朝の15分
早朝の数寄屋橋。
その橋の袂が、7班集合場所。サクラはいつでも、集合時間の10分前に来ていた。
そして次に、時間ちょうどにサスケがやってくる。
最後に現れるのは、20分ほど遅刻したナルト。
サクラが何度注意してもナルトは遅れてくるのだが、担任のカカシがさらに時間を守らないのだから、あまり強く言うことができなかった。
ナルトが早く来るようになってもカカシがいなくては、任務は始まらない。
「今日は何時間待たされるのかな・・・」
絶望的な気持ちでつぶやいたサクラが、ふと時計を見ると、短針は8時をとうに過ぎていた。
怪訝な顔になったサクラは、きょろきょろと周囲を見回す。
道行く人の中に、サスケはいない。
それは、今までにない出来事だった。
毎朝驚くほど時間に正確に現れるサスケが、8時になっても姿を見せない。サクラはひどく落ち着かない気持ちで顔を動かす。
サスケに不在に彼女の頭を掠めたのは、「復讐者」の文字。
毎日毎日、サスケがここに現れるのが、普通だと思っていた。人づてに聞いたうちは一族の悲劇。
サスケの復讐の対象が彼ならば、サスケがいつまでもこの里に留まっている保障はどこにもない。
襲い来る不安に、サクラは胸がつぶれそうなほどの息苦しさを感じた。
「おい」
青ざめた顔で立ち尽くすサクラの腕を、誰かが乱暴に引っ張る。
「何、ぼんやりしてるんだ。歩行者の邪魔だ」
振り返ると、橋の真ん中でサクラが仁王立ちしているおかげで、通勤途中の人々が立ち往生している。
考え事をしていたサクラには、周りの風景は全く見えていなかった。
そして、サクラは自分の腕を掴んでいる彼へと目線を移す。「何だよ」
サクラに凝視され、サスケはすぐに彼女から手を放す。
それでも、サクラはサスケを見つめ続けた。
「・・・・遅刻」
「忘れ物を取りに帰ってたんだよ。たった15分だし、どうせカカシは来ないだろ」
「サスケくんでも、忘れ物なんてするんだ」ばつが悪そうに言い訳するサスケが可笑しくて、サクラはくすりと笑った。
否、笑えたと思った。
思いがけずこぼれ落ちた涙は、サクラの頬を伝って足下まで落ちる。
顔を上げていることができず、そのまま両手で顔を覆って俯いたサクラを、サスケは困惑気味に見下ろした。
笑顔が涙に変わる瞬間を目の当たりにしたのは、初めてだ。「・・・・俺のせいかよ」
「うん」
サスケの手渡したハンカチを握り、サクラは頷く。
肯定されたことに戸惑うサスケを、サクラは目に涙をためたまま仰ぎ見た。
「駄目なのよ。サスケくんはちゃんとここにいてくれないと」
サクラの言うことは、サスケにはよく理解できない。
ナルトやカカシはさらに遅れてくる。
だけれど、自分だと何故たった15分で泣かれるのか。「あ!!サスケ、サクラちゃん泣かしたな!!!」
理由を訊ねようとした矢先に、サスケの声は、第三者によって遮られた。
サスケに向かって怒鳴りつけたのは、ようやく到着したナルトだ。
振り向くなり、サスケは猛然と駆け寄ったナルトに胸倉を掴まれる。「何したんだよ、お前!」
怒りの形相で詰め寄るナルトに、サスケはこっちが聞きたいと思う。
必要以上に大きなナルトの声のおかげで、橋を渡る人々の視線は彼らに釘付けだった。
「おはよう」
涼風のような声音を耳にして、サスケは視線だけで彼女を追う。
昨日とは打って変わって、サクラは明るい笑顔だ。
朝から30度近い気温にげんなりとしていたサスケだが、少しだけ、気分が楽になった気がした。「今日は早いのね」
「ナルトにうるさく詮索されたくないからな」
「ごめんなさい」
少し首を傾けて言うと、サクラはサスケの隣りで欄干にもたれかかる。沈黙の中、サスケはサクラの顔色を窺ったが、いつもどおりのサクラだ。
昨日のサクラに涙のわけは、うやむやなまま。
分かっているのは、サスケが遅刻をすればサクラが泣いて、早く来れば彼女が笑うということ。
次の日も、また次の日も、サクラが到着する前にサスケは集合場所にいた。
彼がそこにいることが嬉しくて、サクラは自然と笑顔になる。
サスケが時間よりも15分前にやってくるようになった理由が自分にあるとは、全く気付いていないサクラだった。
あとがき??
ナルチョ、良い子だなぁ。