Family
ナルトは多少緊張気味にドアベルのチャイムを鳴らした。
この家を訪れたことは何度もあるが、新たな住人と対面するのは初めてなのだ。
どうしても気を張ってしまう。
「はい」
インターホンの向こうから、やわらかな声。
「あ、俺だってばよ」
その一言で来訪者を理解したのか、足音が扉に向かうのが分かった。
久々の再会に、いやおうなしにナルトの胸は高鳴る。
ガチャリと鍵の開ける音と、同時に開く扉。ふんわりとした温かな雰囲気と、優しい香り。
より一層、人目を惹く女性になった気がする。
思わず赤面したナルトに、彼女はにっこりと微笑んだ。「いらっしゃい。待ってたわよ」
カカシとサクラが結婚してから2年が過ぎた。
二人の子供が誕生してからは、数ヶ月。
サクラによく似た彼女の子には、小桜という名が贈られた。
その名のとおり、ミニチュア版サクラといった感じの、桜色の髪、緑の瞳の女の子。「か、可愛いってばよ!」
カカシが片手に抱く小桜を見詰めて、ナルトは瞳を輝かせた。
小桜は知らぬ顔に興味があるのか、つぶらな瞳をナルトに向けている。
その小首を傾げたような可愛らしい仕草が、ナルトにとってはまた好印象だ。「俺の子なんだから、可愛くて当然だろ」
胸を張るカカシに、「いや、先生に全然似てないし」と言えるだけの度量はナルトにはなかった。「俺にも触らせて」
言いながら手を伸ばしたナルトに、カカシがさっと身をかわす。
「手を洗って出直してきな。外から帰ってきたら、まず消毒だろ」
「・・・そうだけど、そんなあからさまに避けなくても」
ふてくされたナルトは頬を膨らます。
サクラはくすくすと笑いながら二人のやり取りを見ていた。
新婚当初、カカシとサクラはその年齢差ゆえか、似合いのカップルとは言いにくかった。
共に纏っている雰囲気が全く違う。
二人の交際を知った里の者は、皆一様に目を見張った。
それはナルトにしても同じだ。
心底不思議に思っていたナルトは一度だけ、サクラに訊いたことがある。「どうしてカカシ先生を選んだの?」
はっきりと言えば、どうしてカカシ先生、なんかを選んだの。
若くて賢くて、忍として将来有望なサクラなら、もっと他にいい条件の相手がいそうなものなのに。
そんな意味合いが暗に含まれている問い掛け。ちょっとだけ怒られるかと思ったが、サクラは薄く微笑んだだけだった。
サクラは笑った。
ただ、楽しげに。
春の日差しのような朗らかな笑顔。
それが答え。たぶん、人を好きになるのに理由などなくて。
ナルトは自分の質問が愚問だったと知り、急に気恥ずかしくなった。
この日、ナルトは子供が生まれて以来、初めてカカシ宅を訪問した。
肩を並べるはたけ一家を見た瞬間のナルトの驚きは、筆舌に尽くし難いものがあった。
あれほど不釣合いだと思っていた二人が、子供をはさむと、不思議としっくり目に馴染む。
とても自然な感じがした。理由はカカシの変化だ。
昔のカカシには、身近なところに人を寄せ付けない、とげとげしい空気が確かにあった。
それが今のカカシからは消えている。
そして、とろけるような優しい笑顔を子供に向けている。子供用の玩具。
甘い粉ミルクの匂い。
明るい色彩の家具。
笑顔の耐えない、若夫婦。まるで、幸せを絵に描いたような情景だ。
「ナルト」
声をかけられて、ナルトははっとなる。
「大丈夫?」
眉を寄せたサクラが心配そうにナルトを見詰めている。
その理由は、すぐにわかった。
頬を伝う涙。
知らずのうちに涙を流していたナルトは、慌てて袖口で顔を拭った。「どうしたの、ナルト」
もう一度、気遣わしげに名前を呼ばれる。
自分を案じているのが分かる声に、ナルトは俯いた。
否。
顔をあげることが、できなかった。
奥歯をきつく噛み締めた口が、小さくうめく。「・・・幸せって、いいなぁと思って」
幸せ。
この場所は、幸せの匂いで満ちている。
ナルトには、得ることも、そんなものがあることさえ、知ることを許されなかった家族のぬくもり。
息が詰まりそうだった。
これからこの温かい空気に包まれて育つであろう、小さな子供が、羨ましくて、妬ましくて、悔しくて。いろいろな思いが交錯して。
最後に。
安心した。
カカシもサクラもナルトにとって元同じ班の仲間だ。
彼らが、そしてその子供が幸せであることは、もちろん喜ばしい。
そう思うのに。
何故かナルトは自分が、自分だけが取り残された存在のように感じていた。ナルトは、自分が疲れているのだと初めて気付いた。
火影になるために。
中忍として定められた以上の任務をこなし、ただ我武者羅に頑張ってきた。
火影になること以上の望みなどないと思っていた。だけれど、ナルトは自分が何か忘れ物をしたような錯覚に陥った。
「ナルト」
サクラと違う、自分を呼ぶ低い声に、ナルトは僅かに身体を縮ませる。
カカシが自分を見ていることを感じて、ナルトは顔を背けた。
別に悪いことはしていないというのに、その一声で萎縮してしまうのは、カカシがナルトの上司であったときの条件反射だ。ゆっくりとした足取りで近づくと、カカシはおどおどとした様子で俯くナルトの頭に手を置いた。
身を引こうとも思ったが、ナルトの身体はどうしてか動かなかった。
カカシはそのまま、静かに声を出す。「俺は、お前もサスケもサクラも、そして小桜も、同じ大切な家族だと思ってるよ」
ナルトは弾かれたように顔をあげる。
昔と違い、あまり変わらない目線の先に、愛情あふれる瞳がナルトを見詰めていた。
カカシは小桜を抱く腕と反対の手で、ナルトの頭をなでた。
乱暴に。
その仕草とは裏腹に、声音は限りなく優しい。「もっと頻繁に遊びに、いや、帰って来い。たまには休息も必要だろ。走りづめじゃ、息切れしちまう」
瞬間、デジャヴュのような光景がナルトの眼前をよぎった。
同じ顔を以前見たことがある。
カカシのそれは、下忍試験に合格したときと同様の、晴れやかな笑顔。どうしようもなく胸が詰まってしまって、ナルトはなかなか声を出すことが出来なかった。
少しの時間が経過したあと、ようやく、小さな声で返事をかえす。「うん・・・」
その返答に、カカシが満足げに頷く。
「合格だな」
久々に聞くカカシの台詞に、ナルトは再び涙を落とした。
ふと気付くと、カカシの腕の中の小桜が、身近にあるナルトの服のすそを掴んでいる。
会話の内容など分かるはずもないのに。
目に涙をためたまま破顔したナルトに、小桜も愛らしい笑顔を返した。
カカシの傍らにいたサクラも、ナルトの背を優しく叩きながら微笑みを浮かべていた。
あとがき??
カカシ先生、何だか先生みたいだ!!!(当たり前)
生徒思いのカカシ先生なんて、初めて書いたわよ。
普段、サクラしか眼中にないカカシ先生を書いていたので。ちょっと新鮮。
一緒に喜んでくれる人がいないと、出世しても面白くないと思うのですよ。
寂しさを知ったナルトは、身近に自分を包んでくれる温かい人達がいることに気付いた、という話。ナルト達、17歳の設定。ということは、サクラ、15歳で結婚したんか!!
カカシ先生、まずいよ!!
・・・まぁ、幸せならいいか。ナルトは将来小桜ちゃんと結婚するんです。年の差17歳!!
FF6のエドガーとリルムくらいね。(笑)
うお、27歳のナルトと10歳の小桜の話が書きたいぞー!
それにしても、サクラそっくりの小桜とナルトが結婚するとなると、カカシ先生心中複雑。楽しい。(笑)
小桜(こざくら)ちゃんの成長が楽しみだ。実はですね、これ本当は暗い部屋用の話だったんです。
そう、酷い話だった。
書いてるうちにここまで内容が変化した話も珍しい。(180度変わった)
そのうち、暗い部屋に裏バージョン『Family』書きたいっすね。できればね。