marriage U
「なんだかさ、俺達馬鹿みたいだよなぁ。今日一日、無駄にしちゃったよ」
「・・・・」
くだけた調子で笑いかけても、サクラはにこりともしない。
イルカは出掛かったため息を何とかのみこむ。
イルカもカカシ達のことについては大きな打撃を受けていたのだが、サクラの様子を見ていたらどうにも独りで落ち込んでいられなかった。
それほど今のサクラは傷心した状態だった。
憩いの広場となっている百貨店の屋上、その一番隅の方にあるベンチにイルカとサクラは並んで腰掛けている。
彼らの気持ちなど知らずに、周囲を風船片手に子供達がはしゃいで走り回っていた。
休日なうえに天気も快晴で、屋上は親子連れで賑わっている。「これ飲むか?」
イルカは買ってきたジュースをサクラに差し出すが、サクラは黙って首を振った。
何も喋らないサクラに気詰まりなものを感じ、間を持たすためにイルカはジュースに口をつけた。
一息ついたあと、イルカは声を出す。
「サクラは泣かないんだな」
「・・・なんで?」
サクラは不信げにイルカを見る。
「だって、普通は失恋したら泣くだろ」
「先生泣いてないじゃない」
言葉に詰まったイルカはジュースを片手に黙り込む。
イルカの場合、泣きたい気持ちは山々だが、さすがに元生徒のサクラの前では泣けないというのが本音だ。
だけれど、小さなサクラが涙を流さないのはよけいに痛々しい感じがする。「どうして私が泣かなきゃならないのよ」
呟くような静かな声。
サクラは睨むようにして虚空を見詰めている。
「カカシ先生は私のこと好きだって言ってくれたのに、嘘をついてたのよ。そんな人のためにどうして私が涙を流さなきゃならないの。冗談じゃないわよ」
淡々と言葉を続けるサクラに、イルカは慄然となる。
声の調子と裏腹に、強い感情のこもった言葉にサクラの激しい感情の一端を見たような気がした。
まだまだ子供だと思っていたサクラが、いつの間にこのように変化していたのか。
サクラが急に女という未知の生物になってしまったように思えて、イルカは落ち着かない気持ちになった。
暫らく会話もなく、二人の間に沈黙が続く。
サクラをもてあまし、困惑ぎみのイルカに、天の助けとも思える出来事が生じた。
二人の周りで追いかけっこをしていた子供。
その一人が、イルカ達のすぐ目の前で転倒したのだ。
大泣きする子供にハッとなったサクラは、すぐに椅子から立ち上がり、泣き声をあげる子供に駆け寄った。
「大丈夫?」
優しい呼びかけに、子供はしゃくりをあげながらサクラを見上げる。
その様子がイルカのよく知るサクラの姿だったので、思わずイルカは顔を綻ばせた。
子供に怪我はなく、ただ驚いて泣き出しただけのようだ。「ほら、これあげるから泣き止んでね」
サクラは鞄から取り出した菓子を子供に差し出す。
泣き止んだ子供はおずおずとサクラの手の上の菓子に手を伸ばしてようやく笑顔を見せた。
だが、菓子に気を取られたのか、子供はそれまで力強く握っていた風船の糸を放してしまう。
「あっ!」
子供の声に反応して、サクラは思わず風船のあとを追う。
ふわりと舞う風船。
今なら、少し手を伸ばせば届く距離。手摺りから身を乗り出したサクラは、見事風船の糸を捕まえた
イルカが声をかけようとした、その瞬間。
ふいに、突風が屋上の人々を襲った。
人々の悲鳴が辺りに響き、イルカも手にしていたジュースのコップを放り出す。イルカは目を擦りながらサクラに喋りかけた。
「凄い風だ!春一番にはまだ早いだろう、に・・・」
言葉を続けられず、イルカは表情を凍りつかせる。
イルカの前方。
そこにいたはずのサクラの姿がない。
視界から全く消えている。
一瞬、イルカは何が起きたのか判断しかねた。
眼前には空と建物の境界線である手摺り。
そして、どこまでも続く青空。風船を追ったサクラ。
突風にあおられ、バランスを崩した彼女の行方は。
「サ、サク・・・」
突然のことに頭を混乱させたイルカの背後から、人影が走り寄る。
そして、全く躊躇することなく、手摺りを越えて飛び降りた。
「ええ!!?」
驚きの声をあげたまま、イルカはその場にへたりこんだ。
高層ビルの屋上。
常人は当然のことだが、忍者であっても落ちたらただでは済まないであろう高さだ。
イルカだけでなく、様子を目撃した屋上の人々の全員が呆然と手摺りの先を見詰めている。「イルカ先生、大丈夫ですよ。カカシなら絶対彼女を捕まえられますから」
イルカに歩み寄った紅がいまだ茫然自失のイルカに声をかける。
「あれ、やっぱりカカシ先生だったんですか。でも、いくらなんでもこの高さは」
絶句したイルカは暫らく二の句を継げない。
「・・・・恐くないんですかね」
「さぁ。カカシは建物の高さなんかより、彼女を失うことの方が恐かったんじゃないのかしら」
イルカは納得できないという顔をして前方を見詰めている。
自分にとってもサクラは大事な生徒だ。
教師という同じ立場なのに、これでは自分が臆病者みたいではないか。「それより、立てますか、イルカ先生」
そこでイルカはようやく自分に話し掛けているのが紅だと気付いた。
イルカは、情けない表情で紅を仰ぎ見る。
サクラの安否を確かめる方が先だと分かっているのに、気になって仕方がない。
「なんですか?」
不思議そうな顔をする紅に、イルカは一言。「紅先生、結婚しちゃうんですか」
あとがき??
イル紅って需要はあるんでしょうか。カカサクに比べてあまり見かけませんが。好きなのに。
Vで終わり。次はらぶらぶ・・・だったはずなんだけど、書き直したら何だか違う感じになってしまった。あれ?
うう。私、らぶらぶ、駄目。ああ、今回のテーマは、『サクラ、屋上から飛び降りる!傷心自殺か!?』です。
似たようなこと小学生のときにしたわ。
学校の屋上で友達と身を乗り出して景色を眺めていたんですよ。
すると、校庭にいる子達がなにやら騒いでいる。
何かあったのかなぁ、と暫らく耳をすませていたんですけど、かすかに聴こえる声はこんなことを言っていました。
「早まるな!」と。
私達に言っているのだと気付くのに随分時間がかかりました。(笑)
走るようにしてその場から逃げた思い出が。