猫桜


一匹の猫がいる。

 

任務への行き帰り、よく見かける仔猫。
名前はチャッピー。
近所に住んでいる、品の良い老婆の飼い猫だ。
何故名前を知っているかというと、その猫を連れた老婆が、よく自分に話し掛けてくるからだ。

同い年の孫が遠方に住んでいるらしく、自分をその代わりだと思っているらしい。
頼みもしないのに、菓子を片手に毎日毎日、俺がその道を通るのを待っている。
雨の日は、傘をさしながら道に立っているのだから、見上げた根性だ。
迷惑な事、この上ない。

だけれど。

通り道をたがえないのは。
彼女の呼び声を振り切れないのは。
菓子を受け取ってしまうのは。

一体、どうしてだろう。

 

少し湿気た菓子は。
口に含むと、何故だか懐かしい味がした。

 

 

「サクラちゃん、可愛いよなぁ」

ため息混じりの声。
傍らを見ると、ナルトが頬杖をつきながら、遠くの方を見詰めている。
たぶん、サクラのいる方角。

「・・・どこがだ?」
「全部。顔も可愛いし、声も可愛いし、仕草も可愛いし、性格も可愛いし、笑顔も可愛い」

メロメロな台詞を呟きながら、ナルトの顔はどこか熱を帯びた表情。
でも、自分にはよく分からない。
「お前もそう思うか?」
背後にいると思われるカカシに尋ねる。
「んー、そうね。サクラは可愛いよ〜」
振り返ると、こちらもメロメロに顔を綻ばせている。

 

二人が口を揃えるのだから、たぶんそうなのだろう。
サクラは可愛い、らしい。
自分は全くその魅力が分からない。
首を傾げるのみだ。
腕を組んで考えていると、当の本人の声が聞こえてきた。

「皆、買ってきたよー」

ジャンケンに負けたサクラは、人数分の飲料水を片手に店先から駆けて来る。
一人一人に配り、最後に俺の前にやって来た。
「はい」
サクラは笑顔で、それを差し出す。

 

ピンクの髪。
緑の瞳。
自分にうるさく付きまとうサクラ。

何かに似ていると思ったら、チャッピーに似ているのだ。
あの猫も、赤みがかったピンクの毛並に、緑の瞳だ。
そして、うっとおしいくらいに俺にじゃれてくる。

チャッピーは可愛い。
ということは、サクラは可愛いのだろう。

 

気が付くと、仔猫にするように、サクラの頭に手を置いていた。
「・・・さ、サスケくん?」
動揺するサクラをよそに、ぽんぽんと軽く頭を叩く。
さわり心地まで似て思えてくる。
何となく、そのまま柔らかいサクラの髪をなでまわす。
かつてないことに、すっかり困惑しているサクラはされるがままだ。

「お、お、お前、何やってるんだってばよ!」
呆気に取られていたナルトが、状況に気付き、慌てて俺とサクラの間に割って入る。
威嚇するように自分を睨むナルトに、何だか笑いが込み上げた。
その様子は、毛を逆立てて戦闘態勢に入る猫そのものだ。
「・・・もう一匹猫がいた」

含み笑いをする自分を、ナルトが気味の悪いものを見る目付きで見ていた。

 

 

そしてある日を境に。
老婆の姿をまるで見かけなくなった。

消えてしまったかのように、陰も形もない。

不思議なことに、俺は暫らくの間、付近の道の探索を始めた。
任務が終わったあとに、町内を歩き続けた。
まるで、彼女の姿を捜すように。

風の噂によると、遠くにいると言っていた家族が彼女を老人擁護施設に入れ、家まで処分してしまったらしい。
チャッピーは彼女についていったのか、野良猫になったのか。
老婆と共に、猫も姿を消した。

 

心に大きな喪失感。
失って、初めて気付いた。

自分の方が、とうの昔にいなくなった家族の面影を、あの老婆に見ていた。
菓子を差し出す、しわしわの、温かい手。
愛情あふれる眼差し。
そこには、何の利害もない。

そうと知ったときには、もう、どこにもいない。

 

「サスケくん」

 

不覚にも、眼から涙が滲み出した瞬間に声をかけられる。
慌てて手の甲で目元を拭きながら振り返ると、そこにはサクラの姿があった。

「何してるの、こんなところで?」
「お前こそ」
答える前に、訊き返す。
涙をサクラに見られたかと焦ったけれど、サクラは気にせず喋りだす。

「私はね、猫にお菓子を持ってきたの。いつもこの辺にいたのに、今日はいないみたい」
サクラはがっかりとした様子で目を伏せる。
「ピンクの毛でね、可愛い猫なの。飼い主のお婆さんも物腰が凄く上品な人で、会うの楽しみにしてたのに・・・」
足元の小石を蹴ったサクラは、そのまま口をつぐむ。
どう返答を返したらいいのか分からず、自分も沈黙していると、サクラはふいに顔をあげた。

「でも、いつかまた会えるよね」

ナルトが可愛いと言っていた、サクラの笑顔。
今日、初めてその意味が分かった気がする。

 

「・・・お前はいなくなるなよ」

何となく口から出た言葉に、サクラは不思議そうな顔をして俺を見た。
そして、そっと俺の手を握ってくる。
いつもと様子の違うに自分に勘付いたのか、気遣わしげな表情で。

本当はサクラは俺の涙に気付いていたのだと思う。
でも、自分が隠しているのを知って、そのことにはあえて触れずに話を進めた。
彼女のそうした心遣いが、素直に嬉しかった。

 

サクラの柔らかい手。
チャッピーの方が体温が高かったような気がするけど。
同じ、優しい温もり。

老婆と仔猫はいなくなってしまった。
でも。

 

俺のもとには、もう一匹の猫が残った。


あとがき??
何なんでしょう、これは??
またジャンル分けに苦しむ話を書いちゃったよ。サスサク?
猫が可愛い=サクラは可愛い、とよく分からない発想をするサスケが書きたかったのです。

こういう話は何の含みもないから、簡単に書けてしまう。
そのわりに、いろいろいじった作品より好きだったりする。
素直に楽しかったです。
ピンクの毛の猫がいるのかどうかは知りません。動物飼ったことないし。

本当はもっと長い話だった。
続きもあるけど(お婆さんとチャッピーの行方とか)、ちょっと蛇足なのでパス。


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