シロ


 サスケがいつものように森で体術の特訓をしていた時、犬の屍骸を見つけた。
動物の屍骸など珍しくもない。
ただサスケが気になったのは、その犬の首輪に明記されていた名前。
かの少女の飼い犬と同じものだった。

「うちに犬が迷いこんできたの。人に慣れてるから、どこかの家の飼い犬だとは思うんだけど。飼い主が見つからなかったらうちで飼おうと思って」
瞳を輝かせたサクラがそう言ったのは一ヶ月ほど前。
動物好きらしい彼女は嬉しくてしかたがないというようにナルトやサスケに報告する。
「へー。名前とかもう決めてるの?」
「真っ白だからシロ」
「・・・そのまんまじゃん」
サクラにボコボコにされるナルトを横目で見ながら、サスケはその話にとくに感心を持っていたわけではなかった。
シロという単純な名前の犬など木ノ葉の里にいくらでもいるだろう。
それなのに、犬の屍骸を見た後は、サクラの顔が頭にちらついてどうにも特訓に身が入らなかった。

それから四日後。
7班での印を結ぶ練習中にサクラが倒れた。
しきりに心配するナルトに「ただの寝不足だから」と言って、その日サクラはカカシに送られて家に帰っていった。
サクラの顔色が悪いことにサスケは以前から気づいていた。
ちょうど三日前あたりから。

 

「どこへ行く」
唐突に聴こえてきた声にサクラは驚いて振り返った。
声のした方向を凝視すると、険しい表情をしたサスケが家の壁を背に立っていた。
気配を消したサスケは完全に闇と同化している。
「サスケくん?」
サスケがこの場にいる理由が全く分からず、サクラは混乱する。

ここはサクラの家のすぐ前の路。
時刻は深夜1時すぎ。
サクラは自分の部屋のある2階の窓から出てきた直後だった。
この状況はどう考えてもサスケはサクラが家を出るのを知っていて、待ち伏せしていたとしか思えない。

「お前、毎晩家を抜け出して何をしてるんだ」
日中に行われる過酷な訓練にくわえ、夜中も寝ずに行動していればサクラが倒れるのは当たり前だった。
怒気を含んだサスケの声にサクラは思わず涙目になる。
「森でいなくなった犬を捜していたの。森の中に入っていったのを見た人がいたから」
「犬種は?」
「雑種だと思う。シロって名前の入ったピンク色のネームプレートがついてるんだけど」
それはまさしくサスケが発見した犬だった。
結局あのまま放っておけずに、サスケは近くにあった桜の木の根元に犬の屍骸を埋めたのだが、落胆しているサクラを見たらそのことを言えなくなってしまった。
「・・・一緒に捜してやる」

当然犬は見つかるはずもなく、時間だけが無駄に過ぎていく。
夜行性の獣の鳴き声がするたびに、サクラはおどおどした様子でサスケの服の裾を掴んだ。
鬱蒼とした森の中、手に持つ小さな灯火とわずかな月明かりだけを頼りに歩くことは非常に緊張する。
このようなことを続けていれば、いつか必ず怪我をするだろう。
サスケはその前になんとかサクラの行動を止めたいと考えていた。

「もとの飼い主の所に帰ったんじゃないのか?」
「うん。それならいいんだけど」
その可能性はサクラも考えないではなかった。
頭では分かっていても、どうしても可愛がっていた犬が自分の元を去ってしまった事実を認めたくなくて捜していたのだ。
「もう今日かぎりで捜すのはやめろ」
サスケの言葉に頷きかけた瞬間、サクラの視界になにか白いものが入ったような気がした。
「シロッ」
サスケが視線を向けた時にはすでにその影がなかったので分からないが、サクラの犬ではないことをサスケは知っている。
「待て!」
走り出したサクラを静止させる言葉を投げたが、サクラは止まらない。
「あれは絶対シロよ」
「そんなはずはない」
「どうして分かるのよ」
言葉につまったサスケを振り返ることなく、サクラは姿を消した。
サスケはひとつため息をついてから、サクラの走っていった方向へ歩き出した。

 

おかしい。
サスケがサクラの姿を見失ってからそんなに時間がたったわけではない。
それなのに、サクラの気配が全くない。
サクラの走る速度ならすぐに追いつけると高をくくっていたが、全く予想外だった。
サスケの胸にしだいに焦りの感情が広がっていく。

「サクラ」
名前を呼んでも返ってくるのは夜の静寂ばかりだ。
闇を恐れたことはない。
人付き合いの苦手なサスケにはむしろ心休まる安息の場所だった。
しかし、今はその闇がサクラを呑みこんでいったように思えて、ひどく落ち着かない気分になった。

 

一方、サクラはというと。
「なによ、シロじゃないじゃないのよー」
サクラがシロだと思ったのは、森に住む貂だった。
捕まえてみたものの、よく見れば全く似ても似つかない。
「しかも、サスケくんとはぐれちゃうし」
サクラは心底泣きたい気持ちになった。
思いがけず現れたサスケの存在にどれほど支えられていたか、ようやく気付く。
もう昨夜までどうやって一人で行動していたのか思い出せないほどだ。
急に襲ってきた心細さから、捕まえた貂を抱く腕に力をこめる。
すると、それまで大人しくしていた貂が急に暴れだしてサクラの手から逃れた。
「あ、ちょっと、待ってよ」
思わず追いかけたサクラは知らず知らずのうちに丈の高い草むらに入り込んでいた。
隠れきれずに貂の尻尾が見え隠れする。
「見つけた」
サクラが踏み出したその場所には、草はあったが、地面はなかった。
何かの動物の巣だったのだろうか。
サクラはその穴にものの見事に落下し意識を失った。

 

「クソッ」
サスケは、動揺を隠そうともせずにサクラを必死に探していた。
今までがたまたま強運だったのだ。
この森には肉食動物が多数生息している。
しかもその殆どが夜行性で、今がもっとも活動範囲の広がる時間だろう。
一匹ならともかく複数の獣に襲われてサクラが無事な補償はない。

あてもなく、闇雲に走るサスケの前にどこからともなく現れたのは、一匹の白い犬。
サスケは自分が夢でも見ているのかと思った。
その犬はどうみても、自分が埋葬したあの白い犬だったから。
首につけたピンクのネームプレートもそのままだ。
シロはついてこいとでも言うように一度サスケを振り返ると、そのまま走り出した。

幻のような、気配も、足音もない犬の後をサスケは追う。
草地を分け入って走っていたかと思うと、犬はとある場所でピタリと止まった。
そこは3mほど地面が陥没しており、落ちたとき頭を打ったのかサクラが力なく横たわっている。
その白い犬はサクラのいる穴に身を落とし、彼女の頬を舐めたかと思うと煙のように姿を消した。
幻術か?
サスケは周囲に目を走らせたが、サスケとサクラ以外の人間の気配はしない。
サクラは気を失っているようで、術など使えるはずはない。
現実主義のサスケは霊という存在を全く信じていないせいか、不思議と今の現象を怖いとは感じなかった。

 

夢の中。
サクラの傍らにはシロがいる。
良かった。戻ってきてくれたんだ。
サクラはホッとした笑顔でシロを抱きしめた。
暖かいシロの匂い。
サクラはずっとそのままでいたかったのに、シロは身じろぎしてサクラから体を離した。
「シロ?」
シロはサクラの頬をペロリと舐めると、サクラの耳に口元を寄せた。
「え」
その時、聞こえるはずのないシロの言葉が耳に届いたような気がして、サクラは声をあげた。

自分の意志がサクラの伝わったことが分かると、シロはサクラに背を向けた。
サクラは遠ざかっていくシロの後姿を眺めるだけで、もう追いかけようとはしなかった。
シロにはどこか行くべき場所があって、自分に最後のお別れを言いに来てくれたのだと何となく心で理解できたから。
そしてシロの言葉を伝えるためにも、早くあの人に会いたいと思った。

 

サクラが目を覚ました時に最初に見たものは、間近にあるサスケの心配そうな顔。
だが、サクラと目が合うとすぐにいつもの無愛想な顔になってしまう。
その表情の変化にサクラは思わず苦笑いした。

サクラの意識が戻ると間もなく二人はサクラの家の方に向かって歩き出す。
サクラにたいした怪我はなく、軽い脳震盪をおこしただけのようだった。

「シロがサスケくんに有難うって言ってた」
森を抜け民家が見え始めた頃、無言だったサクラが前を歩くサスケに声をかける。
「・・・そうか」
サクラはもしかして笑われてしまうだろうかと思ったが、サスケは意外にあっさりと返事をかえした。
不思議に思いつつも、サクラは言葉を続ける。
「シロはなんだかとっても綺麗なところにいるみたい。私もう捜すのやめるね」
「ああ」
「それから、私からも有難う。こんな馬鹿なことにつきあわせちゃって」
「馬鹿なことなんかじゃない」
声を荒げたサスケに、サクラは目を見開く。
かすかな獣の咆哮にさえ怖気づいていたサクラが、毎夜森をさ迷うことは相当勇気のいることだったろう。
サスケはおもむろに振り向くとサクラの目を見据えて言った。
「お前にとって本当に大切だったんだろ」

その言葉に、サクラはサスケの暖かい優しさを感じて涙ぐんだ。
いつもきつい事を言うのも、自分を心配してのことだとサクラは分かっている。
今夜も昼間倒れた自分の様子から察するものがあったのか、何も言わずにつきあってくれた。
エリートのうちは一族だとか、容姿が素敵だからだとか、そんなことよりも、サクラはサスケが元来持っているその優しさに惹かれていた。
そしてサクラは改めて、この人が好きだと、心の底から思った。

 

次の日。
任務に向かう途中、全く同時に大きな欠伸をしたサスケとサクラに、カカシはニヤニヤした笑いを向ける。
「何、二人して。あやしいなぁ」
サスケとサクラはお互い真っ赤にした顔を向き合わせた。


あとがき??
最初はもっと違った内容だったのに。というか、最初にパッと浮かんだ場面は全く使わなかったなぁ。
ちょっと「眠りの森」ちっくだったのに。たぶん。
メッチャ難産。なんかかなりベタなオチで本当に嫌になったよ。
お前のバカさ加減には父ちゃん情けなくて涙出てくるぜ。(あばれはっちゃくの父口調で)

上記が以前書いたあとがき。半年前の作品を蔵出し。恥ずかしいーー!!
片付けていたら出てきたので、少し手直しして一応アップ。
そのうち蔵出しの部屋に移動。


駄文の部屋に戻る