顔 U


「・・・なかなか口を割らないわね」

刑事、又は探偵然とした言葉を吐いたのは、サクラだ。
彼女は、ここのところ放課後を返上して、事件の真相を調べている。
だが、目撃者である上級生達はサクラに決して協力的だとはいえない。
サスケが被害者を突き飛ばしたのを見たということを意見するだけだ。

事件の起こった階段には、ロープが張られ、一般生徒が入れないようになっている。
サクラはその場所に毎日訪れては、何か発見がないかと調べている。
あれから、すでに3日経った。
依然サスケは口を閉ざし、被害者の意識は戻らない。
サクラは暗い気持ちで階段の手摺りに触れた。

 

「何やってんだ、お前は」

誰もいないと思っていた階段に、人の声。
サクラが聞き間違えるはずのない、その声音。
仰天して振り返ると、階段の下方でサクラの想い人が呆れ顔で彼女を見詰めていた。

「お前が事件についていろいろ訊きまわっているのは知っている。何でそんなことをしているんだ」
言いながら、サスケはサクラのいる踊り場まで上がってくる。
咎めるような口調に、サクラは萎縮して俯いた。
「・・・サスケくんの無実を証明しようと思って」
「俺がそんなことをしてくれと頼んだか」
やや乱暴に言い放たれる。

サクラのもとまでたどり着くと、サスケは冷ややかな視線をサクラに向ける。

「お前には関係ないことだ」
「か、関係なくないよ!!」

思わず、サクラは声を荒げて反論した。
ここで引き下がったら、サスケが上級生を突き落としたのだという濡れ衣を、自分も肯定したことになる。
譲れない。
サスケを見据えながら大きく息を吸い込み、サクラは言葉と同時に吐き出す。

「サスケくんが悪く言われてると、私が嫌なの!凄く悲しいの!!大体サスケくんがいけないのよ。いつも無愛想な顔してるから周りに誤解されちゃうんでしょ。本当は優しいところとか良いところが沢山あるのに、もったいないわ!!もう少しくらい、クラスの皆と仲良くしようっていう気持ちを持ってよ!この、とうへんぼく!!」

真っ赤な顔をしたサクラに矢継ぎ早に怒鳴られ、サスケは目を丸くする。
当然だ。
サスケの前ではサクラはいつだって大人しい女子を装ってきた。
今回のように厳しい言葉を浴びせたことなど、一度もない。

興奮しすぎたのか、涙のにじんだ瞳でサクラはサスケを睨んだ。
「私は絶対にやめないわよ!サスケくんが誰かを階段から突き落とすはずないもの」
言葉を発すると同時に、涙がぼろぼろとこぼれる。
収集がつかないほど感情を乱したサクラはしきりに手の甲で涙を拭った。

 

普段はあれほど持ち上げておきながら、いざとなったら冷たいクラスメートの女子達の態度がくやしくて。
教師ですらサスケを疑っているのが悲しくて。
一つも弁解しないサスケに怒りが込み上げる。

何よりも、日が経つにつれ、もしかして本当のことなのかもしれないと、心の隅で思ってしまっている自分が嫌で仕方が無い。

 

「・・・泣くな」

サスケは小さく呟く。
その声音から、彼が困っているのだと、サクラは感じる。
だけれど、涙はなかなか止まってくれない。
しゃくりをあげながら泣いている自分をひどく惨めに思いながらも、サクラは鼻を啜る。
自分がぼろぼろの顔をしているのだと分かっているから、顔を上げることが出来ない。

 

「サクラ」

 

一瞬。

サクラの呼吸が止まる。

目を大きく見開き、サクラはサスケを見詰めた。
サスケの瞳には、真摯な光。

 

「あれは、俺がやったんじゃない。俺は階段から足を踏み外したあいつを助けようと思って手を差し出したんだ。だけれど、届かなかった」
「・・・うん」
「あいつの仲間から見たら、俺が突き落としたように見えたんだと思う。俺のせいじゃないと分かっていたけれど、助けられなかったのは事実だ。だから、弁解はしなかった」
「うん」
「でも、これから俺はそのことを担任に言いに行く」
サスケはサクラにずいっとハンカチを差し出す。
「だから、泣くなよ」

優しさの欠片もない、そっけない物言い。
でも、気持ちは十分伝わった。
ハンカチを受け取りながら、サクラはゆっくりと微笑んだ。

「ありがと」

サスケの口元に、僅かな笑みが浮かんだように見えたのは、サクラの気のせいだったのか。
すぐに踵を返したサスケに、確認することはできない。
遠ざかっていくサスケの後ろ姿を見詰め、サクラはハンカチを握り締める。
あれほど止め処なくなく流れていた涙が止まるほど、サクラを驚かせた言葉。

「初めて名前呼んでくれた・・・」

サクラは、先ほどとは違った意味で、涙が出そうになった。

 

 

ほどなく被害者の上級生の意識が戻り、彼の話からサスケの言葉が真実だということが皆に知らされた。
サスケが自分を助けようとしたことに恩義を感じたのか、退院した上級生はサスケにからむことはなくなった。

そして事件のあと、サスケの、そしてクラスメートの彼に対する態度がにわかに変化した。
クラスの行事に決して協力的ではなかったサスケが、積極的とまでいかずとも、顔を出すようになった。
また、それまで「おい」や、「お前」だったのが、クラスメートを個人の名前で呼ぶようになった。
それだけで、生徒達の対応もだいぶ変わった。
今では、僅かであるがサスケのもとにも気心の知れたクラスメートの男子が集まるようになっている。

 

「あーあ、サスケくん、よけいに人気者になっちゃったなぁ」

人垣の出来たサスケのいるあたりにちらりと視線を向けると、サクラは机の上に突っ伏す。
全く遮る者なく、サスケを見つめる事の出来た以前が、心なし、懐かしい。

サクラは頬に冷たい机の感触を確かめながら、小さくため息をついた。
以前と違い、自分に対するサスケの態度が柔和になったように思えることも。
サスケと目が合う機会が多くなったように思えることも。
きっと自分の勘違いなのだと思いながら。


あとがき??
違う!!違うんですよ。最初に思ってた話は、これと全然違うストーリだったんですけど。
どこがどうしてこうなったのか。あれー??
おかげでタイトルが浮いてしまってる感じが。うーん。
本当はもっとしっとりとした話(?)だったんですけど。おかしいなぁ。
当初考えた話も、今度しっかり書かないと駄目かな。

自分のために心を痛めて泣いてくれる人がいるなんて思わなかったから、サスケくん驚いちゃったのでしょうね。
私は、一生懸命なサクラちゃんが好きですわ。
それにしても、カップリングものだというのに(一応)、こんなに甘くなくていいものだろうか・・・。(悩)


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