真実はあっさりとしたものだった。「まさか、石鹸で髪洗ってるなんてねぇ」
サクラは箱に入った新しい石鹸と、イルカの髪を見比べる。
イルカ宅の石鹸とサクラの家で使っている石鹸は全く同じ物だ。
どうやらシャンプー云々よりも、髪質の問題だったらしい。「生まれつきそんなに綺麗な髪の人がいるなんて、男のくせに信じられないー。うらやましいーー」
机に突っ伏しながら、サクラは地団太を踏む。
「そんな、うらやましがられても・・・・」
困り顔のイルカは、サクラの同じように机に顔をつけた。
そして途方にくれたように呟く。
「それよりも、俺の名誉を挽回する問題の方が重要だと思うんだけど・・・」
心配は無用だったようで、カカシ達は風呂場での出来事を口外することはなく、イルカは教職を奪われずにすんだ。
だが、以後正体不明の暗殺者に命を狙われるという危機にたびたび遭遇することになったイルカは、それを素直に喜ぶことができなかったという。
あとがき??
すみません。コントのような話で。
何でこんなもんを書こうと思ったのか、全く思い出せません。
カップリングなし、恋愛感情なし。なのに、この無意味なエロさは一体・・・。たぶん、イルカ先生とサクラが風呂に入る場面を書きたかったのだと思う。(何故かは不明)
『力の限りゴーゴゴー!』を見てて思い浮かんだような気がするので、番組内のコーナーがヒント。
あの、父親が入浴中にその娘が突然タオル一枚で入っていっておねだりするやつ。
親子なイルカ&サクラな感じで。
強引な展開は大目に見てください。
「教育委員会」って、木ノ葉にあるのか??カカシ先生も十分動揺してたんだなぁ。ナルトは・・・。『モイスト』は、しっとりとした、とか、水気のある、とかいう意味。
モイスチャーシャンプーとか言いますね。
これまた、何も考えないでつけた題名。